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カラサキ・アユミ 連載「本を包む」 第22回 「リーブルなにわの落書きコーナー」

 ブックカバーのことを、古い言葉で「書皮しょひ」と言う。書籍を包むから「書」に「皮」で「書皮」。普通はすぐに捨てられてしまう書皮だが、世の中にはそれを蒐集しゅうしゅうする人たちがいる。
 連載「本を包む」では、古本愛好者のカラサキ・アユミさんに書皮コレクションを紹介してもらいつつ、エッセーを添えてもらう。

 恐らく、このブックカバーを目にした人の大多数が真っ先に思い浮かべるであろうコメントは私と同様に「え? 札幌なのに〝なにわ〟?」だろう。1950年にこの書店を創業した浪花剛なにわつよし氏の苗字から取られたものであると知った時点で違和感は一瞬にして消えるのだが。

 北海道の書店文化の一時代を築き、多くの人々の知的好奇心を満たしてきたこの老舗書店も今では姿を消し過去の存在となっている。

 文庫本サイズのブックカバーには大小さまざまな四角形が印刷されておりシンプルながらも独特なデザインである。

 調べていくうちにこの書店にまつわるとある面白いブログ記事(※)を見つけた。

 系列店の「リーブルなにわ」には〝落書きコーナー〟なるスペースがあったらしい。壁に貼られた大きな模造紙に来店客による本に関する感想や意見が思い思いに書き込まれていたそうだ。

 なんて斬新な! なんと遊び心のある書店だ!!!!

 ニヤニヤと嬉しそうにペンを模造紙に走らせる本好きの客達の姿を想像した。自分のオススメの本、今日こんな本を買った、あの本が面白い……大勢の人々の書き込みが散りばめられ、きっと賑やかな壁面になっていたのだろう。

 先のブログによると、当時の角川書店の編集者がこれを面白がって1冊の本にしようと提案したらしいが、なぜ実現しなかったのだろうか。

 仮に実現していたとしてタイトルは『リーブルなにわの落書き物語』あたりだろうか。そりゃあもう確実に面白い内容になっていただろうに。

 ふと、その昔に鉄道の駅に設置されていたという黒板とチョークがセットになった伝言掲示板が思い出された。

 携帯電話の普及とともにその姿は消えていったが、イタズラ書きが絶えなかったことも撤去の要因のひとつらしい。だが、チョークを手に黒板にふざけ心を発揮した当時の人々の心情に私はどこかしら愛着と共感が湧いてしまう。

 誰もが目にする場所に自分の表現を刻む行為は非日常故に、きっと当事者はほんの少しの緊張感を携えてワクワクしながら書き込んでいたに違いない。その行為は如何なものかと思いつつも「でもやっちゃいたいよね……」と理解も出来てしまう。

「リーブルなにわ」の落書きコーナーにもそんな人間の衝動的な形跡があったのだろうか。いや絶対あったに違いない。それらもひっくるめた人間味溢れるスペースだったんだろうなと想像が膨らむ。

 さて、この話を知った途端もはやブックカバーに印刷された四角群が模造紙を抽象化したものにしか見えなくなった。しかし、このブックカバーの前の所有者は模造紙なんておかまいなしに、枠外に書名と著者名を書き込んだわけだ。吉川英治の『黒田如水』……。

 模造紙を象徴とする考察は間違いなく私の妄想に過ぎないのだが、個人の考えや思いを好きに書き込める場所を提供していたという〝なにわスタイル〟はこの書店の魅力のひとつであったに違いない。

 現存する書店に同じような素敵な試みを行っているところはあるのだろうか。あって欲しい、と私はつくづく思うのだ。


文・イラスト・写真/カラサキ・アユミ
1988年、福岡県北九州市生まれ。幼少期から古本愛好者としての人生を歩み始める。奈良大学文学部文化財学科を卒業後、ファッションブランド「コム・デ・ギャルソン」の販売員として働く。その後、愛する古本を題材にした執筆活動を始める。
海と山に囲まれた古い一軒家に暮らし、家の中は古本だらけ。古本に関心のない夫の冷ややかな視線を日々感じながらも……古本はひたすら増えていくばかり。ゆくゆくは古本専用の別邸を構えることを夢想する。現在は子育ての隙間時間で古本を漁っている。著書に古本愛溢れ出る4コマ漫画とエッセーを収録した『古本乙女の日々是口実』(皓星社)がある。


筆者近影


(※)北海道美術館ネット別館「リーブルなにわ伝説(あるいは、1970年代末のぶっ飛んだ棚について)

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