サキュバスと聖職者-1

※もともとなろうムーンライトに連載し完結させたものを転載しています。

※女攻め、軽いスパンキングや言葉責めなどの少し特殊な嗜好とプレイが主です。

※ストーリーとしては純愛です

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「あれ、ここ、どこ……?」

意識はもやがかかったようにはっきりせず、私は所在なく立っていた。
街灯のない路地、綺麗な石畳の道。
ふるふると頭を振って、パチパチと瞬きを何度か繰り返した。
やっぱりなにもわからない。

「もしかしてこれって記憶喪失ってやつかしらん?」

胸に沸いた疑問をそのまま口にしてみると、自分が予想していたよりも高くて甘ったるい声なことに驚いた。
差し込む月明かりの下に一歩出て、改めて自分のことを見てみると、それに一層驚かされる。

「え、ぇっ、な、なぁにコレ〜?」

ボディラインをこれでもかと主張するぴっちりした黒い服。胸は大きく張り出して腰はキュッと締まってて露出が多い。そしてなにより、お尻の上辺りでピクピクと動いて存在を主張する尻尾。
そう、尻尾!

「ど、どういうこと?アタシ、どうなっちゃったの……何よこれ……ぁんッ!」

尻尾を掴んで触ってみると、ビリッとしたえもいわれぬ快感が走り抜けて思わず変な声が出た。
びくんと腰が揺れて、勝手にお尻を突き出すような体勢を取ってしまう。

「んっ、ん、ぁ、何、なんなのこれ……ゃ、んん、気持ちいいっ」

柔らかくてほっそりした自分の指で、尻尾の先をこすこすと擦る。
尾の先はベルベットのような手触りで、擦るたびにピクンピクンと微かに震えてその感覚が尾てい骨の辺りに浸透する。
まるで敏感なところを触っている時のようなそのピリピリとした甘く痺れるような感覚がたまらなかった。

コツ。

無我夢中でその不思議な初めての感覚を追いかけていると、後ろから硬い靴音がしてハッとする。
ひと気のない夜の路地とはいえ天下の往来で、なんてはしたない真似をしていたのだろう!

「まさか、このような夜に……生まれて間もない夢魔にでくわすとは」

男の人の声だった。
その声は低く、陰気な響きで、でも耳を打つと体の奥底からピリピリするような甘さを感じられた。ポッとお腹の中に火が灯るみたいに熱くなる。

振り返ると、月明かりの届かない路地の陰に声の主は佇んでいた。
随分と背が高い。
かっちりと着込んだ黒い詰襟の服は裾が長くて重そうだ。一分の隙もなく露出のないそのいでたちからもなんとなく分かる。
広めの肩幅にほっそりした腰のライン。上背の割に細身、というよりはかなりの痩せ型なのだろう。
それがまた妙にそそる、そんな気持ちを沸き起こさせた。

「どうしちゃったの、アタシ……」

自分で自分のことに戸惑って思わずこぼしたひとりごとも、やけに甘ったるい声だった。

「まだ、自分が何者なのかも理解しておらんか……まっさらの、夢魔とはな。……だが、悪魔は悪魔、いかに低級でいかにまだ無垢といえど……否、だからこそ、今のうちに仕留めさせてもらうぞ!」

それは突然のことだった。
鋭い眼光。
厳しそうな低い声でそう言うやいなや、彼はいきなりばさっと裾の長い黒コートを翻す。
そして黒板を指差すときに使うあの伸び縮みする棒みたいなものを取り出して掲げたのだ。
そこからバチッと電撃のようなものが迸り、私の体を打って焼いた!

「ぁっ、きゃぁああん!?」

痛いっ!
なんで!?どうして!?いきなりなんなの!?

混乱しながら彼を見上げると、棒の先にはまだパリパリと青白い電気が滞留していてその顔を照らし出していた。
青白い顔、切れ長の目に高い鼻、寝不足なのか目の下には濃い隈が浮いていて頬もちょっとこけている。
まるで吸血鬼みたい。

「……いまは無垢で力なき低級悪魔でも、捨て置けば育って巨悪となりかねん。可哀想だが、ここで今滅せよ!」
「は、もうっ、さっきからなんの話!?婦女暴行で逮捕案件はそっちじゃ……キャァあん!!」

バチッ!とまたあの電撃に全身を焼かれ、体が痛くて苦しい。
いったいなんなの?どうしてこんな目にあってるのかわからない。
体から力が抜けて、ふらりと冷たい石畳に崩れ落ちた。もう立っていられなかった。

「ふ、ふぇ……痛い、なんで、こんなことぉ」

体がジリジリと焼けて苦しくて、勝手に涙が出てきた。
黒詰襟の吸血鬼みたいな顔した男が、コツコツと靴音を立てながら近付いてくる。
慈悲のカケラもない冷酷を具現化したみたいな顔!

「せめて、汝の暗黒の魂が浄められ、次なる生を正しき日の下に送れることを祈ろう」
「な、なによ、暗黒の魂って……勝手なこと、言って……貴方の方がよっぽど、よっぽど、悪魔みたいな顔してるくせにぃ」

悪態をついたところで体は動かない。
わけもわからずここで死ぬのか。
そう思うとただただ悲しかった。
男の手がかざされる。その手のひらに刻まれた刻印から強い光が溢れた。
何もわからないなりに本能で悟る。手のひらからの光を受ければ、私は終わり。
消えて跡形もなくなるのだと。

「って、そんなあっさり……終わってたまるもんですか!」
「ぐわっ!」

バチン!
尻尾を鞭のようにしならせてその手を打ち据え、更に脛を思い切り蹴り付けた。
男は呻き声を漏らしながらその場に蹲り脛を抑える。油断もあったのだろうけれど、もしかしたら見た目よりずっと鈍臭いのかもしれない。

「散々好き勝手やってくれちゃってぇ……許さないから!」

尻尾でもう一度打ち据えて男の手からあの電撃を放つ棒を叩き落とす。

「ぐっ、……無垢とはいえ、悪魔は悪魔か、おのれ……」

立ち上がってもう一度あの手のひらの光をぶつけようとする彼の足首を、しゅるんと尻尾で纏めて縛り上げた。

「んぬぁ!?」

起き上がることをしくじって石畳に手をついたところを逃さずに、ガツッと踏み付けてやる。
細く尖った高いヒールが、筋張った男の薄い手の甲をゴリゴリと削って縫い付けにした。

「ぎっッ!?」
「ひとが戸惑っているうちに好き放題言ってくれちゃってぇ……。なにが無垢でも夢魔は夢魔、よ。……女の子の不意をついていきなりかましてくる男なんて、最ッ低ね!神に仕えるヒトってみんなそんな礼儀知らずの木偶の坊なのかしら?……なんとか言いなさいよ」
「ぐっ、ぐぅ、ぅぐ……っ、こ、この、邪悪な、魔性め……ッ」

痛みに震える声。
噴き出た汗が月明かりに反射して、きちっと撫で付けてあった髪がほつれて額に張り付いている。
眦はきつく釣り上がり、ジワリと微かに涙が浮かんでいるのも見えた。
足首を縛られて両手をついて跪いていると、身長差は逆転してこちらが見下ろす立場だ。

「あはっ、馬鹿ね?……言うことが間違っているわよ」

苦痛と屈辱に顔を歪める男を見ていると、体の内側からゾクゾクとなにかが沸き起こってきた。
この男を徹底的に痛めつけ、辱めて屈服させたい。そんな欲求。
それを果たすためにはどうしたら良いのか。本能が教えてくれた。

「アタシが浄められ払われるんじゃない、貴方が……穢され堕ちるんだわ。うふふ」

男の顎に手を添えて上を向かせる。
あぁ、綺麗な瞳の色。朝焼けの空のような菫色だ。

「な、なにを……よ、よせ、やめッ……んん!」

制止というよりは懇願、それも命乞いのように必死なその声を封じ込め、唇を重ねた。
唇を割り開き、歯列をなぞり舌を絡め、上顎をなぞり上げて呼吸ごと奪う濃厚な口付け。

じゅ、じゅう、と互いの唾液を思うさま交換して、口を離した。

「は、ぁ……す、すごい、ただのキスなのに……力が、漲ってくるみたい!」
「ぁ、ふ、ふぅ、くっ……」

最初に痛めつけられた傷や痛みはすっかり癒えて、体がごぉと燃えるように熱くなる。
逆に、目の前の男は切れ長の目を見開いて、なんと一筋の涙を流していた。

「大袈裟ね、ただのキスじゃない!……初めてだったの?」

それなりに歳いってそうなのにまさか、と思うものの、聞いてみた。

「お、大袈裟なものか……っ、か、神に仕える身に、こ、このような、……純潔を誓うことで神の御力を賜り、この世に跋扈する邪悪の魔性どもを屠れるのだぞ!」

たかがキスでやっぱり大袈裟だ。
けれどこの男には重要な事柄なのだろう。
つまり彼は、悪魔どころか人間の女とも男とも交わったことがない。
だからだろうか、極上の精気というか聖気というか。
今の私は本能でわかる。この男と交われば、私は強くなれる。その上とっても気持ち良さそう。もやのかかっていた意識も少しだけ晴れてきたような気がする。
思わずにんまりと笑ってしまった。

「そうなの、ふぅん。ふふ。あは。……困ったわね、神父様?司祭様かしら?……悪魔と交わって力が使えなくなったら、貴方はどうするの?悪魔退治は廃業かしらねぇ」
「そ、そのようなこと……あってはならん!この街は辺境の地、聖都から遠く離れて神の威光は届ききらず、ゆえに……この街には、人々には、私が……必要、だ……」

つまり悪魔は人を害し、悪魔を倒せるのはこの街にはこの男ひとり。ということなのか。
キスひとつで弱まる神の力なんて随分としょっぱい気もするけれど、意気消沈している男を見ているとゾクゾクしてなんでもよかった。

「そう、可哀想な司祭様。可哀想な街の人たち。……ねぇ、遠い神様の御威光に縋るより、もっと確実な方法でこの街の人を守ってあげるってのはどう?」
「……な、にを」
「簡単よ、司祭様。アタシと契約するの。貴方とキスしてわかったわ、貴方と交われば、アタシは力が漲って強くなれる。本能がそう教えてくれた。……きっとそこらの男たちじゃダメなの、高潔で清廉な貴方の精気だからこそだわ。……このままアタシを野放しにして、街の人たちを襲わせるのも手かもしれないけれど、……貴方を信じてくれる街の人は可哀想。頼りの司祭様がてんでアタシに歯が立たないんだもの」
「く、この、馬鹿にしおって……そのようなこと、っんむぅ!?」

生意気な反抗の言葉は、二度目の口付けで塞いだ。

「事実でしょう。ねぇ、司祭様?……司祭様?……ね、これ、なぁんだ?」

肩で息をする男の、体の中心に爪先を伸ばしてグリッと踏み付ける。
黒い上着の下から張り詰めたモノを。

「っん、ぁ!!……ふ、ふぅ、ぁ、ん」
「キスしただけでこんなにして。……大変ね、純潔を誓ったはずの司祭様が。……これじゃやっぱり、アタシには歯が立たないわね?」

爪先で張り詰めたモノを衣服の上からグリグリと踏んだり擦ったりする。
目の前の男からはどんどん力が抜けていって、もうどうにもならないみたいだった。

「っん、ぁ、あ、あ、た、頼む……や、やめてくれ、やめ、ふぁっ!」

懇願の声を無視して昂りを踏みにじりながら、三度めの口付けをした。
夢魔の唾液には催淫効果でもあるのかもしれない。
でなきゃいくら経験なし童貞男でも、キスと服越しに踏まれて感じるなんてチョロすぎる。

「っあ……!」

爪先を押し返すような震わすような強い脈動があった。
びくん、びくん、と男の体が痙攣するように震える。まさか。

「やだぁ、服の上から爪先でふみふみされただけでイッちゃったのぉ?……ズボンの中汚しちゃって、恥ずかしいわね?……ね、そんなていたらくで、街の人達を貴方ひとりで守れるかしら?……街の人達のためにも、決断するべきじゃない?」

恥じ入るような、うちひしがれるような顔で呆然と惚けていた男は、きっと強い眼差しを向けてきた。
そして震える声を絞り出す。

「こ、断る。じ、邪悪な、魔性め……、……光よ!」
「きゃっ!」

男の自由になった片手がかざされて、手のひらから強い光が放たれた。
それは眩しく熱く、ジュッと焼けるような痛みを肌に負う。
その痛みに尻尾もしゅるっと解けて、男を自由にしてしまった。
逆襲されてはたまらない!

「くっ、なによ!もうっ、覚えてなさいよ!」

さっと身を翻す。
バサっと翼を広げて、男の肩をわざわざ踏み付けて高く飛び立った。

「ま、待てっ、ぐぁッ」
肩を踏まれた男はそのままべしゃりと石畳に転んでいた。やっぱり鈍臭そうだ。
「またね、司祭様、あはっ」

この街がどこで、私が何者で、どこから来たのかは相変わらずわからないままだったけれど、あの司祭様がきっと私を導いてくれる。
なぜか、そんな確信があった。

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