思い出すこと〜手紙
その日、横浜へむかう京浜東北線にのると、車内は少々混みあっていた。つり革に手を伸ばしながらなにげなく座席に目をやると、前に座る女性が手紙を読んでいた。
20歳代後半か、あるいは、30歳をいくつかこえているかもしれない。地味な感じの装いだが、どこか世なれたような勝気そうな顔にみえる。
彼女は便箋を手にしているのだが、ひとところをずっとみつめていて、いっこうに読み進んでいかないようにみえた。
急に便箋の端がはらんとこちらにたれた。そこに書かれているのは漢字ばかりだった。ああ、中国のひとなんだ、とおもっていると、そのひとは便箋をおいて、かばんから封筒を取り出した。
そしてそれを細かくちぎりはじめた。全てをちぎり終わると、ひとつにまるめ座席と背もたれのあいだの隙間に押し込んだ。
そして、今度は便箋もちぎる。あらぬほうをみつめながらゆっくりゆっくり容赦なくちぎる。
だんだん目のまわりがあかくなっていく。ごくごく細かにちぎり終わると、今度はそれをかばんのなかにしまった。
しまったのだが、ふかいため息をついたのち、またその紙切れをひっぱりだし、財布のなかにしまった。
財布を手にしたまま、だんだんまばたきがおおくなり、鼻をすすりはじめた。
くちびるをかむ。電車の天井や広告に目をやる。
スカートをひっぱたり、耳に指をいれたり腕をなでたり、そわそわとおちつかない。涙をこぼさないためにそんなしぐさをくりかえす。
おとなは電車のなかでは泣けない。中国のおんなのひとも泣けない。
読んでくださってありがとうございます😊 また読んでいただければ、幸いです❣️