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出版の志とは(八重洲ブックセンター本店閉店に寄せて)

大型書店の先駆け、八重洲ブックセンターの本店が本日2023年3月31日午後8時をもって営業終了しました。日経MJの記事には「44年の歴史に幕を閉じる」とあります。周辺の再開発のためで、跡地には新たに地上43階建て地下3階の超大型ビルができるそうです。2028年度に竣工予定だとか。そこに改めて入居する予定だと言いますが、これまでのようにビルの大部分を単一の書店が占めていたのとはかなり様相を異にするのではないかと想像します。

大手ゼネコン鹿島建設(現在は鹿島)の社長・会長を務めた鹿島守之助の遺志を実現するために、鹿島の旧本社跡地に造られたビルだったそうです。

「どんな本でもすぐ手に入る店を作りたい」

それが鹿島氏の志。

昔は今ほど出版点数も多くなかったわけですが、流通しているはずの書籍を手に入れるのに苦労した経験があったのでしょう。

鹿島は、傘下に鹿島出版会という出版社も持っていて、「出版事業を通じて文化の向上に寄与したい」という理念に基づいて運営しています。建築に関する出版物が中心で、SD選書というレーベルなどが有名です。

考えてみれば、建築と出版は事業規模こそ全然違いますが、万人に開かれたものをゼロから作り上げるという点で本質的に共通するものがあると思います。そこから必然的に、多くの人が信頼するものを提供しなければならないという共通の使命も導かれるでしょう。

そういうことを理解してちゃんと事業として成立させた鹿島氏は偉かった。

八重洲ブックセンターも、ずっと同じ形態で営業してきたわけではなくて、チェーン店化したり店内に飲食店を導入したり、いろいろ工夫を重ねる様がうかがえました。5年後に別の形で再開する際には出版を取り巻く状況がどうなっているか想像が難しい部分はありますが、温かく迎えたいとは思っています。

「どんな本でもすぐ手に入る」という理念は、ネット書店の登場で実現したかに見えた時期もありましたが、それも難しくなるかもしれないのが昨今の状況です。

何より、書籍の価格が上がっています。原材料費も間接費も上昇していますから当然ではあるのですが。売り上げ減に応じて刷り部数を減らすことによって1冊あたりの経費が上昇してしまう面もあります。

ステークホルダーの事業の持続可能性を確保するために書籍の単価を上げていくしかないというのも真実ではあろうと思いますが。

それでも、より多くの人に届けるために、価値あるものをなるべく安価に提供するのが出版の大事な側面だということを忘れてはならないと思うわけです。

その志を同じくしていた(と勝手に思っている)八重洲ブックセンター本店が閉店する日に、まったく相容れない考え方に基づく新商品が出版社から発売されるというニュースが飛び込んできました。

村上春樹の新刊の愛蔵版を10万円で販売。

まあね、そういう商売を関係ない第三者に勝手にやられるのは腹立つから、その前に自分らがやってやるという考えはわかりますよ。サイン本をたくさん作ってもらったのに転売ヤーがメルカリで高く売るとかね。やられたら腹立ちますよそりゃ。

でも出版というのはそういうことじゃないんじゃないかなあ。

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