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題名 「コードGR」 3話の続きから終わりまで 創作大賞2024漫画原作部門

#創作大賞2024 #漫画原作部門

第4話

 説明は続いた。

 一卵性双生児間での脳移植なら成功率は80%、あとの20%は医師の腕しだいということになる。
 彼女の脳は保存液に保管すれば一年はもつ、その間にドナーを待つかサイボーグを製作すればいい。
 帝王不在ということがこの町に広まれば、また過去のような無秩序な治安状態にもどり、血で血を洗う争いが始まり人の命が消えていく事など。
これ以上、帝王の今の状態を外の人間に隠し通すには限界がきていること。
この町に必要なのはカリスマ的存在と統制力を持つ帝王の頭脳であること。
「手術は一秒でもはやくして欲しいのです。もしよければ今から」
エンゾは無言で考え込んでしまった。やっと言えたことは
「やっぱりできません」
そう言えば帰してもらえると思った短絡的な返事を彼女は厳しい口調で跳ね返す。
「ここに来たならには実行してもらいます」
「助手がいなくては手術はできません」下を向いて言い訳を続ける。 
 次に彼女は励ますような口調で言う。
「助手に医師を三名、ナースを二名つけます。ここは私が設立した病院です。今から用意をさせます」
「怖くないのですか? 保存液につけられている長い期間、あなたは昏睡状態ですごさなくてはならないのですよ」

 長い長い昏睡状態から戻った患者は、皆、決まって昏睡状態のことを『黒い真っ暗な部屋』、『音さえも聞こえない闇の孤独』と形容する。
 彼女は静かに言った。
「そんなこと覚悟はできています。私の犠牲でこの町の秩序と沢山の人の命が助かるのなら、私はどんな危険でも受けて立ちます」

 彼女の覚悟は誰も曲げる事ができない。彼女の強い意志と優しさ、まっすぐな姿勢。断る事はできない強制的な力を持っていた。「依頼」を受理した。


 エンゾが手術室で準備完了して待っていると、北の女王は剃髪された頭で手術室に歩いてやってきた。女性の地肌の頭部は見慣れているが、なぜか彼女のその姿は悲痛な映像に映った。

「兄へのメッセージのロムはジョー君に渡しました。兄が手術から目覚めたら私のメッセージを見せてあげて下さいね」彼女は余裕のある微笑み浮かべて手術台にあがる。

 明るすぎる、白すぎる、照明の下、彼女は目をつぶる。そして、最後の独り言をつぶやく。「ロボット達と、四階の子供達にお別れを言ってくるの忘れたわ。お別れってわけじゃないものね。また、きっと会えるわ」

 麻酔医が彼女に全身麻酔を処置している間にエンゾはサイボーグの方の頭部を、スクリューで開けはじめる。開始してしまったオペレーション。引き返すことはできない。

 成功は明らかに約束されたものだった。人体からの脳の摘出、摘出された脳を生命維持装置に接続、サイボーグから生体への脳移植。手術は合計八時間にも及んだ。硬膜縫合をすませると、後の簡単な処理を他の医師に任せ、エンゾは床の上に座り、壁にもたれて休んだ。

 一時間後、オペレーション終了をベテランのサイバネ医師から伝えられる。
「エンゾ先生。無事終了いたしました。ご苦労様です」
 エンゾは、ぼろぼろに崩れてしまうほど疲れ激しい頭痛もするので、どこかで休みたいと頼む。

 個室の病室に連れて行かれ患者用のベッドをあてがわれた。仮眠を取った。
***

 目がさめるとさっき医師から成功のニュースを伝えられた。
「脳波をみるかぎり成功したようです。あとは意識が戻るのを待つだけですね」
「ジョーはどこですか?」
「四階の小児病棟ですよ」
エンゾは手術衣のまま、四階にジョーを探しに行く。頭の中が疲れてボンヤリしているが焦燥感だけは火のように胸を焼く。

ジョーは青い部屋の片隅のベッドに腰掛けて頬付けをついて考え事をしていた。「よお! 先生! 手術は終ったのかい?」元気そうな声で手をふる。

 エンゾはジョーに駆け寄り、ここから逃げようと耳元でささやいた。
「逃げようって……? 第一、ここからどうやって家に帰ればいいのか分らないし。ロム預かっているし」
「つべこべ言ってないでここから出ないと。これ以上関わったらもっと面倒な事に巻き込まれる」
焦る気持ちと、どうしてこんなことに巻き込まれなくてはいけないのかという苛立ち。
「分った」ジョーは長い金色の髪をかったるそうにかき上げて、ベッドから腰を上げると早足でエレベーターに向かう。

 エンゾはエレベーターのコールボタンを連打する。一刻も早くここから出たい!
十階からエレベータが降りてくるのがデジタルで表示されるのを見上げ祈る。9・8・7・6・5・4

 ベルの音とともにシルバーの扉が開いた。エレベーターに駆け込むと1のボタンを押した。

 ほのぐらいエレベーター内、ジョーは下を向いてジーンズのポケットに両手を突っ込んでいる。彼の感情を読み取るのはまだ難しくて、何を考えているのか分らない事が往々にある。
「怖い?」尋ねてみた。
「うーん別に。どうにでもなれって感じかな?」無表情で答えた。
 一階につき鉄のドアが開く。明るい照明の光が瞳孔に届く前に目の前にあった光景は無数の銃口。諦めて両手を上にあげる。ジョーも同じように降参する。エレベーターからロビーに足を踏み出す。
 銃を構えたセキュリティガードの間から、小さなひひのような老齢の医師が僕の前に姿をあらわす。彼は執刀を手伝ってくれたサイバネ医師の一人だった。

 しわに埋もれた目が鋭く詰問する。
「エンゾ先生。どこにお出かけですかな? 帝王様が目覚めるまで、この病院にとどまって欲しいのですが」
「はい」うなだれて返事をした。
ジョーが言った通り『どうにでもなれ』そう思うことが、この状況下、一番正しい答えなのかもしれない。

***

 ――監禁された。
そこは一見、隔離病棟の個室のような所だったが精神科の保護室だった。
 白い壁はマットレス地、床はふかふかのカーペット、窓はなく天井の蛍光灯が部屋を異様に明るく照らしている。片隅に監視カメラが二つ、隅にユニットのバスルーム。

 ジョーがドアをガンガン蹴る。特殊な素材でできているので吸音されてボコボコという鈍い音しかない。
「やめなさい。疲れるだけだから」
 とがめると、彼はふてくされて隅にあるシングルのパイプベッドに寝転がった。

 一時間の静寂の後、遅い夕食が運ばれてきた。逞しいセキュリティガードの男がワイン付きの豪華な食事を給仕した。

 分厚いステーキ、季節の野菜の盛り合わせ、2186年ものの赤ワイン。エンゾは小さなテーブルに向かうと食事をとり始めた。サーロインステーキはミディアムの焼き加減。赤ワインと良く合う。

 それを見てベッドの上のジョーが泣きそうな声で絶叫する。
「俺も喰いてー」
 ジョーは胸のポケットからオレンジの生命維持カプセルを取り出すと、しょんぼりした表情で口に放り込んだ。
 ジョーが背を向けて大きなわざとらしい声で言う。
「人間って、めんどくさいな。そうやって食事するのに毎日何時間ついやしているか」
ちょっといじめてみたい気分になった。
「本当は君も食べたいんだろう」
「それを言うなって……。俺はなあ。そういうのは食えない体になってしまったんだよう!」涙声で返答するジョー。
 食べ物のことになると彼はすごく落ち込む。可愛い、すごく可愛い。

 最後のデザート、ギャラクシー・ムースをちょうど食べ終わったころ、エンゾは目を開けていられないほどに眠くなった。食事に睡眠薬が入っていた。目を閉じると暗い底無しの深淵のような眠りに引きづり込まれた。

――夢のない深い睡眠から、目覚めるとベッドの上で寝ていた。

 パイプベッドのすぐ横でジョーは隅の壁に背をもたれかけ足を放りなげて、じっと壁の一点を見つめて考え事をしていた。
「ジョー。おはよう」
まだハッキリしない頭で目を擦りながら挨拶をする。
「おはようじゃないよ。先生、十五時間も眠ってたぞ。俺はたいくつで、たいくつで」
「ベッドに運んでくれたんだね」
「重くなかったし。あのまま椅子で寝てちゃ風邪ひくかなって思って。俺はサイボーグだから床とか直に寝ても身体の調子悪くなることないけどさ」
どこか照れくさいのか、へへんと少年ぽく笑う。
優しさをいつも乱暴な言動で隠しているジョー。
「面倒な事に巻きこまれて怒ってるかい?」
「別にーお節介でついてきただけだし」
暫く沈黙が続く。

 ジョーの膝に置かれた作り物の手を観賞する。ピアニストの様な美しい白い長い指。関節のつぎめから見えるプラチナは指輪のように手を飾っている。

「俺、退屈でマジ死にそうだから、面白い話でもしてくれないか?」
「面白い話……?」
「また真剣な顔して悩む。そうだな、先生の過去でいいよ。それなら話しやすいだろう」

 ベッドから起きて縁に腰をかける。過去の記憶を探り、物語につなげ合し話しだした。


第五話

── エンゾの独白 ──

 母の記憶はない。その女性は血液の病気で死んだとだけ、父から聞いた。

 病院経営で多忙な毎日を送っていた父は、幼い僕の世話をナースのタオと祖父に任せていた。

 僕の話し相手は父が買ってくれた高価なおもちゃ達だった。ウサギやライオンなどの動物の形をした人間の言葉を話すAI内蔵のロボット達。簡単な話しかできない幼児用の玩具だったけど、背中に乗せてもらったり、柔らかい合成毛皮に頬をよせたり、午後の時間は僕はおもちゃ達と疲れるまで遊んだ。

 祖父も時間があるときは僕の話し相手や遊び相手になってくれた。窓から灰色の夜空を見上げ、話す事は宇宙(ユニバース)やナノ・テクノロジーの理論や方式。幼少の僕にそんな難しい話は理解できるはずもなく、ただただその話に耳を傾け頷(うなず)くだけだった。

「そのうちエンゾにも理解(わか)る」と言って、しわだらけの手で僕の髪をよしよしと撫ぜてくれた。雲のような大きな銀色の白髪、金縁の丸いフレームの老眼用のメガネの祖父は、プロフェッサー・ディーンと呼ばれる有名なサイエンティストだった。

七歳までの子供時代、祖父とロボット達の記憶しかない。

 学校で僕はいつも孤立していた。とっても内気で他の子供達と違っていたから。休み時間はITルームでサイバースペースに入り浸っていた。

 蜃気楼の立つ夕方、家に帰ると祖父がいなかった。その日から祖父は僕の人生から消えた。
父が言った。
「おじいちゃんは遠い街で暮らす事になった」

 祖父は学会から追放されたのがショックで蒸発したのだった。僕の人生で一番悲しかった事件だった。

 数年後、理由を知った。
 世界規約の条例で2100年に禁止されていたナノ・クローンに関して密かに研究していた。祖父はサイエンティストとしてやってはいけない事をしてしまった。

 中学、高校、とにかく勉強しかしなかった。夢は祖父のように有名なサイエンティストになること、それだけが目標だった。

 父は十五歳の誕生日にロボットを買ってくれた。

 ピエロみたいな顔にクマのきぐるみみたいなピンクのつなぎを着た身長百センチの可愛いロボット。

 反応する度に大きな目が電子音をたてて星みたいに点滅して光った。七歳くらいの子供の知能指数でおちゃめな感じで会話も面白かった。

 ティノ(T1n0)という名前をつけ、学校以外はいつも一緒だった。

 夏休み、ショッピングセンターでのこと……ティノとショッピングセンターのコンピューターショップに買い物に行った。

 エスカレーターの前で近所に住む高校生達が僕をみつけて、からかいはじめた。悪口なんて無視した。そんなの慣れっこだった。少し変わっていたし、家が裕福だということで嫉妬されていた。

 突然、背中を強く押されて転んだ。

 その光景を見たティノは近くにあった重いプラスティックの立て看板を、僕を突き倒した子の頭に向ってに投げた。

 叫び声の次にマーブルの床に赤い血がボタボタと落ちた。

 たいした怪我じゃなかったらしいけどに警察が呼ばれた。

 【人間にはむかう事】ロボットがしてはいけない行為。
 警察はティノを僕から取り上げていった。ティノは処分された。焼却処分。

 二日間部屋に閉じこもって黙って泣いた。
 またひとりぼっちになってしまった。
 ティノは初めての本当の友達だったんだ。

 科学者になりたかった。そのため猛烈に勉強してきた。でも父は僕に病院の跡継ぎになることを望んでいたからその夢は断(た)った。

 イエール大学の医学部に進み最新の技術の分野を僕は専攻した。

 脳外科とサイボーグ工学、俗に言う「サイバネ医師」になるために。とても面白かった。その道を学んで正解だった。

 そこまで話すと僕はジョーに質問する。
「つまらない話だったかな? なんか、暗いね」
「いや。そんなことないよ。先生のことがわかってきたよ。で、その先の話、もっとききたいな」
「それは別の機会に」
「えー、つまんねー。つまんねーの」

 話題を変える。
「そのサイボーグ、僕が勝手にアンソワープって名前をつけたけど本当の名前はK9012っていうんだ。製造番号らしい。首の後ろに彫金してあるよ」

 ジョーは確かめようとひじを曲げる。長い髪が腕に絡まってもつれて、もがいている。
 
 その様子をいとおしげに見つめた。話をやめた理由、これから先の話は、まだ心の奥に封印しておきたかったからだ。心のダークサイド、人には言えないことなんだ。

 深い記憶は前頭葉の思考回路までコントロールしているのかもしれない。
 サイコロジストと対話するかように心の鏡に映る僕自身に無言の告白を始める。

 いつも心を支えてくれていたのは機械仕掛けのおもちゃ、鋼鉄のロボット、AI。魅力を感じた世界は電子、無機物、サイエンス、テクノロジー、医学。

 仕事を始めてローンでAIを買った。ヒト型のAIだが、シルバーのボディ、人間らしい目鼻立ちはなく、人間には到底見えないメカニックな外見。それに、またT1n0(ティノ)と名づけた。
知能指数100。成人の知能指数にあたる。
 でもT1n0は、「愛」とか「恐怖」という基本的感情を理解できなかったんだ。機械だったから当たり前だよね。

 僕が「好きだよ」って言っても……単調な機械的リズムで「理解不可能」って言葉が返ってきた。
 何十回、何百回繰り返して好きだと伝えても、「理解不可能」って返事だったんだ。

◆リカイフカノウ◆リカイフカノウ◆リカイフカノウ◆リカイフカノウ◆リカイフカノウ◆リカイフカノウ◆リカイフカノウ◆リカイフカノウ◆

 もしかしてT1n0は壊れているのかと思って頭の中を開けてみた。マザーボードとCPUを分解したら、壊れて動かなくなってしまった。

――異常だったのは、僕の頭の中だったんだ。

 僕は人間の女性を愛せない男。
温かく柔らかい女性(ひと)の身体より冷たく硬いメタリックのボディに悦びを感じる。

 初めてくちづけを交わした相手はアンソワープ。君のキスは凍ってしまいそうなほど冷たかったけど、脳内からエンドルフィンが身体中に0.0016秒のスピードで駆け巡るエクスタシーを感じた。
 0度の体温のボディに耳をよせて、機械仕掛けの心臓のモーターの鼓動をききながら、原子のレベルで君と融合するのが僕のファンタジー。

 君を構成するマテリアルの元素記号を全て空で口にできるほど、君については全部知っている。
K9012だろうがアンソワープであろうが、どんな名前でも構わないんだ。

 ジョーのことをどんどん好きになっていく。君のDNAがXYであろうが、このボディの持ち主であるかぎり外見はサイボーグの少女だ。

「ジョー」勇気のある優しい少年の心、「アンソワープ」美しい機械の身体。このシンメトリー(symmetry)を、真剣に愛してしまったらしい。これはやっかいだ。なにかに夢中になると、絶対止まらない。

「先生。黙りこくって、なに一人でにやにや笑ってんだよ。気色悪いぞ」
その言葉で現実に戻った。
「人生って色々なことがあって楽しいなと」とても幸せな気分に満たされている。
「監禁されてるのにずいぶん余裕あるんだな」
蝶がはばたくみたいに、ながい睫(まつげ)をばちばちさせて驚いている。

 ジョーが話し始める。
「俺は人間の身体に戻りたい」

 とんがり帽子の緑の女神様がいるなら君にかけた呪いをといてくれるかもね。でも女神様なんて現実には存在しないんだ。

 ジョーの死亡届を出したのは僕。レジスターからはこの少年は抹消されている。事実、戸籍上では死んだ事になっている。新しい人生を歩みはじめたんだ。君の過去には興味はない。未来だけをみていればいい。

「生体ドナーは最低でも一年は順番待ちだ。君の場合、すでにサイボーグの身体を手に入れているから優先順位は最後だろうね。ドナーは適合する生体を探さないといけない。四百の一の確率だ」
「俺の身体の復元手術は?」
「あれだけパーツが消えてしまっているから復元するのは大変だね。第一保険がきかない。自費で1Gドルかかるよ」
「それってどのぐらいの額?」
「最新式の軍事ヘリコプターが買える額」
「宝くじが当たらないとむりか。でも可能性がゼロってわけじゃないよね」
少しがっかりした様だったけど暗く落ち込んでいる様子はない。

 君はいつも前向きな姿勢で考える。一番尊敬していることだよ。

 ドアのロックが解除される低い電子音が聞こえた。ドアが開き部屋の中に入ってきたのは、ひひ顔のあのサイバネ老医師。
「帝王様がお目覚めになりました。お顔合わせ下さい」

***

 通された所は薄暗い個室だった。黒いブラインドの隙間から差し込む西日は白い床に縞模様を刻んでいる。

 大きな白いベッドに上体を起こし頭部を固定装置でがっちりと保持され、目を開けているあの女性。頭部への局部麻酔を処置されているのか少しこわばった表情で静かに座っている。
 ベッドの周りには彼女のガーディアンエンジェル達(ロボット)。

 植物状態から現世に戻ってきたこの人はいったいどのような人物で、どれほどの権力をもっている『男性』なのだろうか。

 闇のシンジケートに関わりすぎてしまった。知りすぎてしまった。もう普通の世界には戻ることができないのかもしれない。

 老齢のサイバネ医師はおずおずと深く腰を折って、目の前の女性の姿にお辞儀をする。
 彼女は表情を変えず、手を少し上げる。
「ご苦労だった」
 声は北の女王の声だが、口調が中年の男性のものだった。

 黙っている僕にサイバネ医師は言う。
「帝王様のご意識はハッキリしております。くれぐれも失礼のないように」

 少し緊張しながら言葉を返す。
「手術は成功したようですね。よかった。その身体は妹さんの身体なので、もしお気に召されないようでしたら、二ヶ月後に性転換手術を受けるといい。技術が進んでいるんで元の男性の姿に戻すのは難しくないですから」
「ロザンヌがくれた身体にメスを入れるようなことはこれ以上したくない。このままでよい」
率直な迫力のある言い回しは手術をする前の女性とはかけ離れたものだった。

「ドクター。ところで何日ぐらいで歩けるようになるのか?」
「早ければ二、三日で」

「上等」

 ジョーが話に割って入る。
「俺、妹さんからメッセージの入ったロム預かってる」
一センチほどの四角のロムを人差し指と親指の間につまんでかざした。
「投げてよこせ」
患者は右手を前に差し出す。
ジョーの軽く投げたロムを手のひらで優しく受けとった。

 ここまで随意運動神経も正常なら問題は無い。
「もう僕が居なくても大丈夫ですね。それでは帰りますから、なにかあったら連絡下さい」背を向けてドアに向おうとする。
こんなところは一刻も早く出て元の普通の生活に戻りたい。

 背後からあの猿のようなサイバネ医師のしわがれた声が僕の足を止めた。
「エンゾ先生には二週間、ギルダタウンにいてもらいます。帝王様のお身体に万一ということがあっては、なりませんから」
監禁された上に二週間も拘束されるなんて理不尽にもほどがある。
苛立ちながら大きな声で答える。
「大学病院の仕事もあるし、二週間もここにいることはできません」
「れほどの腕前があればどこの病院でも招き入れますよ。病院経営はビジネスです。クビになったら私に言いなさい。もっといい大病院に話をつけてあげましょう」

***

 車で連れて行かれた場所はギルダタウン一といわれる五つ星ホテルだった。外装はみすぼらしいが中に入ると豪華な調度品に飾られた小さいながらもシックなホテルだった。まるで高級マンションの一室のような一番高い部屋に案内された。

「すげぇー。金持ちが泊まるような部屋だ!」
ジョーが感嘆しながらきょろきょろ部屋を見てまわっている間、あのサイバネ医師が話しを始めた。
「執刀費とこちらの都合で先生の時間をいただいくので、それにふさわしい額が入っています。9MKドル。マネーカードです」
9MKドル。半年分の給料の額。名刺大の電子カードをしわとしみだらけの年寄りの気持ち悪い手から受け取る。
老医師は静かに低い声で僕に警告する。
「ギルダタウン外には絶対に出ないで下さい。連絡するのもやめて下さい。先生の行動は全て監視されています」

 不愉快な老医師が去っていった後、僕はジョーと部屋に二人っきりで残された。考える事は仕事のこと。二週間も仕事を無断欠勤したら、当然僕は解雇だ。どうしよう。

 こうやってつっ立って考えていても、らちが明かないことは分っている。
ソファーに座って眠そうに外を眺めているジョーに話しかけた。
「ジョー。どのぐらいCTPBの量残っている?」
「あ、栄養カプセル? あと十個ぐらいかな」
ジョーは、呑気な調子で返事をする。
「三日ももたないね。一日最低でも三錠服用しないとね。外に行って買ってくるから、ここで待っていなさい」
「なんか疲れたから俺、ここで待ってるわ。一人で大丈夫か?」
「うん」うなずく。
窓から外を見ると、もう六時を回っているのか薄暗い空に変わりつつある。

「ちょっと町も見てまわってくるから一時間ほどかかるかも」そう言って彼を残して出かけた。

***

 ホテルからでてすぐ正面に薬局があった。中に入ると整頓されていて清潔な感じのいい店だった。薬剤師の頭の薄い中年男性がにこりとほほえむ。
 CTPBを売っているかと訊ねると、すぐにカウンターの後ろから束で出してくれた。束ごと買った。
「すいぶんストック置いてるんですね」
「毎日、これだけは売れるからね。ギルダタウンの十五人中一人はサイボーグだから」
マネーカードを渡す。簡単なレジスター機で勘定。
ビニールバックに薬をいれてくれて渡された。
「外から見えないように紙袋にいれておいたよ。引ったくりとか多いから気をつけなよ」

 徒歩で歩くギルダタウン。ロサンジェルスではあまり見かけなくなったストリートマーケット。狭い道に衣類や食べ物、日曜雑貨など扱っている露店がびっしりとひしめいている。

 ジョーを連れて行かなかった理由、外の世界と連絡をとりたかったからだ。
 右手首のDCWはなくなっている。手術の前に外してどこかに置き忘れたのか、眠らされているときに取り上げられたのか分らない。

 道端で煙草を吸っている老人に小さな声で尋ねた。
「この辺りに警察はありませんか?」
老人は不思議な顔をして見上げる。
「ギルダタウンに警察なんてあるわけないだろ。冗談言っちゃいけねぇ。なにかトラブルか? トニーの奴に言えば解決してくれるぜ」愉快そうに笑いだした。
「えっ?」作り笑いをして後ろに歩み下がり、メインストリートの雑踏に戻る。

 警察なんてないって……。つまりリンチや依頼殺人などが公然とここでは認可されているってことなんだ。
とにかくとにかく父か警察に連絡したい。
何か外の世界と連絡を取る方法……。
端末、DCW、ネットカフェー、道添いの店や屋台を見てまわるがそれらしい品物を扱っている店舗は見つからなかった。

 トワイライトの夕暮れの時間は過ぎ去り町は夜のとばりに侵食されて、闇が町の隅から徐々に広がりつつある。
分毎に波のように暗い闇が押し寄せてくる。
メインストリートから横に入り組んだ路地はここから見ても真っ暗で何が潜んでいるのか分らない危ない感じがする。まるで底無しの迷路のようで一度迷ったら生還することは不可能な深い森の獣道。脇道に入ってはいけないことは理解できた。

 メインストリートや比較的人通りが多い道をさすらう。
雑踏の人達は白人やヒスパニック系が多い。服装は労働者階級層のラフな服装。

 歩いている間に道に迷ってしまった。方向感覚が狂ってどっちが元の方向か分らない。
どんどん人気が無くなっていく。
角を曲がると行き止まり。もと来た道を戻る。
ビルは灰色で全て同じ建物に見える。
既に夜になりオレンジ色の照明灯がゆらゆらと道を不安げに照らしているだけだった。荒れたコンクリートの地面の自分の長い影がまるで亡霊のように見えた。

 横のオレンジの照明灯の柱の影から突然誰かが僕の目の前に現れた。
一瞬驚いたが、若い女性の姿だったので怖がる必要もないと判断する。その影は薔薇の花がぎっしりと詰め込まれた透明の四角のケースを背負った白と黒の格子のスカーフを頭に巻いた痩せた女性だった。
「道に迷われましたか?」
「ええ。ホテルに戻りたいのですが。賑やかな界隈にあるホテルなんですけど……名前はクラウンだったかな……どこの方向か、さっぱり」

 女性は親切そうな誠実な声で「私についてきなさい。案内いたしましょう」と申し出た。
 花売りの女性を信用していいものか迷う。
どっちみち一人で迷っていても危険なのは確かなので、彼女についていく事にした。

 彼女の歩調についていきながら世間話を試みる。
「暗くなってからもお仕事大変ですね」
「夜の方が花は良く売れるんです」
「でも、強盗とかひったくりとか危ない事あるんじゃないですか?」
「ええ。でもね、私、こんなお守りをもっているんです」
 彼女は腰に巻いてある柄のカーディガンの下から鉛でできた「物」を取り出した。
 銃だった。

 銃の持ち歩きは禁止されているはずだ。
普通、町のあちらこちらに銃器探知装置が設置されている。
持ち歩いた者は銃刀法違反で四年の懲役処分。それが常識だった。

「銃の持ち歩きは禁止されているはずでは」その軽い二十二口径の細長い銃を横目で見る。
彼女は陽気に笑う。
「ここでは皆持ってますよ。警察がいないから自分の身は自分で守る。これが普通なんですよ」
まったくなんて所だ……。
ロサンジェルスにこんな地域があるなんて思いもよらなかった。

「私の仕事は花売り。薔薇を売りながら生計を立てています。ギルダタウンの人達は小売商などしながら日々の生活を支えている人達がほとんどなのです。人々の暮らしは貧しいですが小さな幸せを毎日感謝しながらその日を生きているのです」彼女は語り掛ける。

 賑やかな広場にたどり着く。人々はナイトバザールで夜の時間を楽しんでいる。この広場の屋台や照明灯からのオレンジやイエローの光はまるで遊園地の様で僕に子供の頃を回想させる。

 彼女は花言葉を東欧風のリズムにのせて歌い出す。
「薔薇の花言葉。赤は愛情、情熱、ピンクは感銘 、黄色は嫉妬、白は純潔そして尊敬」

 歌を小さな声で口ずさみながら彼女は僕をホテルのロビーまで送ってくれた。赤いカーペットのロビーの明るいシャンデリアの光の下、彼女の服装をよく見ると彼女の貧しい生活が理解できた。
 元は赤だっただろう色あせた裾のほつれたワンピース。花の手入れか生活の疲れか彼女の指先は乾燥してがさがさに荒れている。

 お礼に背中の薔薇の花を全て買おうと申しでた。
「全部?」
彼女の顔には同情はいらないという言葉があからさまに読み取れる。
「実はプレゼントしたい人がいるので」
彼女は何か想像して微笑み、肩からケースを降ろすと床に置いた。
「ケースごとで、200Cドルです」
カードで支払いを終らせる。
「送ってくれてありがとう」
「いいえ、こちらこそ。私、風に頼まれたんです。エンゾ先生を道案内するように」
何故、名前を知っているのだ? 彼女に名前や職業など教えてない。
「どうして僕のことを知っているんです?」
彼女は意味ありげに笑い、手を振ってドアに向かう。
振り向いて一言。
「先生。確実に監視されていることをお忘れなく!」
そう言い残して暗闇の町の雑踏に消えていった。

……確実に監視されている。
でも怖いという気は起きなかった。
なぜなら人々から敵意というものをこの町に着いてから感じた事は少しもなかったからだ。不思議なノスタルジックな気分で薔薇のケースを抱え部屋に戻る。

 ジョーはソファーの上で眠っていた。
ソファーの横にケースを置いて、ひざまずいて彼の顔を覗き込む。

 眠っている君は美しいお姫様のようで……君に魂がなかった時のころを思い出させる。

「むにゃ、ハンバーガー。ダブルでお願いします」
ジョーの寝言。
可笑しいね。そんな夢みてるんだ。まったく仕方がないな……。
ジョーのそんな少年らしいところも気にいっている。

「感銘」「愛情」「情熱」「嫉妬」「純潔」「尊敬」
以上、すべての気持ちを君に送るよ。
花のケースの上に薬のカプセルの束を置く。

 ソファーで寝ている君をベッドに運んであげたいけれども、君の体重を優しく抱えあげるのは無理だから、ここでおやすみ。

 またあしたね。

***

 翌朝、起きるとジョーはまだ寝ていた。

 起こさないようにそっと僕はシャワーを浴びた。着替えを終えて、バスルームから出る。

 ジョーはカーテンを開けて大きなガラス窓から外を眺めている。最上階なので太陽の光がこの部屋には差し込む。
「カプセル買ってきてくれてありがとよ。でもさ、この薔薇の花はなんなんだ?」
「町で、花売りの人に迷ったとき助けてもらって、そのお礼で買った」
「なんだ。もしかして俺に買ってきたのかと思って不審に思ったからよ。誤解だったね」大きな声で豪快に笑うジョー。
 ばれなくてよかった。プレセントに買ったなんて素直に言えば、硬い拳で殴られていたかもしれない。

 窓から灰色の墓標の様なビル群を眺める。思ったほど悪い町ではないようだ。
「これから暇つぶしに町の雰囲気でも見に行かない?」と提案する。
「そうだね。退屈だし。アミューズメントセンターでも行こうぜ」ジョーは無表情で答えた。

 ホテル正面、ゴミの散らかった薄暗い広場。毛並みの悪い、貧相なヨークシャーテリアを散歩させている老人が独りよたよた歩いている。

 まだ店は開いてない。昨夜のナイトマーケットとはうって変わって露店の鉄パイプの枠組みだけ残されて物悲しい風景。
 
 大通りに向かう。歩行者はまばらだ。ビル同士が無頓着に建てられているので太陽の光は地面に差し込まず薄暗い。朝だという実感がしない。

 ジョーはジーンズの前ポケットに手をつっこんで、空を見上げながら歩く。
「ビルの隙間から真っ青の空が見える」
 ぴったりした白いTシャツに少しブカブカの僕のチェックの赤いシャツ、LV社の青いジーンズが彼の定番の姿。この四日間、同じ服を着ているジョー。僕の服装は白い木綿のシャツに、ジーンズ、彼とさほど変わらないラフな姿。でも、もう着替えを買わないと……。
「服買ってあげるよ」
「別に汚れてないし。俺は人間みたいに毎日服を替えなくても汚くならないしさ」
 機械の身体だとそういうところは便利だね。開店したら僕は何着か買うよ。君にも買ってあげよう。

 錆びた排水パイプが絡み付いた汚いビルの前でジョーが立ち止まった。
「アミューズメントセンターだ!」
狭い入り口の上には恐ろしく派手な電光看板。
『アミューズメントセンター・ハイパースピード』

 狭い入り口から中に入る。店内は意外と広く天井は十メートル近くあるドーム型。ゲーム機から流れる電子音と暗い店内に炸裂する人工的なメタリックブルーやレーザーレッドの光。アミューズメントセンターだけあって少年が多い。
フードのついたスポーツウェア姿の目つきの悪いティーンエージャー達の溜まり場になっている。平日の午前中だというのに学校には行ってないのだろうか。

 ジョーの姿は客の目を引いていた。可愛い女の子だと興味を持って眺める。次にジョーの平たい胸を見て何かが違う事に気がつく。顔、首、そして手――サイボーグだと気がつくと興味を失い、煙草を吸ったり、ゲームや雑談に戻る。

 ここは健全な所とは言えない。ここから出ようと提案しようとしたとき、店内の薄暗い一角にあるマシーンに目が止まった。
 一角にあったのは最新型の端末機PMTR。

 端末の前の席に急いで座る。マネーカードをスロットするデバイスを探すが見つからない。
ジョーは教えてくれた。
「アミューズメントセンターではヴェンダーマシーンでトークン買うんだよ。ほら、入り口の近くに四角いマシーンがあるだろ」
「そこで待っていなさい。買ってくるから」

 焦っていたのか100Cドル分のトークンを買ってしまった。
 六角形の形をしたキレイなオレンジ色のトークンを両手に溢れるほど持ってジョーの元に戻る。
「なにそんなに買ってるんだよ! 買いすぎなんだよ。一週間、入り浸っても使えきれない量じゃないか!」ジョーがまったくしょうがないなという顔で見る。
「半分君にあげるから手を出して。僕は暫くの間、端末をいじっているから君は好きなゲームでもして遊んでいなさい」
 ジョーは受け取ったトークンを嬉しそうにジーンズのポケットにしまい込む。
「ありがと」嬉しそうに言い残し小走りにゲーム機のある広間に向っていった。

「さてと、外の世界に連絡するかと」端末の前に座る。
 トークンを本体横にある小さな箱型のユニットに投入する。低い電子音が響き画面が起動される。キーボードを膝の上にのせる。これは端末を使う時の癖だった。そしてサイバー空間にアクセスする。

 警察のURL(Uniform Resource Locator)を入力するがアクセス制限されていているようで、画面にエラーメッセージ。このURLは存在しません。

 存在しないはずはないんだ。病院、父の病院のURLもアクセス規制されている。それならコミュニケーションのアプリケーションで連絡してみよう。
 ホロ画像コミュニケーション機能のアプリも起動できない。ボイス、ホロ、テキスト、コミュニケーション系のアプリケーションは厳重にロックされていて起動できない。
 ABCブロードキャストなどの娯楽サイトにアクセスしてみるとなんの問題もないのだ。

 隣に子供が座ってサイバーネットを始めた。子供は何も問題無くホロメッセージで友達とコミュニケーションしている。
 どうしてできないのだろう。マシーンが壊れているのかもしれない。
別端末で試みてみるが同じく制限されている。また別の端末に移ってみる。どのマシーンを使っても結果は同じだった。
 ぼんやりと事情が分ってきた。
 ――ネットワーク内でも監視されている。
 殆どのことがコンピューターで制御、管理されている世界。
個人情報も全て把握されているのだろう。車の登録番号、市民番号、銀行の口座、残高、パスワード、認証番号、学歴、履歴書、家族構成。父や勤務先のことも全部知っているのに違いない。

 漠然とそんなことを考えながら画面を眺めていると、ウィンドウが一つ自動的に開く。3Dホロ画像で目の前に現れたメッセージ。
「差出人不明テキストメール一通」
 広告かつまらないジャンクメールじゃないか?
 キーを押す。さっきまで起動できなかったコミュニケーション・アプリが立ち上がり、ディスプレーにテキストの内容が表示された。

     ――――――――――――――――――――――
     TO:Dr. ENZO KHYORSKIU
     FROM:%1*&20Lm321*s9
     ――――――――――――――――――――――
     RE:アクセス制限
     ――――――――――――――――――――――
     外部に連絡をしようとしても無駄です。
     ネットワーク上でも素行は監視されています。
     クラッキング行為などは、
     間違ってもなさらないよう。
     所詮、無駄ですから。
     ――――――――――――――――――――――
「なんなんだ? このメッセージは……。いったいどうやって?」思わず左手を口に当てた。


数分間、画面を凝視し続けていた。
ネットストーキングなのか?
クラッキングされてるのか?

 ふざけるな! 多少のクラッキングの知識ぐらいある。
メッセージを消去すると管理モードに切り替えクラッカーの進入を排除することにした。

 しかし、二時間後、所詮無駄な試みだったということが身にしみて分った。端末は遠距離操作ですでに乗っ取られていた。奇妙な絵が突然現れたりまた不気味なテキスト・メール、突然、画面が真っ白になったと思ったら再起動。完全に翻弄されている。

 画面の向こうのユーザーはかなりのプロフェッショナルで、自分の知識など到底及ばなかったのである。何者なのかは分らない。どの機種を使用してどこからアクセスしているのかも分らない。
これ以上、そのユーザーにからかわれているのも癪に障るのでその場から離れ、ジョーを探すことにした。

 煙草の煙が渦巻く店内を歩く。
 ひときわ広いスペースでホロ画像の格闘ゲームが行われてた。ギャラリーの少年達で遮られて映像はよく見えなかったがホロ画像による等身大の武道家同士の殴り合い蹴り合い。
そして激しい激突音と派手な音楽。

 スピーカーから聞きなれた声。
「爆裂拳! 爆裂拳! 爆裂拳!」
「ぐはははは! 軽い軽い。こんどはこちらから攻めさせてもらう」
「猛虎波動大曲波」
「ぐぇえ。百ポイントのロス! この野郎~!」
「上段! 中段! 下段蹴り!」
プレーヤーはジョーなのか。
それにしても相変わらず言葉遣いが悪い。あんな可愛い口からこんな言葉発しているなんて。

「サイバネねえちゃん、なかなかやるなぁ」
対戦相手のこの言葉を聞いてジョーが怒鳴る。
「俺は男だ!」
「髪が長いからてっきり女だと思ったぜ。男だったら容赦はしない。この勝負、俺様がもらった! デストロイヤー・メガ・ブラスター!」

白い炸裂光。
ギャラリーからの「オオー!」と大きな声があがる。
何が起こっているのがさっぱり分らないが必殺技だったらしい。
見ていた少年達は口々に言った。
「良い線いってたけどなぁ。スケルトンに敵う奴は滅多にいないよな」
がやがやと人だかりが崩れる。
メタリックブルーのプレイヤーブーツから出てきたジョー。
しょんぼりしながら操作用のシルバーのコントロールヘルメットを頭部からとる。

ジョーに近寄り話しかけた。
「外に出よう。空気も悪いし。こんな脳に負担がかかるゲーム、長時間していたらだめだよ」
「たしかにな。脳から操作するタイプのヴァーチャル・ゲームって頭に悪そうだもんな。これ以上馬鹿になったら困るし。前、このゲームよくやってたんだよ」

対戦サイドのブーツから出てきた少年はジョーに手を振る。

 年は十七歳ぐらいだろうか。その少年は身体半分がサイボーグだった。顔の半分が機械なのを隠すために黒いフードをかぶっていた。栄養失調気味のような痩せた顔色の悪い少年。

 店の外に出ると、さっきの半身サイボーグの少年が後からひょこひょこと追跡(つい)てきた。
 振り返ったジョーの顔を興味深げに覗き込む、そして生身のサイドの顔だけで、にこりと微笑む。機械のサイドはくすんだ金属色、とりあえず目鼻だちは生体サイドと合わせて作ってあるが、生体と重金属側の均斉が良くない。
「あんたもサイボーグなんだな」
「ああ、そうだよ。それが?」ジョーはなにげなく返事を返す。
「俺はフランク。皆は俺の事スケルトンって呼ぶけどよ。この通り、痩せてるし半身はごつごつの機械の身体だ」
「俺はジョー。この機械の身体、女に間違えられるけど俺は男だから。見てのとおり胸もぺたんこだろ! 誤解のないよう頼むぜ」
すでに友達のように二人は笑い合っている。
「マーシャルブラスターであれだけ俺とはれる奴は今までいなかった。気に入ったよ」
「明日も俺ここに来るから対戦頼むよ」
「じゃあ明朝十時にまた会おう。またな! ジョー!」

 ジョーはアミューズメントセンターに入り浸りになった。
 特段、行く所も無いから、別にいいけど。
 ジョーはセンターの常連客とすっかり友達になっている。ゲームをしたりお喋りしたり。特にスケルトンというあだ名の半身がサイボーグの少年と仲がいい。

 片隅の端末で外の世界と連絡を取ろうと、証拠にも懲りずチャレンジする。ある特定のシステムやサイトにアクセスするとロックされてしまう。ハッキング、クラッキングも無駄な試みなので、しかたなく差し障りの無いニュースや娯楽サイトを見て時間を潰す。

 そのうち、スケルトンというあだ名の少年はギルダタウンを案内してくれるようになった。

 東のチャイナタウン、西のカリビアン地区、南の繁華街。歩いてまわるには距離があるので、地下道路の公共路線バスを使って移動する。

 チャイナタウンのレストランの昼の飲茶の時間帯。メニューは全て漢字。スケルトンが適当に見繕ってオーダーする。料理は本格的で美味しい。

 ジョーは頬杖をついて、つまらなそうに横の水槽の人工金魚を見ている。

 スケルトンは半身サイボーグだけども、食べ物を摂取して生体部の栄養を補っている。
「俺は、中国語、スペイン語、ロシア語なら、まあ、だいたいは分るんだ」
春巻を頬張りながら彼は言う。
「学校で習ったのかい?」エンゾは質問する。
「学校なんて行ってないよ。レッドライト地区の客引きして生活費稼いでるんだ。ギルダタウンの外から色々な客も結構くるんだ。それで自然に憶えた」

 レッドライト地区と言えば歓楽街のはず。キャバレーなどの呼び込みをして生計を立てているのか。
「ご両親は?」
「七年前に死んだよ。それから俺は一人で生きてきた」
少し悲しそうだけど諦めたような口調で、ジョーがスケルトンに言う。
「俺の親も死んだよ。なんだか俺達って境遇が似てるな。それはそうと、マーシャルブラスターの蹴り技のことだけどよ」
二人はまたゲームの話に戻る。

 中国茶を小さなカップに注ぎ一気に口に流し込む。
無視しているつもりはないのだろうけれども楽しそうに他の人と会話をしてるジョーを見ると寂しい気分になる。きっと、大人と話してもつまらないんだろう。
 さっき飲んだ褐色の中国茶の渋い味が感情にも浸透するような錯覚に一瞬陥ったが、「くだらない」と無理に自分自身に頭の中で言い聞かせるのだった。

 昼食後、チャイナタウンを探索する。スターアニスの独特の強い香りが、この東の国からの移民の町には漂っている。飛び交う言葉、看板は全て中国語。人々の背丈は低く僕さえも背が高いような錯覚に陥る。
 漢字だらけの通りに並ぶ店舗はレストラン、24金のゴールドを扱う貴金属店、雑貨屋、服飾店、などなど。

 スケルトンがある小さな店に入ろうとジョーを誘う。
看板の文字は中国語、店内に入ってスポーツ用具店だと分った。特にフローボードのみを特別に扱っているらしい。ボードやヘルメットやサポーターなどが狭い店内には、壁、カウンター、天井と所狭しと並べられている。

「ここの店のフローボードはリミッターがついてないことで有名なんだ」
スケルトンは自慢げにジョーに説明する。
「リミッター無し? それって違法改造なんじゃねーの? 普通、フローボードって40km/Hぐらいしかスピードでないよね」
「ここのは、90km/Hでるんだ」
「へー、バイク並みなんだ。でもコントローラーヘルメット込みで500Cドルもする。けっこう値がはるな」

 ジョーの欲しそうな顔。人差し指をくわえてかがみ込んでガラスのショーケースの中の赤いフローボードを見つめている。
 カウンターの向こうの中国人の若者がスケルトンと何やら中国語で話している。
 ジョーは唇を軽く噛んで真剣な表情で赤いボードを見つめ続けている。まるで赤いハイヒールが欲しくて欲しくてたまらないけど買えなくてただショーウィンドーを見つめる可憐な少女のようだ。
 買ってあげたらジョーは喜ぶだろうな。

「買ってあげるよ」そう言ってしまっていた。

 ジョーは見上げる。薄い緑色の瞳が問い掛ける。そして信じられないといった様子で「マジ?」と訊ねた。
「ついてきてくれた。お礼」
「なんか奢ってもらってばっかでいいのかな。これ相当高いよ」

 五分後、赤いヘルメットと同じ色のフローボードを両手に抱えて、ジョーはとっても上機嫌。スキップするみたいに道を歩いていく。
「先生。ありがとう。FB、一年前までは、よくやってたんだけど試合中に一回事故って、それからじいちゃんに取り上げられちまってさ。泣く泣く諦めたんだ」
「ああ。そうなんだ」
 ジョーの嬉しそうな顔はとっても可愛い。いつもそうやって微笑(わら)っていてくれればいいのにね。
 その様子を見ていたスケルトンが左のごつごつした重金属の手でジョーの肩を軽く叩く。
「ジョー。友人として俺から一言ある」
「何だ?」
ニコニコして振り向くジョー。
「先生にあんまり金品たかるんじゃないぞ。ただより高いものはないんだ」

 僕は話を挫こうとする。風俗店の呼び込みをしているくせに偉そうなことをジョーに言うんじゃないよ。せっかくジョーに喜んでもらっているのに、そういった無粋な話を持ち込んで欲しくない。
「僕がジョーに好意で買ってあげているだけで。つい最近、臨時収入があったし、ジョーには世話になってるし」
好意。本当に好意で買ってあげているんだ。ジョーが喜ぶ顔を見ると、僕も嬉しい。
 スケルトンが少し心配そうに小声でジョーにささやく。
「でもさ。端から見ると、なんか大人と付き合ってる尻軽の女の子みたいに見えるんだよ」
 
「てめぇー! なにほざいてるんだ! 馬鹿野郎!」ジョーが大きな声で怒鳴る。
 ジョーはスケルトンの背中を左の平手でバシバシ叩きだした。
さっきの上機嫌から想像もつかない怖い顔に変わっている。
「痛え。馬鹿力で叩くんじゃないよ。壊れるじゃねえか。分った。分った。俺の誤解だ!」
「先生とは、医者と患者の関係なんだよ! 誤解すんじゃねー!」
 医者と患者。
 もう一ヶ月も一緒にいるのに主治医ぐらいにしかみてないんだ。
 関係は年齢の差ほど離れているんだ。
つまり、アミューズメントセンターの友達のほうが身近で親しい間柄ってことなんだ。

 ジョーは申し分けなさそうな顔して僕の背中に左手を置く。
「この馬鹿だけが勘違いしているだけで他の人はそんなこと思ってないって。元気だしなよ」
「別に気にしてないよ」地面を見たまま歩き続ける。
「本当? なんか先生、けっこうショック受けてるように俺には見えるよ」
「別に」
 ジョーは後からついてくるスケルトンに振り向ききつい口調で僕に謝るように言う。
「お前は失礼なんだよ。先生に謝れよ!」
「いや~。悪い。悪い。それはそうと、FB試してみたいだろう? 広場に戻ろうな」

 今度はフローボードの話を始める二人。十代のころ僕には遊びの話なんてする仲のいい友達はいなかった。だからジョーと何を話していいのか、まったく分らない。

 ホテルの前の時計台のある広場。フローボードに乗ってバランスをとるかのように両手を広げて、よろよろしているジョーを僕とスケルトンは時計台のコンクリートの階段のステップに座って、眺めている。
「ジョーは大丈夫かな? 全然、フローボードは前進しないし」
フローボードが何なのかも、まったく分っていない僕は、ジョーが心配になる。
「新しいFBは、チューニングをしないといけないんだ。色々難しいんだよ。ヘルメットとボードとユーザーの一体化が問題なんだよ。始めにこれをやっておかないと、意味がないからな」
「ところで君の身体の半分はどうしたんだ? どうして半身だけサイボーグなんだ? みっともないと思わないのかね?」
「そんなことなんて思わないね。外見なんて、たかが入れ物さ。俺は七年前、親が殺されて道で浮浪児していた。生活費のために身体の半分をブローカーに売った。大人相手に売春する方法も考えたけど、俺はそれをするぐらいなら死んだほうがマシだと思ったから」
「でも、今は売春斡旋の仕事をしているんだろ? 矛盾してるじゃないか?」
「俺が呼び込みの仕事してるからって見下すのはやめろよな。外見や仕事で人を評価するのは意味が無いんだよ。誰にでも人には尊厳ってもんがあるんだよ。人間の尊厳だよ」

正直、この少年にはいい印象を持ってない。嫌みっぽい感じで言い返してやった。
「随分、難しい言葉を知っているんだね」
「ふん。そのうち差別や偏見がなくなる世の中が来るんだ。帝王様がそう宣言したからな。まあ、六年前に比べたら今は天国の様なものだ。機械の半身引きずってどうにか生きていた。こっちの生身の体の方は成長してどうも機械の身体と合わなくなってきてさ。でもロザンヌ様の病院に行ったら、ただで別の機械の身体くれた。毎年、身体にあったサイズのくれたな。あの人はマリア様みたいな人だ。帝王は情け容赦ない人だけど、帝王の双子の妹さんのロザンヌ様は情け深い人なんだ」
「君はあの兄妹のことを知ってるのかい?」
「ギルダタウンに住んでいる奴等は皆知ってるさ。あんたみたいな外の人間は知らないだろうけどよ」
「よかったら、もっと詳しくそのギルダタウンの過去とあの双子のことを教えてくれないか?」
「ちぇ。俺のこと馬鹿にしてるくせして調子いいんだな。面白いモノみせてやるから付いて来いよ」
「ジョーも連れて行きたいんだけど」
「あいつはFBのチューニングで忙しいから放っておきなよ。ジョー、ジョーって煩いんだよ。まったく、子供じゃあるまいし。あいつは十五歳なんだよ。一人でも平気だよ」
まだ十五歳だったんだ。てっきり十六歳かと思っていた。

 スケルトンは大きな声でジョーに叫ぶ。
「おーい! 俺は先生と一時間ぐらい出かけてくるからな!」
ジョーは右手の親指を立てて了解と合図した。

 変な所に連れて行く気じゃないだろうね?
 不審に思いながらもスケルトンについていくことにした。

***

 五分ほどメインストリートを歩く。
 少し脇道に入った路地の突き当たりにある茶色の屋根の大きな建物をスケルトンは指差した。
 荘厳なゴシック風の教会だった。屋根には金色の十字架。

 重い鉄扉を開き中に入る。入り口には無数の小さなロウソク。そして、オルガンの音色がどこからか聴こえてくる。美しいステンドグラスにはイエス・キリストと新約聖書の聖者達と聖書の話が色とりどりに飾られ、神秘的な雰囲気はまるで天国の入り口に来たかと訪問客を錯覚させるかのようだ。ステンドグラスから差し込む光は優しく神聖で心を清める。だが、天上からの日光の光ではなく、実際は人工プラズマ放出光だった。

 一直線に十メートル前にある祭壇にはプロテスタントの教会らしく、十字架のイエスの像。オルガンからの曲は聴きなれたメロディー。曲名は、バッハの「主よ、人の望みの喜びよ」。

 古い普通のオルガンの前でその曲を弾いているのは黒いズボンを履いた上半身裸の逞しい男性だった。オルガンが子供のおもちゃのように小さく見える。
 身体が青く見えるのはなぜだろう? ステンドグラスからの光加減のせいではなさそうだ。僕らは十字架に向ってまっすぐ歩む。

三メートルの距離まで来たとき、なぜその男性の身体が青く見えたのか分った。
 その逞しい男性が顔を僕たちに向ける。身体全体は刺青で覆われていた。それは新約聖書の言葉の数々だった。額には十字架の刺青。頬には「右の頬を打たれたら左の頬を出せ」という有名な言葉。坊主頭全体にも言葉が彫られている。
「今日もまた来ましたね。このお客様は?」
深い優しい声だが、無理に狂暴さを隠しているような口調。
「友達の知り合いだ」
「あまり見かけないタイプの人ですね」

 刺青と筋肉質の異様な雰囲気の男性に圧倒され何も言えなくなっていた。
「怖がらなくていいって。この人は牧師なんだって」
牧師って。こんな姿で牧師?
「刺青ですか? 人々にバイブルの言葉を思い出してもらうために身体全体に彫ったのです。昔、罪人だった私を許してくれた主への約束の印でもあります」

「この人さ。昔のギルダタウンと帝王とロザンヌ様のことを知りたいっていうから連れてきたんだ」

「ロザンヌとマックス。あの二人は私の親友だった。あなたとはどういう関係で?」
鉤鼻(かぎばな)の全身に刺青をいれた牧師は率直に僕に質問する。

「最近、ちょっと知り合いになったので」
「いいでしょう。昔のギルダタウンで何があったかはあの二人無しには語れないのです。十五年前です」

***

ーー 牧師の独白ーー

猛暑だった八月の夕方、突然の落雷と豪雨の後、バイクに乗ってどこからかカポエイラ使いの双子がこの荒れ果てた町にやってきたのです。
当時、マックスとロザンヌは二十八歳、美貌の若者だった。
私は三十歳、北地域の冷血なボスだった。
あの双子を始めて見たのはバーの賭博場……。
二人とも革のつなぎを着て、シルバーのヘルメットを片手に持って、カードゲームやルーレットの行われているカジノと呼ぶには荒々しすぎる賭博場に入ってきた。
黒い髪は二人とも肩まであり、恋人同士かと思ったが、あまりにも顔や雰囲気が酷似していたので兄妹だとすぐにわかった。
二人はバイク以外に一文無しだったので、バイクを賭けてトランプのゲームを始めた。
最初は勝たして、あとは負かすという手口が賭博場ではよそ者に対しては挨拶代わりだった。
それを知ってかある程度儲かったとき、兄の方が『もう、俺はこれで降りる』と言った。
ポーカーゲームの相手をしていたガタイのいい男達がジャックナイフをマックスに突き付けてバイクも妹も置いて失せろと脅した。
突然、マックスがリーダー格の男の腹を足で蹴り上げた。
喧嘩が始まった。
二対七、敵うわけがないと、私は奥の席で足を組んで冷静に見ていた。
マックスの鋭い蹴り。
カポエイラだかなにか応用した武術の技も組み込んでいるようで、一撃で致命傷をあたえた。
銃を取り出した男に向ってロザンヌのまわし蹴り。妹のロザンヌもマックスに引けをとらぬカポエイラの切れ技。
この二人、かなりできると一瞬で私は見抜いた。
五分もしないうちに兄妹は全ての男達をひれ伏し、金を掴み消えようとした。
『おい、待て。気に入った。金が欲しいのなら私の所にこないか。私の名前はオウガスティン。この地区では割と名の知れた男だ』


手始めに南で勢力を伸ばしはじめていたヒスパニック系中堅ギャングの所にお礼参りをするようマックスに依頼した。
ボスの頭をぶち抜いてこいと40口径銃を渡した。
マックスは『マシンガンをくれ。こんな小さな銃じゃ面白くない』と言った。
武器保管庫に連れて行くと、彼はマシンガン三丁抱えロザンヌとともに出かけていった。
二時間後、ギャングの事務所を潰してきて戻ってきた。お礼参りどころか壊滅させた。たった二人で」

***

 この牧師は昔はマフィアの大ボスだったのか……。なぜ、改心して今は教会の仕事をしているのだろう。まあ、いい。話を聞いていけば、きっと理由がわかるだろう。

昔話は続いた。
「マックスは私の片腕になった。片腕というよりは相棒という関係だったかもしれない。
マックスという男は普通ではない。今まで何万回も殺されそうになった。
殺し屋に狙われ、罠に嵌められ、バウンティハンターの引き連れる殺人ロボット達に追われても生き延びてきた。
何回か重傷を負う事もあったが、それはいつも妹のロザンヌをかばってのことだった。あの二人はいつも一緒でしたからね。
私はロザンヌに恋をした。髪型も顔もマックスに似ているので、なにか違和感を感じましたがそんなことはどうでもよかった。性格は温厚で正義感にあふれ強くとても魅力的な女性でした。
でも私がマックスからロザンヌを奪うことは不可能だったのです。
あの双子の間にあるのは家族よりも強い絆。
お互い半身同士だったのでしょうね。
マックスは強かった、カポエイラだけではなくあらゆる武術、武器の使い方。交渉力、カリスマ性、行動力、リーダーとしてのエレメントを全て備えていた。
私は思った。この男ならギルダタウンのボスになれる。
つわもの達はそのステータスが欲しいがために争い、殺し合い、死んでいった。
ロサンジェルスのボスという立場はアメリカ西部のボスというステータスと同じ意味だった。
マックスの協力で北部はギルダタウンで一番勢力をもつようになっていた。
一番の問題は西のジャマイカ系のボス、リーロイ。
 短いアフロヘアーの中肉中背の黒人で半袖の派手な原色のシャツをいつも着ていた男。M3937のマシンガンを背中にいつも背負っていた。
 リーロイは三千人ほどのアフロカリビアン系の黒人達をまとめる大ボスだった。
 特有の陽気さの目立つ男だったが、いつも行動は慎重だった。そしてマックスに劣らず、なかなかの切れ者だった。
七年間、私達はあの黒人達と戦ってきた。

 そして2193年の七年前、マックスがリーロイを屈服させた。
あの抗争で双方合わせて二千人の犠牲者、内戦さながらの抗争。
リーロイも軍事ロボットをどこからか手に入れてきた。

 私達サイドのロボットは、ファリガ、ミリガンβ、他十機種。
カリビアン地区に行ってみましたか? あの地域は殆どが破壊された。
マックスもあの抗争の最後にいままでにない重傷を負った。

 相手側のC109というアンドロイド型殺人兵器のレーザーにやられて、腰から腹にかけて、半分切断させるような大きな怪我を負った。

 あの出血量と怪我ではもう助からないと思ったが彼は生き延びた。
 彼の快復を待って私はギルダタウンのボス、カルフォルニア州の大ボスというポジションをマックスに譲った。
 そうすることがこの町にも私にも正解だった。
 
 私は神に仕えることにした。
 理由はあの抗争で死と隣り合わせのなか私は神の姿をみたからだった。
 幻だったのか、本当の神の御姿だったのか……そんなことは、どうでもいい。
 五年前、秩序がこの町に確立された。百年間誰も為し得なかったことをマックスは成し遂げた」

 牧師は何か追悼するような語り口調で話を締めくくった。

「ここまでの話をご理解できたでしょうか? ほんの要約ですが」
「はい」

 それ以上詳しい事を聞いてもよく分らないからこれで十分だ。

 牧師は鋭い眼光を放ちながら真っ直ぐ見据え、低い声でまた話し始めた。
「最後の話です。彼は人間の身体パーツ売買を厳しく取り締まり、殺傷や放火よりも厳しい処罰を与えた。
――人間の尊厳。
神に仕える身になってから私にはその意味が分る。
なぜ神は人間を己の姿に似せて創造したのか。その神聖な体を金品のために己の欲の為に売買してはならない。神への冒涜なのです。タブーなのです。
法律よりも厳しい人類の禁忌なのです。分りますよね」

 スケルトンが言う。
「身体のパーツ販売は、五年前に禁止されて誰ももうやってない。
四年前まで裏で横行したけどすぐにこのギルダダウンでやる奴等はいなくなった。
ルールを破った奴は消されるんだ。
人体パーツのブローカーはドックフード工場で生きたまま挽肉にされて、犬の餌にされたって噂よ。
帝王に逆らって生き延びた奴はいねえ。
だからもうこのギルダタウンで臓器だの脚だの売ったり、買ったり、盗んだりするやつはいない。売血だって禁止されているんだ」

 牧師はスケルトンの肩に大きな手を乗せる。そして、慈悲深く同情するかのように彼に視線を落した。
「本当の事ですよ。今は誰一人としてもうする者はいません」
そうなんだ。だとすると一体、誰がジョーをバラバラに解体して、臓器や生体パーツを売ったんだ? ギルダタウンの誰かではないことは明らかなようだ。
「私から一つ質問があるのですが。
普通、一卵性双生児は同性のはず。どうしてマックスとロザンヌは兄妹なのだろう? 二人に訊ねてもいつも意味ありげに笑って教えてくれないんですよ」
「一卵性双生児でも異性で生まれてくるということは可能性がないというわけでもないのですよ。
遺伝子の異常。もしくは人工授精の後、なんらかのDNA操作を人工的に加えられたなど」
「ところで二人は元気ですか?」
「実はあまり……。すみません。僕から患者のプライバシーを漏らすことはできません」
「あまりよろしくない話ですね。これから私はお見舞いにでも行きましょう」
僕から手術のことを他の人に言うべきではないことを知っている。
でも、あの二人を見たら牧師はどう思うのだろうか?

 牧師は教会のドアを閉め、右手に持っていた羊革の黒い薄手のロングコートを羽織ると反対の方向に歩いていった。

***

 ここから五分も離れていない広場に戻ることにした。

 夕方になりかけハイストリートは地元の人でごったがえしていた。
スケルトンは人をかわしながら早足で歩く。
「ちぇ。金曜の夕方はいつもより混むな。あのさ、俺も週末は稼ぎ時だから、月曜までアミューズセンターに出入りしないからさ。ジョーにそう言っておいてくれよ」
「稼ぎ時って?」
「呼び込みだよ。先生を広場に送ったら仕事に行くからさ」
「そうなんだ。僕が知りたい事教えてくれてありがとう。お金に困っているなら情報料でお金でもあげようか?」
「いらねぇよ。俺が話したんじゃない。牧師さんが話してくれただけだものさ」
「どうして、君は教会になんて行くんだい?」
「心の拠所(よりどころ)みたいなものだよ。教会に行くと浄化されるような気分になるからよ」沈んだ口調でそう言った。
それにしてもまるでフェスティバルのような人ごみだ。金曜の夕方から夜にかけて、外出する習慣があるのか?

 スケルトンは何を思ったのか会話を変えた。
「先生はジョーのこと好きなんだな」
突然、何を言ってるんだ? 真面目な顔で見るんじゃないよ。だから何だって言うんだよ。
「ジョーと僕は友達で変な関係じゃないって」
「俺から見るとバレバレなんだよ。やたら物買ってあげても男の気は引けないぞ」
「フローボードは、ほんの志で買ってあげたんだよ」
何か言いたげな顔して、『本当かよ?』なんて訊かないでくれよ。
失礼というか、つまらないことを話題にするんじゃないよ。だから教養のない人達は苦手なんだ。
「ジョーのことだけどよ。アレのない男なんて女みたいなもんだから、気長に口説(くど)きなよ。焦っちゃ駄目だよ」
何のこと言ってるんだ!? 『アレ』って何だよ。淫猥な話題は口を慎んで欲しい! 男性器のことを『アレ』なんて言うんじゃないよ。『女みたいなもん』――たしかに男性ホルモンのテストステロンが止まっているから。そうとも言えるけど……。
「あのね。君は誤解してるんだよ。だから……」
また否定しようとしたとたん、彼は僕の言葉を遮った。
「ジョーのこと心理的に支えてやれ。ああやって元気なふりしてるけど、色々心境は複雑で悩んでるよ。半身サイボーグで親のいない俺にはジョーの気持ちが話さなくても分るんだよ。ほら広場はすぐそこだ。時計台が見えるだろ? 俺はここで失礼するで。またな!」そう言い残すと薄暗く狭い路地に消えていった。

***

 夜、ホテルの一階のバーに行った。ジャズのナンバーが流れる少しメランコリックな雰囲気の店内。

 まだ時間帯が早いのかバーには僕たち二人とカウンターでグラスを整理しているバーテンのみ。

 窓際の黒い革のソファーの席に座る。革の軋む乾いた音がした。五十センチほどもない小さなテーブルにグレープフルーツ大の丸いキャンドルがゆらゆらと暖かい炎を上げていた。ロウが燃える少し甘い匂いがする。
 注文を取りに来た口髭の若いバーテンにモスコーミュール頼む。

 オーダーは五分もしないうちに、テーブルの上の満月の形をしたコースターの上に置かれた。

 黙って飲みはじめる。ジンジャーエールの味しかしない。ウォッカの味は他の飲み物と混ぜるとまるで水のように透明になる。

 今日は疲れた。
 ジョーはゲームのことやスケルトンのことばかり話している。それにしてもよくベラベラ話すね。マーシャルブラスターなんてただの幼稚な格闘ゲームじゃないか。レベル9がなんだって。だからさ、そんな話しても僕には分らないんだよ。
ひたすら黙って飲み続ける。ジョーは一人で勝手に話している。
「スケルトンってなんでも良く知っていて面白い奴だぜ」

 また友達の話かい? 半身サイボーグのずうずうしい少年は嫌いなんだよ。スケルトンを見ているとイライラするんだよ。口に出して言いたいけど心の中でジョーと会話する。きっとこんなこと考えるって知ったら君に嫌われるかもしれないからね。

 つまらないからモスコーミュールのおかわりを頼む。
 
 嫌な事があったときや疲れたときお酒を飲む。思考回路が麻痺してよく眠れるんだ。飲酒癖が習慣になると将来アルコール依存症になるかな。でも、量は飲めない。
「先生、あんまり飲むなよ。それで四杯目だろ!」
ジョーがとがめる。
脳の思考回路が鈍ってきた感覚。完全に酔ってきたのかもしれない。テーブル上のキャンドルのライトを見つめる。
「ジョー。先生って呼ぶのはやめてくれないかな? エンゾでいいよ」
「俺より倍近く年齢離れてるし、脳外科とサイバネ工学の偉い先生なんだろう? 呼び捨ては失礼じゃないか?」

 グラスをテーブルに置いてジョーの顔を見る。
「職業のステータスであってアイディンティティではないんだ」
アイディンティティについて熱烈に語り出す。自分で話していても、さっぱりなんのことだか理解できない。すっかり酔ってしまったらしい。
「なんか難しい話だな。俺には分らないよ」
ジョーの困ったような複雑な顔。何が言いたいのか分らないよ。
暫くの沈黙が続く。ジョーは座り直す。
「昼間、スケルトンと出かけていったとき何があったんだ?」
「双子のことを教会の牧師さんに聞きにいっただけだよ。なんでもないよ」
「もしかして。あいつに、また失礼なこと言われたのか?」
僕は首を振る。
「言われても気にするなよ。俺がスケルトンには言って聞かせるからよ」

 心配してくれてる。かばってくれてる。可愛いだけじゃなくて正義感があって優しくてみんなに好かれる性格だね。
 アミューズメントセンターでも君は人気ものだものね。
 でも、あんな柄の悪い男の子達と仲良くしちゃいけないよ。不釣り合いだからね。特に半身サイボーグの下品な友達とはね。

 心配そうな顔で僕を見てる。キャンドルに照らされて君の金髪はキラキラしてる。姿だけじゃなくて心までキラキラして手の届かない奇麗な星みたいだ。言葉遣いは悪いけど言葉は真っ直ぐで、隠しだてなくって好きだよ。こんな情けない僕みたいな男に同情してくれているんだね。優しいね。気遣いもできる。とても素敵、素敵だよ。そんな素敵な君を独り占めしたい。

***

「なにじろじろ見てるんだよ。相当酔ってるみたいだな。もういい加減、部屋にかえろうぜ」
「君に言いたいことがあるんだ」
「ん? 吐きそうなのか?」
違うよ。なんでも、ストレートにきくんじゃないよ。
頼みがあるんだよ。そうだ!……酔った勢いで言ってしまえ。
「僕を君の友達にしてくれないかな?」
「は、はあ? 友達?」
ジョーの顔が少し引きつっている。正直だね。僕と友達になりたくないのかもしれない。
「駄目かな?」自嘲的にクスクス笑う。こんな子供じみたことを頼んでいる自分がおかしい。いったい僕はいくつなんだろう? 二十九歳。
「先生よりも十四歳も年下で、俺と友達になっても話題もガキすぎてつまらないだろうに。まじでそんなこと言ってるのか?」
断られてる……。それもそうだよね。目を伏せてテーブルの上のグラスに手を伸ばす。
「友達」にしてくれなんて頼む自体、厚かましいお願いだったんだ。
今まで、友達にしてくれた人なんていなかった。
僕は人に好かれる資格なんてない変わり者なんだ。
ジョーが僕の手を優しく掴んだ。
「もう飲むのやめとけって。わかったって」
ジョーはしょうがないなって困った顔して、次ににっこり微笑んで、気持ちのいい優しい声で言った。
「いいよ。今日からエンゾは俺の友達だ。俺達は友達だ」
え、本当なのか? 友達だって認めてくれるんだ。心の中で歓声を上げる。
猛烈に感激している。
「それにしても今まで友達にしてくれって言われて友達になった奴なんていなかったな。遊んでいるうちとか仲良くしている間に友達になるんだよね」

 そうなんだ。知らなかった。そんなことどうでもいいんだよ。距離がこれでだいぶ近づいたね。

 その夜、嬉しくて眠れなかった。ベッドの上でごろごろ寝返りをうっていても仕方が無いので普段着に着替える。そっとドアの方に歩く。
 ソファーで眠っている君。君はどんな夢を見るのだろう。マシーンのおとぎの国の話なのかな。その夢に僕はでてくるのだろうか?

***

 ジョーを部屋に置いてバーに戻り、カウンターでまた飲みはじめる。これ以上飲むとまた叱られるかもしれないからラストオーダーの前に一杯だけ。

 カクテルの名前は「エンジェル・フェイス」。ジン、アプリコットブランディー、カルバドスのカクテル。とにかく僕はとても嬉しい。

 幸せな気分で飲んでいると隣に誰かが座った。見上げるとあの刺青の牧師。上半身裸ではなく羊の革の黒い薄手のコートを着ている。迫力があって怖い。一瞬で酔いがさめた。
「マックスに会いました」

 マックス? ああ、脳移植手術した人ね。それにしても、どうしてこんな時間に牧師がホテルのバーにいるんだ!? 待ち合わせしたかのようじゃないか。牧師と目を合わせないようにして訊ねた。
「身体の、具合は大丈夫で?」
「元気でしたよ。頭の傷は痛々しかったですが。伝言があって私はここにきたのです。マックスは先生とお話したいそうです。明朝十時、私が先生を迎えにきます。よろしいでしょうか?」
「あ……、なんの用で?」
「それでは明日十時、ホテルのロビーで」
 牧師は返事も待たず、そう言い残すと去っていった。

 まさか、呼び出されて殺されるんじゃないだろうな。いやそんなことはないだろう。
 それにしてもなんの用件で僕に会いたいのだろう……。

 朝起きると気が重かった。昨夜のアルコールのせいではない。牧師が十時に迎えにくる。

 いやだなぁ。一体なんの用があるのだろう。
 とりあえず着替える。
 ソファーで寝ているジョーの肩を揺すって起した。
「これから、出かけてくるから」
少し寝ぼけながらジョーは言う。
「あ? どこへ? 俺も行くよ」
ジョーが付いてきてくれるなら少し心強い。

 エレベーターを降りてロビーに向かう。

 エントランスの前に牧師がいた。上半身裸で黒いスラックスを履いて、教会で出会った時とまるで同じ姿。軽く手をあげて挨拶。

 牧師を見たとたんジョーの足が止まった。
「全身刺青筋肉オヤジ……。あの最高にヤバそうなオヤジは誰なんだ?」

***

 連れて行かれた所は、昨日の教会だった。
 講堂に入るとひんやりと涼しい。美しいステンドグラス、整然とした教会の空気、目立たぬように暗がりにある小さな懺悔室。教会には誰もいない。
マックスはまだ来ていないのだろうか。

 突然、懺悔室の紫のカーテンが開いて一人女性が中から出てきた。
白い木綿のスラックスにタンクトップを着た坊主頭の女性。
牧師は笑いながら女性に言った。
「マックス! 懺悔ですか? 懺悔しようにも罪がありすぎて今更遅いですよ!」
「懺悔でもしようかと思ったが牧師がいないでのは懺悔のしようがない。少し眠っていた」

「彼」は、堂々と腕を組み教会の講堂に響き渡るかのような大きな声で笑った。

 双生児の妹の身体の中にいるのは男性。女性ではない。
 ミリタリーのショートブーツを履いたマックスという男はズシズシと威勢良い足取りで、僕に歩み寄ってくる。

 僕の真っ正面で立ち止まると、油断のない堂々とした目つきで顔を見る。

 額の髪の生え際から両耳後ろ、後頭部にそってレーザー縫合した頭の傷が癒えていないのに包帯をとって歩き回っているのか。それにしても以前の女性の態度とはまるで違う。別人が身体を所有しているのだから、当たり前だが……。

 挨拶はまったく無視して用件だけを開口真っ先に僕に突きつけてきた。
「話したいことは妹のロザンヌについて。ドナーを待つよりもサイボーグに妹の脳を移植することに決めた。移植をドクターに依頼したい」
「かまいませんが機体はどうするのです?」
「作製する」
ジョーが興奮した口調で話に入ってくる。
「俺のボディ買わないか? 1Gドルで!」
ジョー、君のボディは君の物ではないよ。勝手に売ったりしないでくれ。僕の物なんだ。
そう言おうとしたとたん、マックスが冷静な口調でジョーの商談を断った。
「断る。ロザンヌのイメージと合わぬ。第一、売った後、小僧はどうする?」
「人体密売グループに身体のパーツを盗まれてぼろぼろになった俺の生体を復元して元に戻る」
彼はジョーを、一瞥(いちべつ)し、僕に質問をした。
「ドクター、この小僧の機体はどこで製造した?」
「実はクライエントがどこかで作らせて、病院にもって来たのです。クライエントに直接聞けばいいのですが理由があって、僕には……」
ジョーがまたしゃしゃりでる。
「俺の製造番号から追えばいいじゃないか?」
「デザインした人形師が入れた番号でエンジニアがいれたものではないんだ」
「人形師から教えてもらえばいいだろ?」
いいアイディアだ。データベースから人形師の連絡場所は見つけられる。

「外見、メカニック、医学的にも完璧な機体をロザンヌにはプレゼントしたい。ワシが直接その人形師宅に出向いて依頼したいのだか大事な仕事が二、三あり、ロサンジェルスを離れる事はできない。そこでドクターに頼みたい。ワシの代理で人形師とエンジニアに会って、製作依頼、ドクターは医学面から作製協力。三者でロザンヌのためにサイボーグのボディを製作していただけないか? 礼はいくらでも出す」

『アンソワープ』、現・ジョーのサイボーグ機体の作成者達……彼らに会えるのか。美しい完璧なサイボーグを作った人達。前からとても興味を持っていたんだ。会えるものなら会ってみたい。胸がドキドキしている。このチャンスは逃してはならないのかもしれない。

 緊張で少し乾いた口を開いて依頼を受けることを伝えた。
「わかりました。引き受けましょう。ただし条件があります。僕のことを監視するのは、やめて下さい。ところでネットワーク上でも僕を監視していた人物は誰なんですか?」
「デリラという友人だ。実際、本人に会ってみるといい。案内しよう」

***

 ギルダタウンの帝王ことマックスの家に招待された。家といっても殺伐としていて、ほとんど家具も生活の匂いもしない奇妙なコンクリートの空間。大きな建物らしいが空き部屋はそのまま放置され、なにか新しいオフィスのような感じがする。

 空き部屋をいくつか抜けて大きな一間に入る。部屋の中は真っ暗だった。僕たちが中央部に踏み入ると自動的にセンサーで照明が天井から発光された。

 部屋に入って、目にしたのはベッドの上でうつ伏せに寝ている白い長いワンピース姿の年齢不祥の女性。彼女の後頭部全面には金属のボードが付着している、それからケーブルがいくつもベッドの横のなにか奇妙な円錐型のハードディスク的な外見の箱に接続されている。そのハードディスクの背面からは無数に壁に向って走るファイバーケーブル。女性はシーツに両手をついてよろよろ起き上がった。腕、身体は小刻みに揺れていた。
首の座らない顔を振り向いた。ぜーぜーと大きな息をして見開いた目で、僕を直視する。大きく口を動かして何か、話そうとするが、声がでないようだ。唾液がだらだらと口元から流れていた。

「あんた! 大丈夫か!?」
ジョーが叫んだ。
大丈夫かって……。見れば、尋常な様子じゃない事がわかるだろう。
人体改造され廃人同様になった人を見るのは僕自身始めてだった。

 いつもにもなく厳しい口調で言った。
「重大なヒューマン・ライツ(human rights)の侵害だ!! 人権侵害で訴えられますよ」

 マックスは腕組みしてふっと笑い、静かな声で語りだした。
「デリラには生まれたときから人権などなかった。
ワシがデリラを改造したのではない。
政府の連中が彼女を人体改造したのだ。ITCジェネレーション兵器『サムソンとデリラ』は、デリラが十歳のとき脳改造されて製作された。
コンピューターと人間のシャム双生児。
政府とは惨いことをするものだな。
脳改造の結果、声は無くなり、筋肉運動、神経系に後遺症が残った。
知能、思考回路は正常だ。
デリラは全世界のコンピューター・ネットワークにアクセスできる。
彼女と繋がっているマシーンはサムソン。
世界中のあらゆるインフォメーションが保存されている。
『サムソンとデリラ』は政府のスパイ、そして、そして軍事マシーンだった。
十年前、政府の特別ユニットから『サムソンとデリラ』を助け出した」


ネット・ストーキングしていたのはこの女性だったのか。
当然、政府のインフォメーション・テクノロジー兵器に僕が太刀打ちできるはずがない。

「実はワシとロザンヌも政府によって軍事目的で人の手を加えられ生まれてきた。そんなことは今はどうでもよい。既に過去の話だ」

 マックスは辛そうな表情をし、唇をきつく噛み締めた。彼は過去の記憶を頭から払いのけるかのように首を振った後、諦めた様子で無理に口だけ笑ってみた。
「デリラはドクターに挨拶したいらしい」

 そう言われたので、僕はデリラの横に歩み寄る。
僕が近づくと、相変わらずあうあうと口を開けて何か言っている。
口の両端から涎(よだれ)が流れている。いくつぐらいの人なのだろうか。肌質の感じからすると、たぶん僕と同い年ぐらいだろう。よだれで汚れた頬をシーツでぬぐってあげた。すると彼女はあはあは笑い嬉しそうだった。

「デリラはドクターのことを相当気に入ったらしい。初対面の相手にデリラがここまで親密になるとはな。いつもなら目さえも合わせようとしないのにな」

 マックスはデリラに丁寧な態度でこう頼んだ。
「デリラ。もうドクターを監視しなくてよい。
頼みがある。サイボーグ小僧の作製者のデーターを、サーチして欲しい。
製造番号K9012」

 天井のパネル壁一面が白く発光しそして次に作成者のデータが一面に表示された。

氏名:ブライアン・カートマン
生年月日:2145年7月20日。
イリノイ州シカゴ在住。
住所、職歴、作品の数、メールアドレス、全ての情報に瞬時にアクセスできるなんて……。

 不思議なことに彼の写真はとても若い男性なのだ。生年月日からすると、五十四歳のはず。でも画像ではまだ二十歳そこそこの黒い髪の見た目美しい男性。ヴァンパイアーを連想させる黒いスーツ姿で冷たい影のある少し近づきがたい雰囲気。

 マックスは僕のコミュニケーションデバイスを返してくれた。
「このデータは全てドクターのコミュニケーションデバイスにダウンロードした。
妹の画像やデータなども既に入っている。
監視は解除したが、今後、困ったことがあれば、いつでもデリラにアクセスするがいい。
コードは、"000.000.000.000/GROUNDZERO"」

***

 その夜、マックスの家で夕食にもつきあうことになった。
マイクロ・ウェーブ調理の簡易食の夕食後、彼は端末の前で妹のロザンヌのホロ画像を見ながら妹のことを話してくれた。
優しい妹だったこと唯一の家族であること。

「姿は二十五歳のころのロザンヌの姿で作製して欲しい。厳つい戦闘用のサイボーグではなく、普通の人間のようにみえるサイボーグ仕様でお願いしたい。これから先、自分の身は自分で守れるように、運動機能を重視して設計するようにエンジニアには頼んでもらいたい」
背後でジョーが刺々しい口調でマックスに言ってきた。
「帝王さんよ。あのさ、ききたいことがあるんだよ」
マックスは振り返らず静かに言う。
「なんだ。小僧。遠慮無く言え」
ジョーは少し息を呑んだ。そして一気に質問を投げかけた。
「俺の身体をバラバラにしたのはギルダタウンの奴等か?」
「否(ネガティブ)。現在、ギルダタウンでは人体パーツの売買は禁止されている。行ったものは極刑に処す」
「俺のじいちゃんの家を焼いたのはあんたの妹の指示か?」
「否(ネガティブ)。ロザンヌは子供と老人にはけして手をかけぬ。老人はサイボーグの外装を作っていただけで、直接内部には関わっていなかった」
「なんか嘘臭いな。マジかよ?」

生意気な調子でつっかかるように言い返すジョーを僕はたしなめた。
「ジョー、本当の事だよ。牧師さんやスケルトンも同じ事を言っていた。それに、この人は政府の元特殊工作員で今は裏のシンジケートの大物。嘘をつくような人ではないよ」
僕にそう言われて理解できたようで、彼は素直に謝った。
「何か俺の誤解だったみたいだな。つまらないこと聞いてすまなかった」
丸い椅子に座ったまま元気のないジョーに頼んだ。
「僕とシカゴまで一緒にきてくれるね? 僕たち友達だろ? 君がついて来てくれれば製作者達とも話がしやすい」
「別にいいよ。どっちみち暇だし」
投げやりな感じそれでいて寂しげな様子で付いてきてくれると言う。
なにがジョーをそんな気持ちにしているのだろう。

 その時は気がつかなかったが、病気のおじいさんの安否を気遣っていたのだった。


 マックスは車でホテルまで送ってくれた帰り、最後に言い残した。
「水曜にミーティングがある。正午十二時教会で。二人も参加して欲しい。よろしいか?」
僕は軽い気持ちで参加すると言った。
実際、そのミーティングとは何のことなのかも知らずに……。

***


 約束の日、広場で十一時五十分まで、ジョーはFBのチューニングの再調整をしていた。
「どうも、俺の体重にうまくチューニングするには、時間がかかるらしい。サイボーグのボディは馬鹿重いからな」
「ジョー、教会に行くよ」
ジョーはFBとヘルメットを背中に背負い、僕と教会に向って歩き始めた。

 ぽつりぽつりと雨のしずくが落ちてきた。モンスーンのごとく豪雨が空から降ってきた。ジョーはFBを雨避けにするため頭上にかざした。
「エンゾも下にきなよ。濡れるよ」
「雨なんて三週間ぶりだね」
「うぁー。すんげぇ雨。久しぶりだなこういうの。俺、濡れても平気なのかな?」
「多少は大丈夫。でも、さすがに水に長時間入ったら壊れる」

 教会まで五分もかからなかった。暗い入り口を抜けて中に入って見たのは、祭壇の前で立ち話をしている十人ほどの人だかりだった。見るからにマフィアだと分るいでたちの男達の群れ。

 猿みたいな顔の不愉快なサイバネ老医師がいた。僕の姿に気が付くと、人の群れの中からはずれてきて近づいてくる。
「今、込み入った話をしているので私と暫く話をしましょう。そこに腰掛けて」

 礼拝者用の木の長椅子に座った。

 サイバネ老医師は僕の顔を見る。皺だらけの顔をさらにしわくちゃにさせて微笑んだ。
「エンゾ先生はプロフェッサー・ディーンの若い頃の面影がある」
 十年ぶりだ、他人(ひと)が祖父の名前を口にするのを聞いたのは……。
「僕の祖父を知っているのですか?」
「知っているも知らないも友人でした。大学時代は二人で討論など交わしたものです」
「祖父は今どうしているのでしょうか?」
「学会追放後、どうなったのかどこにいるのかは知らない。あの人のことだから、どこかで研究を続けているのではないでしょうか。太陽のコアのごとく熱烈に燃える研究意識はきっと死ぬまで続くでしょう」

 脳裏に祖父の姿が次々に浮ぶ。独特のヒステリックな笑いかた、丸い老眼鏡、大袈裟な身振り、変った口癖。宇宙や物理学の話をしてくれた学者だった祖父。専門は物理学だった。
宇宙のことにも詳しかった。八歳の誕生日に天体望遠鏡を祖父から貰った。まだ天体望遠鏡は大切に持っている。

 追憶に浸っている僕を老医師は現実の話に引き戻した。
「まもなく外部のマフィア……サンディエゴのボスがここにきます。大切なミーティングです。先生から手術に関して説明して欲しいのです。ギルダタウンの幹部にはすでに私から説明してあります。皆、納得しています。たとえ帝王様がロザンヌ様のお身体であろうが女性の姿をしていようが、皆いっこうに構わない。ロザンヌ様は皆から大層好かれていたお方でしたからね。私は病院に戻ります。オペの予定が入っているので。では」

 ジョーは床に正座し、脱いだチェックのジャンパーで雨で濡れたFBを拭くことに専念していた。
老医師はジョーに孫に話し掛けるかのように優しく頼む。
「ちょっとごめんよ。通してくれないかい」
「あ、すまない。俺、邪魔だな」そう言って、ジョーは立ち上がった。

 老医師と入れ替えざまに入り口から、迷彩柄のミリタリー服を着た軍人の様な短髪の頑丈そうな男が入ってくる。
祭壇の前の人だかりが一斉に入り口のほうに視線をそそぐ。
僕とジョーは入り口と視線の中央にいた。

「これはサンディエゴのボスの四男坊。直にボスがくるかと思ったら、お前がなんの用だ!」
坊主頭の女性が一歩踏み出し大きな声で言い放った。
ギルダタウンのマフィアのボス「マックス」――女性ではない。

 マックスは早口で簡潔に次々に仲間を紹介する。アフロカリビアンのリーロイ。昔は宿敵だったが今は友人であること。中国マフィアのシャオ。背は低いが、まるまると太っていて貫禄のある壮年の男性。そして、マックスの部下達。
「幹部ぞろいとは丁寧なこった」
新しい客は仁王立ちで真っ直ぐ前方を見据え平然とそう言った。礼拝椅子に腰掛けている僕とジョーには目もかけなかった。

 牧師が男を見下すように言った。
「四男坊のお前がなぜ先にきた。格闘マニアの能無し息子を挨拶に送ってくるとは無礼にもほどがある」
「親父や兄貴達は遅れる。その前に挨拶してこいとな。帝王に会いに来たのになぜ妹のあんたがここにいるんだ?」
「ワシがマックスだ。ドクター説明してやれ」

 立ち上がるとしどろもどろにいきさつを話し、脳移植手術のことについて話した。
サンディエゴの男は首をかしげている。
「なんだか、分らないが……」

 マックスは呆れた様子で男に言った。
「こんな簡単な話がわからないのか? お前の脳は筋肉でできているのか?
簡単にワシが説明する。これはロザンヌの身体だ。
だが、脳はワシ、マックスだ。
分ったか? ワシはロザンヌではない。
ロサンジェルスの闇のシンジケートのボスのマックスだ」


男はふんっと鼻を鳴らし豪快に笑う。そしてマックスに挑戦を突きつけた。

「やっとわかったぜ。そういうことかい。妹の情けにすがるとは、あんたも落ちぶれたもんだな。親父達は三十分後に到着する。あんた達を潰しにな。親父はメキシコからの裏ルートで軍事アンドロイドMS21を五体手に入れた。その前に俺があんたを潰す」

「女の体だからとてなめてもらっては困る。お前など相手にもならぬ」
マックスは冷静だ。
「帝王さんよ。一つお手合わせ願おうか」
迷彩服の男は固く握った拳をずいっと目の前にかざしボクサーのような構えのポーズをとった。

 牧師がマックスの肩に手をおく。
「大きな手術をしたばかりなのにやめておきなさい。この男の相手なら、私がする」
「大丈夫だ。ワシはちょうど試してみたいと思っていたのだ。側でみていろ」

 ジョーが僕の横でハイトーンの声でわめきだした。
「卑怯な野郎だ。皆の前で帝王さんを倒せば、顔を潰せると思ってやがる。女の人の体でなおかつまだ完璧に快復していないのに……。むかつくぜ。そんな奴、ぶちのめしてしまえ!!」
「ジョー、静かにしてなさい。ゲームじゃないんだよ」

 マックスは右足を前方に踏み出し屈伸し、両拳を胸の前で構え見慣れない武術の型を決める。

「カポエイラだ!」
ジョーは、そう嬉しそうに叫び、ブラジル武術カポエイラの説明を始める。

 昔、ブラジルのプランテーションで奴隷として働かされていた黒人達が始めた武術であり、手錠をかけられた状態であっても戦えるよう、主に足技主体の格闘技であること。自由を求めジャングルに逃亡した奴隷達はキロンボという共同体を作った。彼らを追い迫害する白人達は跡を絶たなかった。勇敢にもキロンボの黒人達はカポエイラを駆使し全力をつくし戦ったが、最期には無残にも惨敗した。カポエイラにはその黒人達の「死を恐れず、自由の為に戦う」という悲願、そして不屈の精神が生き続けていることを。

 マックスは得意そうに微笑む。
「小僧、カポエイラを知っているのか? だがなワシのカポエイラは普通のカポエイラではない。一撃で敵を倒す」

 すくっと立ち上がり、軽く足蹴りのデモンストレーションを、ジョーに披露する。空(くう)をきる音。女性の身体から繰り出されるとは思えない俊敏な技の切れ味。ブーツのかかとは鉄で出来ていた。かかとの横端からは刃渡り五センチほどのブレード。武術用に作られた特別なブーツらしい。あんなもので蹴られたら、ただではすまないだろう。

「ご覧の通りカポエイラには防御の技は無い。かわすか攻撃あるのみ」
「かっこいい! ヘビー級ゴリラなんてやっつけてしまえ!」
ジョーは目を輝かせて両手を上げて声援を送る。キャーキャー、ミーハーに騒いでるんじゃないよ。まったく女子高生じゃあるまいし。

 マックスは男に向って一直線に突進する。教会の床が、みしみし音と立てた。パワーあふれる渾身の一撃は、頭部を狙って放たれた。

 マックスは余裕でかわし――大きく逆転して空を舞う。着地は逆立ちするかのようにバンと両手を床に付く。
 両足を屈み込み弾みをつける。
天井に向って両足を思いっきり蹴り上げた。
かかとが男の顎に命中。顎骨と歯が崩れるガキッっという音と共に赤い血が男の口から吐き出すようにあふれた。
 サーカスの曲芸のようだが明らかに大きなダメージを与えている。
マックスの足が地面についたと思ったら間隔をおかずに、そのままくるりと側宙。
 ゴリラのような図太い頚部に横からのマックスの激い回し蹴りが決まった。首の頚骨にかかとがめり込む。骨の砕ける鈍い嫌な音が大きく響き渡った。男の体は勢いよく床に叩きつけられた。
マックスは軽やかにとんっと着地し、辛辣な口調で死体に振り向き言った。
「命を無駄する馬鹿者が。お前などワシの練習相手にもならん」

 うつむけに倒れている男の顔や頚部から大量の血液が噴出している。
流れる血の中に白いものが散らばっていた。それは歯だった。
臼歯、前歯など合わせて二十八本、口腔内の歯が全て顎から抜け落ちている。

 目の前で殺人を見たのは始めてだった。恐怖よりも目の前で起ったことが信じられずショックで硬直してしまっていた。ゲームと違うということは転がっているのは死体ということ。流れる赤黒い血をじっと見つめていた。横でジョーはフローボードを抱きしめてみるみる広がる血の海を凝視している。おびえた少女の様にジョーの両手は小刻みに震えていた。

「宣戦布告にバカを送り込んでくるとはあきれたものよ」
牧師は低い声で呟いた。

 入り口から誰かが講堂にばたばたと慌ただしく入って来た。
グレーのスポーツウェアのフードを頭にかぶり痩せた姿。

「うぁーーー。なんだなんだ。何がおこっているんだ。凄い顔ぶればかりそろっている」
スケルトン、半身サイボーグの少年だった。

「ジョー、何があったんだ? うえ、人が床の上で死んでる」
「マフィアやギャングのことは、俺、わかんねーよ。分る事はとてつもなく危険なスチュエーションだということだ」
ジョーはフローボードをお守りの様に胸の前できつく抱きかかえ、混乱した様子で言う。

 マックスは祭壇の上に飛び乗り僕に向って叫んだ。
「ドクター。ギルダタウンから離れよ!依頼の件を頼む」
牧師が車のキーをズボンのポケットから取り出しスケルトンに投げる。
「先生達を送ってあげて下さい!」
「分った! 死ぬなよ! 牧師さん!」
「まだ主のところに行くのは私には早すぎます」

 スケルトンに案内され地下ガレージに降りる螺旋階段に向って歩く。背後からマフィアの会話が聞こえる。

「ファリガとPT109しか連れてこなかった」
「この際、全機にサポートしてもらいましょうか。敵側も一通りのミリタリーウェポンを用意してきてるでしょうし。こちらとしても歓迎しないといけませんね」
「デリラ! アクセス!」
突然、ステンドグラスがモニターへ変る。
「敵はいま鉄橋を通過中」
「トラックのコンテナにはアンドロイドが入っているのか…やっかいなものを手に入れたものだ」
「カリビアン地区に誘い込むしかない。エクアドルのゲリラ用の殺人アンドロイドで込み入ったとこだと奴等の有利になる。なるべく障害物の少ない平地のほうが始末しやすい」
「上等!」
「こちらも軍事マシーン全機でお出迎えしようじゃないか」
「でもミリガンβはこの地区で使うのはまずいでしょう」
「バイオ重兵器チャナティ098を使おう」
「でもあれは諸刃の剣。操作が難しくて」
「ワシが全て責任を持つ」
「久しぶりですね、マックス。それではいきますよ」

牧師は天を仰ぎ、説教を始める。
「人間は太古から無駄に戦い争い、おろかな歴史を繰り返してきた。この先もこの人間の性(さが)は変る事はないのだろう。主は人間の原罪を背負い死んだにもかかわらず」
十字架を斬ると祭壇の裏のキャビネットからマシンガンや銃器を取り出した始めた。
人の命を奪う目的のためだけに作られた金属の重い音が神聖な教会を冒涜するかの様に響く。
弾層が連なったベルトをマックスは身体中に巻き付けている。
「よし!」

 僕は立ち止まってその光景を眺めていた。何が始まるんだ?
イエス・キリストも聞いてたのであろうか。そして、人間の愚かさと強欲さを嘆き悲しんでいるのだろうか。
「先生、早く。ジロジロ見ているんじゃないよ。はやくここから出ないと。こっちだ」

 螺旋階段を下り粗末なアルミのドアを開けるとガレージだった。
5ドアの白い普通のバンが一台目にとまった。スケルトンは車のキーについているボタンを押してセンターロックを解除しスライド式の後部座席のドアを開ける。
「送ってやるから、さっさと乗りな」

 ガレージのシャッターが自動的に上に開く。目の前は地下道路で行き交う車のヘッドライトの光がまぶしく交差する。
彼は運転席に乗るとハンドルを握りアクセルを踏む。
少し進み車が来ていない事を確認し、左折。
ハンドルのきりかたが乱暴でタイヤが悲鳴をあげる音が響いた。
地下道路の青い光の照明の中、追い抜きをしたり車線変更したり落着かない運転をする。
「車の免許持っているのかい?」
「持ってない。心配するな。車の運転は十五の時からやっているから慣れてる」
「無免許ってそれは違反じゃないか。ナビゲーションの自動運転システムがついているからそれに切り替えなさい」
「んな、やわなもの使ってられるかよ」
「やたら車線変更したりするんじゃない。危ない」
「ごちゃごちゃうるせーんだよ! 黙ってろ!!」
片手運転で振り向き、信じられないぐらい大きな声で僕に怒鳴りつけた。
そして、分ったような顔して、涼しく言い放った。
「ここではな、生き伸びるには免許も学歴も意味無いんだ。生き延びたかったら自分で学べ。今まで生きてきて自習したことだ」
なんだよ。年下のくせして、偉そうに。
ジョーは先ほどの殺人現場のシーンがショックで黙り込んでいる。
あれだけの大量の血を見たのは始めてだったのだろう。可哀相に……。

ジョーはFBのヘルメットを膝に抱えてじっと前方を静かに見ていた。
突然ジョーの顔に少し元気がさっと差し、彼はつぶやいた。
「ずっと向こうにトンネルの出口みたいな太陽の光が見える。これでギルダタウンからはおさらばだ」

地下道路から日の光があたる地上の世界。
ここはギルダタウン外。まぶしすぎる太陽の直射日光。
激しい突然の雨はなんだったのだろうか。
「ほらよ。そとの世界だ。先生の家まで送ってやるから道を教えてくれ」
「ポストコードはLA1247。18 ハイフィールド クレセント」
「外の道はよくわからねぇから、ナビゲーター自動運転にきりかえたよ」

 反対車線の黒塗りのバンが十台続いて地下道路入り口に次々と飲み込まれていく。車内には見るからにギャングと見える面々。
バンの後ろの荷台には何があるのだろう。
大きなトラックが地響きを立てながら横を通過する。
コンテナの重圧で地面のアスファルトがぎしぎしと音を立てている。

スケルトンはコンテナを横目で見ながら舌打ちした。
「ギルダタウンのほうに向っていくぜ。ちくしょー、トラックの中にはなにが入ってるんだ?」
「軍事兵器のアンドロイドだろう。そのうち軍か警察が来るだろう」
「来るわけないだろ。奴等はギルダタウン内のことには干渉しない。ギャング同士で潰し合ってくたばってくれればいいと思ってるんだ」

 バンは市の中心部を抜ける。美しい丸い屋根のタウンホール、マルチコンプレックスの巨大映画館、派手な宣伝をエントランス上の巨大モニターから流し続けるショッピングモール、整然とした金融街高層ビル。
普通の人々が道を往来している。学生、買い物客、家族連れ、オフィスで働いている人達、観光客……。
スケルトンはいまいましそうに呟いく。
「昼間っから、皆、呑気そうに歩きやがって。ギルダタウンとはまるで違う。ゴミ一つおちてないし、皆、着飾って、しあわせそうで……ギルダタウンではまた人が沢山死ぬっていうのによ。こいつらにはまるで関係無い」
スケルトンは、いらついた声で叫んだ。
「命の重さは、みんな同じなのによ! どうして差別されるんだよ!」
「落ち着けよ。誰もギルダタウンの人のことなんて差別してねえ」
ジョーは身を乗り出して、なだめようと声をかけた。
「ジョー、お前は知らないだけなんだ。差別はどこにでもついてまわる。教えてやるよ。お前も差別されてんだぞ。サイボーグだからな。皆、口には出して言わないけど、お前のことなんて普通の人間と同じようには見てくれねーぞ」
「えっ……え? そんなことがあるのか? 俺、全然知らなかった」
ジョーは視線を自分の機械の両手に落した。

 事実、機械の身体を持った者への差別は存在している。まるでAIやロボットと同じようにみなされる。事故や病気で義肢をもらったのと同じなのにサイボーグであることは、機械の身体を持ったということに対してスティグマを受ける。異形の身体をもった者への差別かもしれない。
 
 気まずい空気の車内、居心地が悪くなり、窓を開けた。
少し湿気を含んだ空気が顔に触れる。西海岸からの海の空気。
ギルダタウンの淀んだ空気とはまるで違う。

 三人とも黙り込んでいる。気を利かせてラジオでもいれてくれればいいのに。

 しばらくして車が走っている道が分った。窓から見なれた景色が見える。大学のキャンパス、テニスコート、公園、ファーストフード店、本屋、公園では人々が犬を散歩させたり、日光浴したり、学校帰りの高校生の集団が楽しそうに歩いている。平和で正常な世界。
信号を左折する。けやき並木の閑静な住宅街を抜けて坂を下る。
赤いドアの二階建ての家が百メートル前方に見える。
僕の家だ。家の門のすぐ前でバンは止まった。
「ほらよ。先生の家に着いた。けっこういい所に住んでるんだな」
彼は運転席から降りるとバックシートのスライドドアを開けてくれた。
「またいつか会おうな。ジョー」
「当たり前だろ! 俺達、友達だろう」
「おう! それじゃな! ほらよ。FB忘れるなよな」
足元にある赤いボードを指差す。
ジョーはヘルメットを頭に乗っけると七十センチもあるボードを抱え、一段高くなったバンから地面に降りた。それに僕も続く。
「スケルトン。ギルダタウンに戻るのかい。危ないからしばらくここで避難していたら?」
「どうもこの小奇麗な空気は俺に合わない。窒息しそうだよ。だから戻る」
彼は運転席に乗り込んだ。
「あばよ!」
そう言い残してドアを強く閉める。
リバースし元の方向に車を回転させると軽くクラクションを鳴らし、去っていった。
バンの屋根は明るい日光を反射している。街路樹はそよ風に吹かれ、ざわざわと心地よい音色を立てていた。時間の静寂した午後、初夏一歩前の季節の新緑の香りの中、坂の向こうに白いバンが見えなくなるまで、ジョーはずっと手を振っていた。

***

 リビングに入ると先ほどの緊張感のせいか疲れがどっと襲って来た。
紺のソファーに座ると両手で頭を押さえた。
「エンゾ。大丈夫か? 何か飲むか?」
「冷蔵庫から、ミネラルウォーターを持って来てくれないか?」
ジョーがキッチンに行っている間、考えていた。
これからどうしよう。
シカゴに行かなければならない。
明日にしようか、それとも今日?

 ジョーが、500ミリリットルのペットボトルを持って来てくれた。

 トップを開けると、一気に飲み干した。よく冷えた水が、喉を潤して胸に流れ込んでいく……こんなに喉が渇いていたなんて。

「ジョー。ロサンジェルスを発ってシカゴに行く。でも、二時間ぐらい休ませてくれないか。今はとても運転する気分じゃなくて」
「車で行くのか? ジェットの方が早いだろう? 一時間ぐらいでシカゴに行ける」
「エアポートでは厳重なアイリス照合検査が行われていて何かと面倒だ。第一、君は搭乗を拒否されるだろう。条例でサイボーグやアンドロイドはジェットには乗れない。テロの危険性があるから」
「それって差別じゃねえの……?」
空港の制限のことは単にテロ防止であり差別ではない。

 僕はジョーの質問に答えるのも面倒だったので何も答えなかった。
ただ見慣れたリビングのソファーにもたれて、だらだら取り留めの無いことを考えていた。
 ギルダタウンになんて行かなければ平穏な生活が続いていたのに、なんであんな所に行ってしまったのだろう。
いや、行かなくても、きっと北の女王は脳手術の依頼をしに来たのに違いない。
 人生は自分の責任だという人もいるけれども、自分では望んでもいないのに、他人や予期しない出来事で、まったく別の方向を変えられてしまうことが、ままにあるんだ。

             ***

 色々と考えているうちに、時間だけ経過していく。気がつくと、二時間以上も経っていた。
 さあ、出発しなければ……。

 車のキーをポケットから取り出し、握り締めた。
「ジョー。シカゴに行こう」
「ずっと考え込んでいたようだけど、大丈夫か? 無断欠勤で仕事クビになってしまったことがショックだったのか?」
「もう取り返しのつかない事は忘れるしかない。さあ、行くよ」

 アプローチの前に駐車してあるMG社の高級車が僕の車だ。
テレビのCMで一目見て気に入り、去年のクリスマスに貯金を全部はたいて買ったメタリック・シルバーの車。自分自身へのクリスマスプレセントだった。

 ジョーは、助手席に座ると、シートベルトをかける。かちゃりと金属音が冷たく響いた。

***

 見慣れた町並みを運転する。
ロサンジェルスともしばらくお別れだ。道路を真っ直ぐ行けば、直ぐに高速に入る。
「ノンストップで走れば二十四時間でシカゴにはつくけど、休憩取ったり、眠りたいから二日後だね」
ジョーは僕に静かに頼む。
「エンゾ。頼みがある」
「なにか?」
「一度じいちゃんに会っていきたい」

 市立病院の方向にいくと夕方のラッシュに巻き込まれるので、時間は取れない事をジョーに説明する。
ジョーは悲しそうな顔で僕を見る。そんな顔されたらNOとは言えない。
五分だけならという約束をして、ジョーのおじいさんの入院している市営病院に向った。

***

 病室に行くと、老人は早い夕食を取っていた。
病院の夜の食事は早い。まだ4時半だというのに。
ジョーは大部屋の病室の入り口で、おじいさんの姿をじっと見ていた。
おじいさんの横には革のジャンバーを着た太った中年男性――たしかミノクという男。
大きなガラス窓から差し込む、夕暮れの微かに朱色を含んだ日差しが、二人の影を長く照らしていた。
「はやく。おじいさんの所に行って、お別れの挨拶をしてきなさい」
「エンゾ。ミノクを呼んできてくれ。俺はここで待っている」

 僕は大きな病室の窓際のベッドの二人の影に近づく。背後を振り向くと十メートルも離れていない壁の角からジョーがちらりと大部屋の病室の様子を覗いている。左手でさっさと用件をすませろと合図しているジョー。
「久々ですね。ミノクさん。ちょっとよろしいでしょうか? 廊下でお話が」
「あんたのこと憶えてるぞ。あ? 話ってなんだ。まあ、いい。じいさん、俺はちょっとここ離れるからな」
老人はハンバーグをもそもそ食べながらつぶやく。
「ああ、行っておいで。それにしても病院の食事はまずいのう。どうにかならんものかのう」

 廊下にいくとジョーはミノクの大きな腹をふざけて軽くパンチするふりをした。
「いきなりパンチか? 相変わらずだなジョー。よく生きてかえってきたな。しぶといガキだせ」優しい巨人の様な満面の笑みを浮かべて言い返すミノク。
「てめーも、その腹どうにかしろ。ますますでかくなってきてるぞ」
生意気な上目遣いでジョーは可愛く笑った。
「じいさんは順調に快復している。来週には市の老人ホームに転送されるらしい。家焼けてしまったから仕方ないな。それにもう八十歳だ。ホームに入った方がいい。じいさん、最近めっきりボケてきてしまったしな……」
「時間がないんだ。説明する。ミノク。お前のコミュニケーションデバイスに電話をかける。俺、少しじいちゃんと話したい」
「いいよ。俺のコードは089.198.274.876/MINOKだ。俺はじいさんのとこに戻るぜ」
ミノクは快くそう承諾すると、おじいさんの元に帰っていった。
「エンゾ。悪いけど、コミュニケーションデバイス貸してくれないか?」
腕からそれを取るとジョーの手の平に置いた。
「ボイスメッセージ、コール089.198.274.876」
白い壁に背をもたれ、かがんで座り込むジョー。シルバーのコミュニケーションデバイスを口元に運び、小さな声で話し出した。
「じいちゃん、俺だ。ジョーだよ」
おじいさんの驚いた声が病室から微かに聞こえた。
「ジョー。ジョー。どこにいるんだい?」
「俺は元気だ。安心しろ。でも……訳があってしばらく旅に出るから、今は会えない」
「生きていたんだな。それだけでも、わし、わしは……」
「いつか絶対じいちゃんのとこに帰ってくる。だからじいちゃんも元気になれ」
「今すぐ、会えないのかね?」
「今は会えない。でも、いつか……戻る。俺、もう行かなきゃ」
「ジョー。もう少し話したい」
「悪い、時間がない。もう酒は飲むなよ。それじゃな。ハングアップ」
表情を見られないようにうつむいて、しゃがみ込んだままのジョーが、少し息を吸い込む。
おじいさんとの離別。本当の事を言えない葛藤。これからの不安……。
少しでも力になってあげれたら。
元気の無い君を見ていると、僕までも悲しくなってくる。
君のサイボーグのボディを支えてあげることはできないけれども、君の心だったら受けて止めてあげられるかもしれない。

 コミュニケーションデバイスを返してくれると、よいしょと立ち上がり、廊下を大股で歩いていく。
「ジョー。大丈夫かい?」
「さあ! シカゴに出発だ! 俺は平気だ!」
無理に元気な振りしているのだろうか……。それとも、とても強い少年なのだろうか。
ミノクが巨体を揺らし、どしどしと僕らを後から追ってきた。
「ロビーまで送るぜ」
ジョーの振り向いた顔は、元の元気な顔に戻っていた。

***

 ロビーの受け付け上にあるテレビからギルダタウンの様子が映っている。
灰色のビル群の合間から、大きな爆発と白い雲。
「ジョー、これを見ろ!! なんだ? こりゃー。また闘争かい? こうなったら、もう誰も止められない」
「サンディエゴのギャングが攻め込んできたんだ」
「今頃、ギャング同士の地獄さながらの殺し合いだ。俺みたいなちんぴらが出る幕はない。昔みたいに銃火機だけでは、もう満足できず、奴等は闇の武器取り引きマーケットで軍事ロボットまで、持ち出してきてもう内戦状態だ」
「帝王と北の女王さんは大丈夫かな?」
「マックスとロザンヌの兄妹か? あいつらは普通じゃない。大丈夫だ」
 病院のロビーでは見舞いに来た人、患者、病院のスタッフなど、混んでいるがテレビの画像に注目している人はあまりいない。病院の待ち合い室なので音声を消して文字放送にしてある。音がないせいがサイレントフィルムの様で現実感がない。
皆、自分とはあまり関係ないことだと思っているらしい。
「ミノク、頼みがあるんだ……」
「わかってるって! じいさんの面倒は俺がみる。安心しろ」
「頼む」
「ジョー、また会おうな」
「おう!」
右親指を立てて大きく歯を見せて笑い、ジョー得意の「了解」のポーズを決めた。

***

 車の助手席でジョーは彼らしくない。とても静かだ。何か考え事をしているようでじっと正面を向いて物憂げな様子。おじいさんのことを考えているのか。

 ロサンジェルスからシカゴまで五つの州を抜けなければならない。距離3523キロメートル。カルフォルニア州とイリノイ州間の時差は二時間。時速160kmで高速道路を走る。ノンストップで運転すれば、二十四時間でつくが、休憩なども取りながらゆっくり走ろう。人形師ブライアン・カートマン氏にアポイントメントのメールをさっき送ったばかりだ。どっちみち彼の返事を待たなければならない。夜十時にはすでにカルフォルニア州を抜けてユタ州に入っていた。頭上には星満天のきらめく夜空。

 ジョーは助手席のガラス窓に両手をつけ顔を近づけ空を見上げる。
「あ! 星。なんて沢山あるんだ!」
「君は見た事がないのかい?」
「今までロサンジェルスから出た事がなかったから……。あのごちゃごちゃした都会じゃ星なんて木星と金星がやっと見えるぐらいだろ。すごいやミルキィー・ウェイがみえるなんて。キレイだな」

 君は人間の身体に戻ることを星に祈っているのだろうか。
僕は別に祈ることなんてない。神様はいないのだから。

 僕は純真で強固で希少なダイアモンドの心を持ったサイボーグの少女に恋をしている。ジョー、僕は君が生身の体で生きていた頃の君を知らない。目の前の美しいサイボーグ少女のジョーしか知らない。

 君と僕の始まったばかりの関係。これからどうなるのだろうか。
でも、この恋に望みをもっていない。こんなに君のことに夢中なのに。
もしも、願いが叶うのなら不毛な恋を終らせて欲しい。

 ジョーに星の話をする。星がきらめいて見えるのは地球の気流のためであること。
太陽は今後四十億年燃え続けるであろうこと。
海王星には十三個の月があること。
星にも生命があり、生まれたばかりの星は青く輝き、年を取った星は赤く輝く。大きな惑星は、スーパー・ノヴァといわれる爆発後、砕け散り、最期を迎える。砕け散った星の残骸は、また新しい星になり、輪廻転生を繰り返す。
 昔、人は星を人の命に喩えたり、流れ星に願いをたくしたりした。時代は変わり、星はそんなロマンチックな意味合いを失い、資源発掘のフロンティアとしての目的に変った。

 ジョーは夜空を見上げ感動し独り言をつぶやく。
「いつか宇宙旅行に行ってみたい……太陽系の星をめぐってみたい……一番見てみたいのは冥王星」
僕は太陽系より先の星雲を見てみたい。
昔の人は星座にギリシャ神話の話にちなんで名前をつけた。
ギリシャ神話の女性の名前、アンドロメダ、アルテミス、アフロディーテ……。なんて美しい名前なんだろう。
まるで、恋人に語りかけるかのように話し続ける、天文学の話だとジョーは、勘違いしているようだ。
せっかくロマンチックな話をしてあげているのに、ちっとも分っていない。
ユニバースの話はこれ以上するのはやめよう。きりがないからね。
いつかまた話してあげるよ。
黙って運転を続けることにした。

 早朝、太陽が昇るまで車を走らせよう。昼間の出来事のせいで今夜は眠れそうもない。
人生というのは車を運転するのとなにか似ている。
時間はスピードのように過ぎ去り、前だけをみて走っていく。
人生をハイウェイに喩えると、ジョーは僕の新しいナビゲーター。
これからどんな運命が待っているのかは予想もつかない。
ジョーが助手席にすわり人生はまた変わりはじめた。
別の方向に進路をかえてしまった。
でも、道を決めるのはドライバーの僕。
もともと不毛な愛だと知りながら、もう自分では止められないんだ。
自分では止まる事ができない。
だから、このまま、ずっと走ってみようと思う。
ラジオを入れる。カルフォルニアのウェイブは消えかかっていた。
ラジオから流れる、DJのテンションに合わせ、アクセルをさらに踏み込んだ。
デジタルで表示された時速は210km/h。

――六月三十日正午シカゴ到着予定。

     【第一部終了/GROUND ZERO第二部へ続く】 

最後まで読んでくれてありがとうございます。この話は全4部作になります。3部の途中で執筆が止まっています。理由は、他のジャンルの作品が書きたくなったのとファンタジーブームに押されて埋もれてしまったからです。
中世が舞台のファンタジーよりも未来の方が夢があると思うのですが、ファンタジー王道時代がここ10年以上続いています。

この現象はなんなのだろうかと疑問です。ホラー、ミステリー、スポーツなど別のジャンルもおもしろいのでぜひ拙作も読んでいただけたらなと思い漫画原作大賞に応募しました。

楽しかった、登場人物たちを応援したいと思われたら、スキ❤️、いいね😻、してもらえると作者の励みになります。

 

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