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太古の記憶 秩父・武甲山のむかし
秩父霊場の武甲山
秩父三山(三峰山、両神山、武甲山)
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武甲山のことを「犬神さま」と呼んでいた。
山そのものをご神体としてみていた時代があり、
今はそのように呼ばないが、不自然に感じない山。
登山をする時は、鳥居の入り口で頭を下げてから
登らないとケガをすると言われていた。
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この秩父が豊かになったおかげが、武甲山の良質な石灰にある。
東京に近いため、多くは都市発展のためにコンクリートの必要性を認識していた帝国大学(現:東京大学)の学者の提唱より、渋沢栄一が石灰産業に乗り込む。
秩父は断層の上に町があるため、あまり作物が育たない土地。
その貧しさゆえ、桑畑を植えて養蚕がさかんになり、絹織物を作り、秩父銘仙は今でも続いているが、武甲山の石灰開発の発展により町は豊になった。
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武甲山はハワイ沖から到着している岩盤。
南方(ハワイ沖)にあった火山島が活動を終え、ゆっくり長い時間をかけて
関東の端へ到着し、武甲山が形成。浸食によって削られサンゴ礁を纏うようになる。
武甲山の特徴は、「縦」に隆起している。
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堆積によって固まった岩石は、数千メートルにも及び、ウミユリやフズリナなどの化石を含む海底できた地層がぶつかり、ぐぐぐっとひっくり返るようになった。逆さまの状態で立っているような山。
そのため石灰がとれるのは、武甲山から全面の半分。
とても珍しいことで「橋立鍾乳洞」が横ではなく縦に登っていくことでわかる。
秩父の地層について
度々聞くこと。
「秩父の山を歩いていると、ふっとめまいが起きる所がある。」
その経験は、私も奥秩父で体験したことがある。
あまりにも深い谷を見下ろすとめまいがしてくる時もあるが。。。
今から約1700万年前~1500万年前までの間、
このあたりには、「古秩父湾」という海が広がっていた。
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秩父は、約1500万年前秩父湾の東側が隆起したもの。
太古の秩父湾は消滅してしまったが、昔の秩父は海だった。
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その隆起した地域が、現在の秩父盆地の原型になったと言われ、
秩父島の入り江は、北端に位置する長瀞が入り江の入口となり、
東端の横瀬から西端の小鹿野までの地域に広がっていた。
秩父は「秩父帯:秩父古生層」とよばれ日本で古生界研究発祥地
として全国でも地質学の間では有名だった。
ナウマン(ドイツの地質学者)が古生層の研究を日本に広めたきっかけも秩父だった。
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秩父古生層は全国でもトップレベル。
宮沢賢治の出身校盛岡高等農林では、明治43年~昭和17年まで5~10日間の日程で、宮城、福島、山形、秋田、山梨、長野、栃木などの県へ地質旅行をしている。
その中に秩父も対象になっていた。
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秩父の特徴は岩盤が地上にむき出しているのが多いこと
中央構造線には、秩父帯も含まれる。
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https://www.suido-ishizue.jp/nihon/15/03.html
かつての産鉄族はこのルートをたどり、丹生(水銀や朱の原料)の道として修験道を開く。
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黒谷という地名について、
銅などの鉱石はすべて黒いものなので、黒い谷から「黒谷」となった。
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秩父盆地には、この古秩父湾の海底に蓄積した地層が分布しており、川沿いで見ることができ、地層からは、チチブホタテなどの貝化石が見つかることから、当時、この場所が海の底だったことがわかる。
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古生層が地下20~30kmの深さまで沈み、数千気圧200~300度の圧力と温度で変成したもの。
高圧だったため、化石がほとんど残されていないが、寄居町の風布でウミユリの化石が発見されている。
秩父札所霊場も多くは断層に建てられる。
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例:札所34番「水潜寺」のメランジュ。
泥岩中にチャートなどが混在したもので、海洋プレートが海溝に潜りこむ時に、岩塊がバラバラになって泥と混ざったできたもの。
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ようばけの地層は、秩父盆地の代表的基盤の第三紀層が赤平川によって浸食されたもので、「秩父町層群奈倉層」とよばれる。
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ようばけと同じ地層が分布する般若地内からは、大型哺乳類のパレオパラドキシア化石やチチブイワザクラの化石が発見された。
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巨大サメのメガロドンは、歯しか見つかっていないらしい。
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また、生活用具の言葉にもなっている。
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横瀬川に面して秩父古生層がむき出している岩があり、
「ブッテ山(ブッテエ山)」とよんでいる。
ブッテは、グッテ、ジョレン、シダレという、出水時に岸辺の草むらに集まる魚を鋤簾型の竹製ですくい取る方法のこと。
また、狼や鹿などの動物の骨も多く見つかる山。
根古屋鍾乳洞。
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タイリクオオカミは、亜種に含まれヨーロッパから極東の
ユーラシア大陸に分布するハイイロオオカミのこと。
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しかし、今は誰もその場所を特定できず、土で埋れてしまい触れることも見ることもできない。
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(石灰業者があるため確認不可)
土中で古い記憶と共に眠っている動物たち。
長い間、その穴はタイリクオオカミの吐息に包まれていたのだ。
自ら仲間の屍を運んだのか?
それとも、人類が運んで巣穴に埋めたのか?
それとも石灰水が動物たちを押し流したのだろうか?
ここだけに集まるのも謎。
「武甲山は墓場」と言われる由縁。
人だけではなく動物もあの世へ天上させる。
武甲山の記憶は、人々を補陀落へ導く壮大な山である。
かつて徳川家も貴重としていた横瀬郷と武甲山。
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(松平長七郎の伝説)
自然だけではなく歴史も深い記憶が眠っていた武甲山。
貴重な自然の財産がたくさんあった所だが、多くは石灰開発のため消失。
残念ながら記録として残すほかない。
再び磨いた原石の輝きを取り戻す場所は、人々の心の中にある。
そろそろ、目覚めてもよかんべぇ。
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