🐜スタッフ不定期コラム🐜「スピルオーバーの実装となったのか」

2024年6月24日 21:00

BUGのスタッフたちが仕事をするなかで気になった本や、日頃思っていること、仲間がつくった展覧会のピアレビューやレポートなど、つらつらと書き連ねる不定期連載シリーズ。第3回目は花形照美さんの執筆した「スピルオーバーの実装となったのか」です！

アートセンターBUGで5本目となる展覧会『陸路（スピルオーバー＃1）』が開催された（会期：2024年5月8日～6月16日）。インディペンデントキュレーター長谷川新氏を招聘し、アーティストデュオMES（新井健、谷川果菜絵）、非公開スペースを運営し、キュレーションも手掛ける林修平、MESの谷川が小宮りさ麻吏奈と2021年に始めたプラットフォームFAQ？の3作品を展示した。

　長谷川のコメントによると、「電波漏れ」の意味を持つスピルオーバーは、本来届けるはずの範囲を越境して、別の土地、地域、国家、人へと電波が届く現象を指す。行政権力や企業がどれほど労力を費やしても、電波は意に介さず国境を超え、地方区分を逸脱し、「受益者」の範囲は広がり続ける。その電波を受け取る「受益者」の存在に何等かの意味を見出そうとしたのだろうか。

　再開発の進む東京駅八重洲口近くのオフィスビル1階に設けられた天井高は7mだが展示スペース面積110㎡と広くはないBUG内でどのようにスピルオーバーは実装されたのか。カフェが併設されたスペースは仮設壁と遮光カーテンで区切られているが、中からはけたたましく豚の鳴き声やうめき声のような轟音が鳴り響く。

中に入ると不時着したロケットのような巨大でさびた鉄の物体が目に入る。見上げると壁には円盤か、随分と奇抜な装置である。ロケットを覗くとスピーカーと音響装置が見える。MESの作品《サルベージ・クラブ》の大掛かりな仕掛けである。ロケットのような物体は宮城県の養豚場から運ばれた餌タンクであり、それをＤＪブースに見立て、ラジオドラマ仕立ての物語が始まる。「むかしむかしあるところに二千頭の豚の群れがいました」から始まるその物語は、2011年3月11日の津波被害のなかで生き残った豚たちとその豚によって心を救われた養豚家のエピソードに着想されたものである。養豚場で促成飼育される豚の一生は約半年であり、人間にとっては10年ひと昔だが、豚生では26世代前の遠い昔の話なのである。志高い養豚家に出会い、人間と豚（動物）の関わり方を発見したMESが、豚の体温を感じるサーモグラフィー映像、豚の悲鳴、壁の円盤から発射されるもみ殻のくしゃみセレブレーションなどを手段に、地球環境の危機が叫ばれるなかでも過剰畜産による無駄な消費を加速する人間社会に対してシニカルかつ印象的なメッセージを伝えるものであった。

20分強のMESの作品のあとは、林修平の作品《D.L.P. (animals)》である。「D.L.P」とはDeath Lecture Performance（デスレクチャーパフォーマンス）の略で林の作品シリーズの呼称である。ヘビメタ系の爆音のなかで自身の顔に獣の骸骨のようなエフェクトをかけ、デスボイスで叫ぶ映像が大きなモニターに映る、その顔は怒りなのか陶酔なのか。林のプロフィールには、「爬虫類や両生類の飼育経験を基に、身体を取り巻く諸規範の矛盾を露呈させたり、生態系の循環システムに人間を組み込む方法を考えたりしている」とさらっと書いているが、彼のSNSには、想像以上に大きな（20㎝以上？）、色とりどりの彼らと日常生活を楽しむ様子が溢れている。

林は飼っているような外来生物が、人間の飼育から離れると侵略生物とみなされ、生物多様性保存の目的のために、たやすく「駆除」されることに反駁を感じ、その思想は現在ガザの地で行われているイスラエル軍によるパレスチナ人虐殺さえも肯定するのではないかという「危機」につなげる。爆音の展示が伝えているのは、その「危機」であり、来場者に頭ではなく、自身の肉体を通じてその感覚を受け止めてもらいたいということのようだ。タイトルに（animals）をつけた理由でもあろう。

仮設壁の外のスペースには、FAQ?のZINEが置かれている。フェミニズム、クイアネスなどに関心を持つ2人が、その周辺、その時の関心や疑問をトピックとした記述を書き綴る、エッセイのようなコラムのような、とりとめもない交換日記に、有識者からの寄稿を得て制作したZINEである。小宮の1956年の売春防止法に端を発する千葉の女性支援施設の見学に始まり、谷川がソウルでつぶさに見た韓国人女性アーティストや日本との戦争の歴史が綴られる。

『スピルオーバー』というタイトルのとおり、今回の展示では、のんびり会話を楽しみたいカフェ客にも、Wi-Fi・電源完備を利用してオンライン会議をしようとしたビジネスマンにも否応なく爆音を浴びせかけた。不快感を示し、カフェを立ち去る方もいたが、一部は興味をもち（時にはおそるおそる）展示スペースに足を踏み入れてくれた。作品が持つ人間と動物、人間同士が生む不均衡、非合理に対する反発などのメッセージは、どこまでスピルオーバーされたであろうか。今後もBUGは違和感や不快感も混ぜ込みながら、様々な問いを東京駅のオフィスビル1階から発していくのだ。

このコラムを執筆したのは・・・・

花形照美（はながたてるみ）
アートセンターBUG責任者（株式会社リクルートホールディングス財団・アートセンター推進部部長）。銀座8丁目の自社ビルの売却をきっかけに30年以上の歴史を持つ「リクルート2つのギャラリー（クリエイションギャラリーG8/ガーディアンガーデン）の閉館を英断。半年間のプレオープン期間を経て、2023年9月20日東京駅八重洲南口直結のグラントウキョウサウスタワー1階にアートセンターBUGを開館。趣味は、舞台鑑賞、旅行、クラシックバレエ（23年）、ピアノ（2年半）、ヨガ、ジョギング、筋トレなど盛りだくさん。