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東京消費 #7 中国茶(上)「茶摘み」sandz

 食・ファッション・工芸――。東京には国内のみならず世界各地から洗練されたものが集まる。「消費」には必ず対価がある。洗練されたものを手に取り、比較し、楽しむ。幾ばくかの使えるお金があれば、東京は今なお世界でも有数の楽しめる都市だ。
 インバウンドが徐々に戻り、アジアの大国・中国からも大勢の観光客が来日しつつある。〝爆買ばくがい〟の時代は終わった。これからは、まだまだ広くは知られていないが、洗練されたものを探し求める時代だ。
 中国語と日本語を話し、東京を消費によって楽しむsandzさんず。この連載では、sandzが日々楽しむ食・ファッション・工芸を紹介する。


 鬱蒼うっそうとした低木に囲まれた小道を抜けると、そこには東京の都心部では決して見られない光景が広がっていた。整然と刈り揃えられた茶畑と、眼下に広がる見渡す限りの緑――。

 北京留学中に中国茶を飲み始めて10年余。友人からの誘いを受け、10月中旬に初めて茶畑を訪れた。

 そもそも僕が中国茶を飲み始めたのも、その友人の勧めがきっかけだった。彼女は中国茶を学ぶために30歳を過ぎてから仕事を辞めて北京に渡った。僕の留学が始まった2012年、僕と彼女は大学の授業で知り合い、意気投合し、その後、何度も一緒に茶市場に出かけることになった。彼女は帰国後、大阪で中国茶教室を経営している。

 僕は僕で、帰国後も中国茶を飲み続けている。東京での慌ただしい日々のなかで、あるときは一人で、あるときは友人を家に招いて、ダイニングテーブルに茶盤を広げて茶を飲む。

 そんな僕たちが訪れたのは京都南部のみなみ山城やましろ村。京都・奈良・三重・滋賀の府県境にあるその茶畑には、奈良市内から車で約40分で到着する。茶摘みには絶好の秋晴れだった。

 茶園を案内してくれたのは、奈良市ならまちにあるお茶専門店「心樹庵しんじゅあん」の米山よねやま康子やすこさん。髪は短く、とても穏やかな印象の女性で、一言でも茶について質問すると、学校の先生のように丁寧に答えてくれる。米山さんは、友人の家族が所有するこの茶園の整枝作業を手伝ったりしているそうだ。

「心樹庵」は、米山さんが夫婦で経営している。中国茶と日本茶を販売しており、そのクオリティは業界内でも高い評価を得ている。米山さんから簡単な説明を受け、さっそく茶の葉を摘み始めた。

 この畑では緑茶用の茶葉が栽培されているが、米山さんはその香りの特徴から白茶はくちゃに加工しているという。中国茶には六大茶類(緑茶・黄茶・白茶・青茶・紅茶・黒茶)という分類があり、白茶は熱を加えず、揉みもせず、乾燥させるだけ(微発酵)の茶のことを言う。中国では主に福建ふっけん省で作られている。

 原料の茶芽には白い産毛が生えていて、出来上がった茶葉は白っぽい暗緑色あんりょくしょく。それらの特徴から白茶と呼ばれる。米山さんは一芯一葉いっしんいちよう(一つの芽と一枚の葉)でつくっているそうで、僕もそれにならって、新芽の柔らかそうな部分を探して摘み取った。いわく、一芯だけだと味が淡すぎるところに、一葉も入れることで芳醇さが一層引き立つそうだ。

 茶芽をつぶさに観察すると、確かに産毛がびっしりと生えているのがわかる。淡い緑色の茶芽は柔らかく、しっとりとしていて、摘めば摘むほど愛着が湧いてくる。

 初めての茶摘みに没頭していると、あっという間に昼食の時間になった。僕たちは車に乗り合わせて山の麓まで下り、湖畔のうどん屋に入った。

 注文を済ませると、米山さんがお店の人に「お茶を淹れてもいいですか?」と尋ねた。お店の人は考える素振りも見せず、「もちろん」と返す。茶の産地だから普段から持ち込みのお客さんが多いのだろうか。

 木製の茶荷ちゃかに出された白茶――。2年前の春に摘んでつくったお茶だそうだ。瑞々しかった黄緑色の茶葉は暗緑色に変色し、白い産毛がよりはっきりと見える。香りはややコクのある甘い香り。まさに僕がこれまでに飲んできた白茶の特徴を備えている。

 米山さんは慣れた手つきで茶葉に湯を注ぐ。蒸らし終わり、それぞれの茶杯に注がれたお茶は淡い琥珀色だった。口に含んだ瞬間に芳醇な甘味が一気に広がり、さわやかでいて濃密な余韻は、まさしく白茶そのものだ。

 正直に言うと、日本で作られた白茶がこんなに美味しいとは思わなかった。米山さんは、こんなふうに話してくれた。
「私が目指しているのは〝本場中国の白茶〟に似たお茶ではなくて、この土地の地質や地勢を生かしたこの場所ならではの白茶なんです」
 その言葉からは、米山さんのお茶に対する混じり気のない思いがひしひしと伝わってきた。

 話を聞くと、茶の木はツバキ科の常緑樹らしい。茶の花を見ると納得できる。僕たちは再び茶畑に戻り、日が傾く時間まで黙々と茶葉を摘んだ。

 摘み取った茶葉を整理していると、米山さんが萎凋いちょう(茶葉をしおれさせること)について説明してくれた。

「摘んだ茶葉は、すぐに平置きにして自然乾燥させるのが一番良いんです。茶葉同士が重なると摩擦で熱が生じて、お茶の品質に大きく影響してしまうので」

 言われた通りに、茶葉がなるべく重ならないように竹籠に広げる。手作業なので少量しか摘めない上に、萎凋の工程でも手間暇をかける。実際に体験してみて、製茶作業の大変さと繊細さが身に染みた。

 茶摘みができるのは、春から秋にかけて。僕が参加した10月中旬はシーズンの最終盤ということだった。ブレンドではなく単一農場で摘まれた茶葉ということは、気候条件や茶摘みの時期によって味が変化するはずだ。

 萎凋には48時間から96時間かかる。米山さんが入れてくださった2年前のものと、果たしてどれくらい味が違うのだろうか――。茶畑に向かう行きの新幹線で抱いた期待と同じか、それ以上の期待に胸を膨らませて、帰りの新幹線に乗った。

 東京で消費されるものの大半は、東京以外で生産されている。お茶の世界も例外ではなく、東京で本場の中国茶を買えるお店はいくつもある。

 あたりまえのことだけど、消費のもとを辿れば必ず生産に行きつく。初めて生産の一端を垣間見たことで、僕の中国茶への思い入れは一層強くなりそうだ。


sandz(さんず)
バンタンデザイン研究所大阪校を卒校後、2009年に上京。2011年に創価大学に進学し、在学中に北京に留学。同大と北京語言大学の学位を取得。中国漢語水平考試「HSK」6級(220点以上)。中国語検定準1級。
Twitter : SandzTokyo
Instagram : sandzager

写真:Yoko Mizushima

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