サキュバスと聖職者-4

眩しい光が体を焼く、その痛みはたいしたことじゃなかった。
肌がしゅうしゅうと焼けて薄らと煙が出る。特に汚れたわけじゃなかったけれど、煤を払うようなつもりでパサッと髪を払った。
ひどく心が冷えている。もしかしたらそれはそのまま視線にも現れていたのかもしれない。
私は空に浮かんだままで、尖塔の屋根の上で相変わらずこちらに手のひらをかざしたままの司祭様を見下ろす。あからさまにたじろぐ様子は少しおかしかった。

「で?……約束もろくに守れない司祭様は、これからどうなさるおつもり?……ひとりで、ここから安全に無事に降りられるつもりなの?」

その鈍臭い身体能力で。
私の言葉の裏にある嘲りを察したのか、司祭様の表情がなんとも形容しがたく歪む。

「だ、黙れ、悪魔め。……約束などと、……おまえたちと契約を交わした者がどういう末路を辿るのかはよく知っている!」
「だから、約束をなかったことにして力ずくで払うって?……できもしないくせに」
「そ、のようなこと、は……!」

けれど。
事実として、私の体は司祭様の光の一撃をもろに喰らっても傷というほどの傷は負っていない。昨夜とは違う。明らかに私の力は強くなっていた。
司祭様との約束が、私に力を与えてくれたのは確か。
更にさっきの悪魔を倒したことで、私の悪魔としての経験値だかなんだかが蓄積され、より強いパワーを得たのだと思う。
かたや怪我した司祭様。戦力の差は歴然だった。

私は口角を軽く吊り上げるように笑って見せて、すっと司祭様のそばに飛んでいく。
近付いた私に司祭様はますますたじろいで、じり、と後ずさった。怯えているように見える。

そんな彼のこけた頬に手を添えて、つとめて優しく微笑んであげる。

「仕方のないひとね。強情で、プライドが高くて、……でも、弱くて鈍臭くて情けない。その上、うそつき。最低」
「だ、誰が弱くて鈍臭いと……っ。あ、悪魔との約束など、守る必要はな……ぃっ!?」

ごちゃごちゃうるさい司祭様の詰襟の胸ぐらをぐいと掴んで持ち上げる。
ふわりと体が浮き上がって襟首がキュッと締まる感覚のせいだろう、司祭様の言葉は最後は声もひっくり返った。
胸ぐらを掴む私の手を司祭様の両手が掴む。でも男と女の体格差や力の差なんて全く関係なかった。
人間と悪魔との力の差がここにはあるのだから。

「ぐっ、ぅ、こ、この……は、離せ!」
「いいの?離しちゃって」

ここは高い尖塔の屋根から更に浮かび上がった空の上。階数で言えば五階か六階建ての建物の高さくらいはありそう。手を離せば司祭様は真っ逆さまに地上に落ちて叩き付けられてしまう。
私が敢えて掴む手を緩めると。

「わ、わ、ま、待て!待った、ここでいきなり離すな!おろせっ」

司祭様は慌てたように、逆に私の手にぎゅっと縋り付くように力を込めた。
あまりに自分勝手で都合の良い物言い。

ゾクゾクした。

なんてわかりやすくて可愛いひとなの!
本当はなんでも言うことを聞いて叶えてあげたくなるけれど、約束破りは簡単には許してあげる気もなかった。

「まだ、ご自分の立場がわかってないようね?お馬鹿な司祭様。……なら、わからせてあげるわ」

にこりと微笑みかけると、司祭様の顔は不審と恐怖のないまぜみたいな顔に歪んだ。

「なにを……私を脅しても無駄だぞ!私は悪魔の脅しになど屈しぬ……!」

どうしてそんなことを言えるのか、少し不思議だった。
いまさっき大慌てで私に縋り付いたくせに、もう忘れてしまったのかしら。
でも構わない。本人が口ではどれだけそれらしいことを言ったところで。

「そう。なら安心よ。あんまり簡単に泣いて謝られてもつまらないから」

私は司祭様の体をふわっと空中に投げ上げた。
驚愕と恐怖に見開かれる切れ長の目。言葉も出せず、ただ助けを求めるように私に伸ばされた手。
その司祭様の両手首に魔力で編み上げた黒い腕輪を嵌める。そのまま吊り上げて尖塔の屋根の上に縫い付けた。

「ぐっ……!?」

そこまで私も飛び上がり、まるで昆虫標本の虫のように自由を奪われた司祭様をじっくりと見つめる。
夜は随分と更けていた。高い場所だからか冷えてくる。
雲に隠れていた月が顔を出して、驚くほど近くで明るく私たちを照らし出した。
おかげで怯えたような司祭様の顔もくっきりとよく見える。
その薄い唇に指を這わせると、身動きなんて取れないのに司祭様の体が竦んだように腰が引ける。しかめた顔を背ける仕草は、妙に扇情的だった。

「ねえ、司祭様。とっても明るくていい夜ね。こんなに綺麗なお月様が出ていると、街の人も見にくるかもしれないわ」

私の言葉に、司祭様の目がまた見開いた。その瞳は動揺になのか恐怖になのか揺れている。

「こんなところで、恥ずかしいことしてるとこ……見られちゃうかもしれないわね?」

ぷつ、と黒詰襟の上着のボタンを外して開かせた。中には汚れひとつないぴっかぴかの真っ白なシャツ。想像した通りだけど、とっても似合っていて素敵だった。
その白いシャツのボタンにも手を掛ける。

「や、やめろ……!……やめてくれ、頼む」
「ふふ、やぁだ司祭様ったらぁ。……もうおねだりを聞いてあげるターンじゃないわ。……これからするのは、お仕置きなんだから」

真っ白なシャツもはだけさせると、青白い細い体が顕になる。
ぴと、とその細い体に身を寄せて、司祭様の胸元の小さな突起をぎゅうっと抓った。

「っい……ぁ!」

司祭様の体がびくんと跳ねる。
構わずに、長く尖った爪の先でさらに強くぎゅうと潰し、抓り、さらに捏ね回す。

「っあ、ひぅ……ッァウ!」

司祭様の体は、面白いくらいによく反応した。小さな突起が硬く芯を持ち始めると、青白い体にも熱が巡ったのかほんのりと色付く。
昨夜は口付けをしたから。きっと私の唾液に催淫効果でもあったのだろうと思ったけれど。

「司祭様ったら……こんな所で、こんなとこぎゅうぎゅうされてガチガチにしちゃうなんて……痛いのが好きな変態さんなの?」
「っは、ば、馬鹿な……そのようなこと、あるわけ、……ッァン!」

予想通りの答えを途中で断ち切るよう、ガチガチに張り詰めて黒いズボンを押し上げている司祭様のモノを、膝でぐりっと押し返す。
司祭様の上擦った声が耳にとても心地よく馴染んだ。

「こんなところに吊るされて、乳首をこねこねされて、誰かに見られちゃうかもしれないのに……興奮しちゃったの?……いやらしいひとね、司祭様」

ぐりぐりと膝で張り詰めたモノをにじりながら、耳元で囁く。
司祭様の青白い顔も首筋までもが、一気に真っ赤に染まっていった。おそらくは羞恥と、それから敏感な場所に与えられるもどかしい刺激とに。

「ふっ、ん、ぁ……た、たのむ、たのむ。もう。ゆ、ゆるしてくれ、……ぅあ、ぁ!」

泣き言めいたその声を無視して、私の手は相変わらず司祭様の胸元の小さな飾りを甚振り、膝では屹立をズボン越しに撫でるようにぐりぐりと力を込めて踏み付ける。
司祭様の泣き言はだんだんと甘ったるく鼻にかかったものになった。

「大変。このままじゃ、また下着もズボンも汚れちゃうわね?……洗濯はどうしてるの。恥ずかしいおもらししちゃったパンツやズボンは、自分で洗ってるのかしら?……ふふ、ねえ、司祭様」
「あ、ぁ、ふ……っ、あ、た、頼む、頼む!……わ、悪かった、私が悪かった。……約束を、破ったことは謝る!ちゃんと、守る、守るから、こ、こんなところで……いやだ……」

切羽詰まった懇願に、私は一度手を止めた。
顔を覗き込むと、顔まで真っ赤に染めた司祭様の目尻には薄らと涙がにじんでいた。
ゾクゾクと、私の内側に歓喜が走る。
あんまり可愛いから、このままここで虐め尽くしてあげたくもあったけれど。
一筋伝い落ちた涙を舌でペロリと舐め取って、私は優しく微笑んだ。

「しょうがないひと。……それじゃあ司祭様、貴方の名前を教えて。言っとくけど、うそをついたらこの場で前も後ろもぐちょぐちょに犯すわよ」
「ひ、ぅ、……っ」

たっぷりの間。
逡巡。葛藤。打算。色々な感情の動きが、夜明け前の空の色をした瞳に浮かんでは消えていく。
やがて、観念したように。

「ヘルムート・クローヴェル」

と。彼は自らその名を私に教えた。
きゅうんと心臓の辺りが締め付けられる。ドキドキして、また内側から力が漲ってくるのがわかった。

「ヘルムート。……アタシのことは、……ミーアって呼んで。……これで、アタシたちは、契約関係よ。……貴方の代わりに、アタシが悪魔と戦ってあげる。だから貴方は……アタシに精気をちょうだい」

彼が何かを言う前に。
私はその唇をキスで塞いだ。

「ヘルムート、司祭様。……続きは、誰にも見られないところでしてあげるわね」

パ、と彼をいましめる黒い魔力の枷を外す。一瞬浮遊感で息を飲む司祭様を、私はいわゆるお姫様抱っこで支えた。
恐怖に引きつる顔を覗き込む。

「いい子にしていてね、落とされたくなかったら……」
「あ、悪魔め!」
「そうよ、悪魔よ。……悪魔だから、約束は守るわ。うそつきの人間さん」

バサ!
強く翼を羽ばたかせ、私は司祭様を抱えて夜の街を軽く遊覧飛行し、教会を目指して飛ぶのだった。

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