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カラサキ・アユミ 連載「本を包む」 第10回 「4946と書いて何と読む?」

 ブックカバーのことを、古い言葉で「書皮しょひ」と言う。書籍を包むから「書」に「皮」で「書皮」。普通はすぐに捨てられてしまう書皮だが、世の中にはそれを蒐集しゅうしゅうする人たちがいる。
 連載「本を包む」では、古本愛好者のカラサキ・アユミさんに書皮コレクションを紹介してもらいつつ、エッセイを添えてもらう。

 パッと見、何とも地味なブックカバーだ。

 だが、〝ちょっと立ち止まってじっくり見つめてみると案外面白いものが見つかる〟ことをこの連載を始めてから改めて実感してきた私は、これまでだったらスルーしていたであろうこの一枚を今回はえて観察してみることにした。

 するといきなり発見があった。

 ややかすれ気味になった「姿屋書店」(珍しい店名!)という文字の下に記載された電話番号。よく見ると、その上にカタカナでルビがふられている。

「4946……ヨクヨム……よく読む!」

 何と! 語呂合わせだ!!!

 歯科医院の「6480(ムシバゼロ)」や肉屋の「1129(イイニク)」、11月22日は「いい夫婦」の日など、いろいろな語呂合わせに遭遇したことがあるが本屋にかかわるものは初めて見たかもしれない。

 途端にこの真面目そうな空気を漂わせていた一枚、いや、姿屋書店という店そのものに親しみが沸いてきた。強面の男性がケーキ屋ではにかみながら苺のショートケーキを注文している姿を目撃してしまったような、ギャップによる衝撃が私の胸を小刻みに震わせた。

 お客にアピールするべくこの電話番号をわざわざ取得した、店側の遊び心が小さなカタカナ4文字から窺い知れる。

 さらに目を細めて紙の上をスキャンするように眺めていく。はて、これは何の絵だろうか……? このブックカバーデザインの要である絵だ。

 何やら作品名らしきものが書かれている……が、印刷が薄れてしまってなかなか読み取れない。思いっきり目を細めて文字を凝視する。こんなに眼球に力を込めるのは小学生以来かもしれない。

 辛うじて読み取れた情報を頼りにネットで検索をかける。すると、天保5年〜7年(1834年〜1836年)に刊行された『江戸名所図会えどめいしょずえ』という絵入りの地誌の一部ということがわかった。絵を描いたのは長谷川雪旦はせがわせったんという江戸後期の画家だ。

 PC画面に表示された説明文を読みながら「へぇ〜」と何度もひとつ。地名の由来や江戸時代の東京の様子など初めて知ることだらけ。

 ブックカバーに起用されている海晏寺かいえんじ御殿山ごてんやまはいずれも東京・品川の代表的な名所だ。これらの絵をカバーにすることで「大井町駅東口通り」に所在する店の土地柄を反映させたということだろう。

 姿屋書店や語呂合わせの電話番号についても調べてみるも、残念ながらもうどこにもその情報は出てこない。

 だが、姿を消してもこうして店のこだわりだけはこの一枚の紙の上に脈々と生き続けているのだと思うと、それを見落とさなくて良かったという感動と達成感の方が切なさよりも圧倒的に上回ったのだった。

 ちなみに大井町駅の東口通りには現在焼き鳥屋やラーメン屋などの呑み屋が軒を連ねている。会社帰りのサラリーマンの憩いスポットである昭和レトロな飲食店街があるとのこと。
 いつか姿屋書店の手がかりを探しに行くのに便乗して一杯ひっかけに立ち寄りたいものだ。


文・イラスト・写真/カラサキ・アユミ
1988年、福岡県北九州市生まれ。幼少期から古本愛好者としての人生を歩み始める。奈良大学文学部文化財学科を卒業後、ファッションブランド「コム・デ・ギャルソン」の販売員として働く。その後、愛する古本を題材にした執筆活動を始める。
海と山に囲まれた古い一軒家に暮らし、家の中は古本だらけ。古本に関心のない夫の冷ややかな視線を日々感じながらも……古本はひたすら増えていくばかり。ゆくゆくは古本専用の別邸を構えることを夢想する。現在は子育ての隙間時間で古本を漁っている。著書に古本愛溢れ出る4コマ漫画とエッセイを収録した『古本乙女の日々是口実』(皓星社)がある。


筆者近影


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