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SEX EDUCATION(セックスエデュケーション) 最終シーズンを見終えて ※ネタバレ注意

ついにこの時が来てしまった。
ものすごく来てほしかったし、ものすごく来てほしくなかった瞬間。

セックスエデュケーションというドラマとの出会いは、まさに衝撃だった。
題名からしてものすごくスケベなドラマなのかと思い見始めた僕の愚かさは、60分間で跡形もなく砕け散り、早く次が見たいというワクワクと、まさに自分が欲していたドラマに出会えたという興奮だけが残されていた。

これを読んでくださっている方はご覧になったかと思うが、あの結果は賛否両論になると思う。
僕個人としては、このドラマが思春期真っ只中のティーンエイジャーたちによる青春群青劇であるからこそ、あのようなエンディングになったのだと解釈した。その理由を後述した。


青春は、甘く苦い

思春期の恋愛は不運なことに、たいていの場合うまくいかない。一般的にゴールとされている結婚にたどり着くカップルは、決して多くない。
しかし同時に、思春期の恋愛は、相手との思い出は、色鮮やかに残り続ける。相手の表情、声、肌の柔らかさ、そのすべてが鮮明に自分の中で息づく。
このドラマは、まさにそれを描いている。
思春期特有の不安定な状況で、もがき苦しみながら大人になっていく。
シーズン1から回を追うごとに大人になっていくオーティスたち。そして彼らに影響され、変化、成長していく大人たち。
仮に二人が結ばれていたとしたら、平凡なラブコメディに成り下がっていたのかもしれない。思春期特有の、楽しくも切ない、青春の儚さを表現しようとすると、あの終わり方になるのもうなずける。
これは僕の希望的観測が混じっているが、オーティスとメイヴ共に、お互い以上に愛せる人はこの先出てこないんじゃないかと思う。最上の人と結ばれない、結ばれるべき人と結ばれない、人生の歯がゆさを描きたかったのではないだろうかと、見終わって感じた。

と、理解しようとするのはここまでにして、ここからは思いっきり感情的に、、、





「なぜ結ばれなかったああああああああ!!!!!!!!!!」



いやもうほんと、オーティスとメイヴなんでくっつかなかった?見始める前からもうくっつく未来しか想定してなかったよこっちは。それがなによ、蓋開けてみればくっつくどころか、クレジット終わって、数年後の再開シーン!とかもなく、ただレットイットビー聞いただけよ。成すがままにむすばれればよかっただけなのよ。ほんとに。

もちろん、オーティスとエリックが仲直りできたのはよかった。シーズン1のはじめから二人は一緒にいたし、朝ふたりで坂道を下りながら話すシーンなんてまさに青春て感じ。
アダム家の関係修復も、もちろん泣いた。もがいてもがいてもがき続けて、ようやく自分の価値を知ったアダムと、自分の過ちを見つめ、こちらももがきながら、ようやく息子と通じ合えたアダムパパ。そしてふたりを見守り、繋ぎとめるアダムママ。あの家族にはずっと幸せでいてほしいし、上手くいくに違いない。

だからこそである。何故だ?何故なんだ?
先に述べたように、あのような終わり方について理解はできる。が、納得はできない。
せめてクレジットが終わり、5年後でも、10年後でもいい。オーティスとメイヴが再開して、二人の物語が再び動き出す、そんな予感を抱かせてくれるだけで良かったのだ。
そうすれば、こちらとしては安堵しながら、このドラマに幕を下ろすことができたのだ。またシーズン1の1話から見始めることができたのだ!(どうせ見るけど!)

よかったよ、よかったけどね!?

もっと言うと、今回のシーズンに関しては、少々問題の回収が雑だったようにも思える。
シーズン3までは、前半で起こった問題を、後半で見事に回収してきた。しかもあくまで丁寧に、スムーズに。
今シーズンも、オーの出現、オーティスとルビーカップルの再燃⁈、エリックの洗礼問題など、前半で問題が次々に起こっていくところまではいつも通りのセックスエデュケーションなテンポだった。しかし、メイヴの兄ショーンは薬を辞めると言いながらも、行方知れずのままメイヴと別れてしまう。エリックと牧師さん問題、ジャクソン家の問題なんかは「そんな簡単に収束するか?」と思ってしまうほど、回収が少々強引なようにも思えた。
今までだったらありえなかった「これで終わり?」という不完全燃焼感を、シーズン4にして初めて抱いてしまった。

確かに、再発したトラウマを乗り越えて、やっとオーティスとメイヴが結ばれるシーンは「やっとここまできた、、、」と、まるで自分のことかのように嬉しかったし、朝の切ないお別れのシーンでは、二人が紡ぐ一言一言に、今までの二人の歴史かつまっているように感じられて、ただただ泣きながら見届けた。
ラストのメイヴからの手紙にだって感動した。愛の狭間に毒を仕込む、メイヴらしさ全開な文章。まさにメイヴ節だ。
だからこそ余計に、あの切ないまま終わってほしくはなかった。「美しい別れでした」で済ましてほしくなかった。
最後はオーティスとメイヴ二人並んで、いや、エリックと三人で歩く後姿を見ながら、ムーアデールとお別れしたかった。


それでも愛してる

長々と書いてしまったけど(後半なんて~してほしかったしか言ってない)、このドラマへの愛は変わらない。愛しすぎたからこそ、期待値が上がりすぎた節は否めない。なんなら、ここまで書いてきたことはあくまで僕が理想とする展開であって、逆に理想の展開通り進んでしまったら、それはそれで面白みがなくなっていたに違いない。
これからも繰り返し繰り返し見続けると思うし、それだけ自分にとって大切なドラマになった。なにより、そんなドラマに出会えて本当に良かった。

個人的な話になってしまって恐縮だが、僕は中高と、オーティスはおろか、現実の人並みの青春すら送ることができなかった。高校なんてクラスに一人も友達がいなかったし、彼女なんて夢のまた夢であった。
そんな自分に、オーティスたちは夢を見せてくれた。自分がムーアデール高校の生徒だったんじゃないかと思うほどのめり込んだ。
まだまだ語りたいことは山ほどあるけど、これ以上はまたシーズン1から4まで通しで見終わってからにしようと思います。

もしここまで読んでくださった方の中で、セックスエデュケーションに関する感想がある方は、是非書き込んでいただけると嬉しいです。
語らいましょうぞ。

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