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bunbukuro(ぶんぶくろ)
2020年9月7日 10:44
豆腐の水を切り、もう何十年も使っている小さなゴマ専用の焙烙でゴマをいる。パチッとはじける音がしたらすり鉢に移して山椒の木の擂粉木でする。香ばしい香りが立つ。するたびに動くすり鉢の縁を純一の小さな手が押さえてくれた。純一は胡麻和えは好きだったが、白和えが嫌いだった。これはじいさんの食いものみたいだと言った。それを聞いて孝蔵が大笑いした。食卓はじいさんの食いものばかり多くなった。串を刺して表面
2020年9月6日 07:32
冷蔵庫からそら豆を出してダイニングへ運ぶ。いつものようにふたりでそら豆の皮を剥く。孝蔵は手早い。そういえば後楽園の外野席でふたりして声を枯らして応援したのは川上監督の時代だったと思い出す。孝蔵は根っからのジャイアンツファンだ。長島がいて王がいた。柴田はいい男ね、と志津が言うと、孝蔵は、ばか、男はみてくれじゃねえぞという。柳田の面構えを見てみな。ああいう男がいい男なんだ。あのころは巨人が
2020年9月5日 08:21
庭の隅で去年のシソのこぼれ種が育っている。もうそろそろ採ってもいいだろう。春は毎年庭の一番日当たりの良い場所に小さな菜園を作り、茄子やトマトの苗を植えていた。欠かさず水遣りをした。苗はぐんぐん伸びた。夏の昼下がり、白い日差しが揺れて差し込む縁側で、孝蔵と純一が摘み取ったばかりの艶やかなトマトに噛り付いた。時折涼しい風がふたりのそばを通り抜けていった。ふたりは「うまいな」と満足げに言った
2020年9月4日 08:37
結婚して五年目の五月、新生児室の箱のように小さなベッドに未来があった。ようやく授かった三六〇〇グラムの大きな赤ちゃん。生まれたての純一、生まれたてのとうさんとかあさん。孝蔵はまだ首が据わらない純一を風呂に入れた。大きな手のひらに純一の頭がすっぽりと納まった。純一は志津に似た黒目がちの目でじっと孝蔵の顔を見ていた。「おーい、あがるぞー」と呼ばれて志津がバスタオルで受け取ると、孝蔵は放心した
2020年9月3日 08:09
稲光が空中を走り、大きな落雷の音が響き渡った。 ひやあ、と志津が声を上げると、居眠りしていた孝蔵が目を覚まし、点けた灯りにまぶしそうな顔をする。そして耳を抑えて小さくなっている志津を見てかすかに笑う。「こんなばあさんになっても、志津は雷が怖えんだな」「じいさんになったあなただってほんとは怖いんでしょう?」「ばかいえ」「そうですか?」「おい、なに読んでるんだ?」テーブルに置かれた