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天野太郎さんと学ぶ!アートのイロハ

みなさんこんにちは。
株式会社リクルートホールディングスが運営する新アートセンター BUGのスタッフです。 

私たちは、クリエイションギャラリーG8とガーディアン・ガーデンという、銀座にあるリクルートの2つのギャラリーで、主にグラフィック・デザイン、写真などの表現を行うクリエイターの作品を紹介し続けてきました。
しかし、ジャンルの制限を取り払い、「アートセンター」を新しく始めるにあたって、BUGのスタッフもさまざまな壁にぶち当たっています。アーティストに全力で挑戦する機会を提供するために、私たちがまず、アートやアートマネジメントの最前線を知りたい!
そういうわけで、BUGのオープンまで展覧会やアートのイロハを学ぶべく強力なメンターをお呼びすることとなりました。

天野太郎さんの画像
撮影:池田宏

東京オペラシティアートギャラリー チーフ・キュレーターの天野太郎さんです。

天野太郎
1955年生まれ
1982-87年 北海道立近代美術館 学芸員
1987-2015年 横浜美術館 主席学芸員 学芸グループ長
2016-2021年 横浜市民ギャラリーあざみ野 学芸グループ長
2022年より東京オペラシティギャラリー チーフ・キュレーター

北海道立近代美術館勤務を経て、1987年の開設準備室より27年あまりの長きにわたり横浜美術館に勤務し、「ニューヨーク・ニューアート チェース マンハッタン銀行コレクション展」(1989)、「森村泰昌展 美に至る病 ―女優になった私」(1996)、「奈良美智展 I DON’T MIND, IF YOU FORGET ME.」(2001)、「ノンセクト・ラディカル 現代の写真 III」(2004)、「アイドル!」(06年)など、同館の数多くの展覧会企画に携わってきました。その間「横浜トリエンナーレ」のキュレーター(2005)、キュレトリアル・ヘッド(2011,2014)、札幌国際芸術祭2020統括ディレクター(2018-2021)を務めるほか、多摩美術大学、城西国際大学、国士舘大学などで後進の指導にあたるなど、豊富な経験と実績で知られています。

東京オペラシティギャラリー プレスリリースより

今回は展覧会を軸に展覧会づくりについて色々お話をお伺いしました!

第25回グラフィック「1_WALL」グランプリ受賞者個展 趙文欣展「Did you see the cat ?」
〜広報について〜

ガーディアン・ガーデンで5月13日まで開催されていた趙文欣展「Did you see the cat ?」を天野さんと一緒に鑑賞しました。

私たちが展覧会をつくるときに頭を抱えるのが、「どうやったらお客さんにこの作品や展覧会の魅力を伝えることができるんだろう?」ということです。
天野さんは、かつては、作家と企画担当者の二人三脚でがんばってきた展覧会づくりも、今は分業化が進み、よりお客さんに伝わりやすい言葉を広報やマーケティングの担当者と一緒に選んでいくことが大切だと言います。
また、チラシやパンフレットといった広報物デザインや作家の言葉をどのように発信していくのかも重要です。
例に挙げてくれたのが、6月18日まで東京オペラシティアートギャラリーで開催中の「今井俊介 スカートと風景」です。 

「今井俊介 スカートと風景」〜クロノロジカル/アナクロニズム〜

現在、東京オペラシティアートギャラリーで個展を行っている画家の今井俊介さんは、アートメディアのTOKYO ART BEATがYouTubeで行っている「WHY ART?」というシリーズに登場しています。

Why Artとは
「アートってなんですか?」の質問に対する百人百様の回答を収めたショートインタビューを公開。いまさら聞けない・いま知りたい・私たちの身近にある「アート」を明らかにしていきます。

Tokyo Art Beat 公式YouTubeチャンネル内概要欄より引用

天野さんは、同じ質問をそれぞれのアーティストに答えてもらうことがそれだけで大きなアーカイブになり、貴重な資料となっていくのだと言います。
作家が自らの言葉で伝えるとより親しみやすく、聞いてもらいやすいとも。

さらに、天野さんが私たちに教えてくれたのは、「クロノロジカル/アナクロニズム」という考え方です。
これまで、展覧会は作家の初期作品から晩期の作品までを年代順(クロノロジカル)に展示することが主流でした。そうすれば、作家の作品の変遷が分かりやすく観ることができますね。
しかし、時代錯誤を意味するアナクロニズムの考え方によれば、作品を年代順に並べるのではなく、描かれているものの近しいイメージやモチーフの共通点を手がかりに作品を展示していきます。
天野さんは、そもそも表現の世界においては二項対立(善か悪か)の考え方からこぼれ落ちるものを拾い上げることが大切です、と言い、拾い上げるまでに「迷子になる」ことの大切さを見出します。行ったり来たりしながら、何かのきっかけで過去を振り返る事が今ある意味を新たにし、同時に、今の有り様が過去の「風景」を変える重要性を解きます。毎日のトライアル&エラーを反映し、最初思い描いていた構想から、何度かの変更を経て展覧会づくりがあるのです。行きつ戻りつのプロセス(アナクロニズム)を展覧会の構成の基盤に置くことも重要です。 アナクロニズムとは、過去を現在のためにあるものとして認識するのではなく、それ自体が一つの自立した存在であることを肯定する考え方です。 

「Sit, Down. Sit Down Please, Sphinx.:泉太郎」〜アーティストとの付き合い方について〜

 BUGスタッフたちは天野さんの勤める美術館で3月まで開催していた泉太郎さんの個展に興味津々。挑戦的な展覧会はどのようにつくられたのか、企画担当者と作家はどのような関係で展覧会作りを進めていったのかを赤裸々にお伺いしました!

BUGスタッフ(以下、B)「観る人が能動的になることが求められる展覧会だと思った。看視スタッフの鑑賞者へのオペレーションはどのように指示していたか?」
天野さん(以下、天)「作家の本心としては、看視スタッフも含めてコントロールしたかった部分があると思う。それは予算や美術館の制約上難しい。なので、訊ねられたり、困っている人の声がけがあるまでは看視スタッフからお客さんへの声がけはしなかった。本来であれば、逆のオペレーションを心がけなくてはならないが、今回は期せずして日本の美術館のシステムを露わにするオペレーションとなった。」

B「泉さんは大胆で挑戦的なことをする作家だと思うが、そのような作家と上手にコミュニケーションを取る方法を教えてほしい」
天「こちら側が最初に話すぎずに、相手の話を聞くことが重要。作家が持っているアイデアをなるべく多く聞き出すことが大切。また、チャットアプリやメール、電話などがあるがそれらのどれをいつ用いてコミュニケーションを取るのかも考えるべきだと思う。文字の応酬だと煮詰まることも、電話や対面の会話にになるとお互いの理解がスムーズになることがあった。」
 
などなど…。実践として役に立つけれど、ここには掲載しきれないような裏話もたくさん聞くことができました。
展覧会は、最初思い通りに描いていたようには進まずに迷いながらつくっていくもの。その中で、誰にも想像ができない展覧会ができあがっていくのですね。 

作品のディーリング、保管、アーカイブについて

BUGは美術館のようにコレクションを持たないアートセンターです。日本では、美術館よりも数が少なく馴染みのない人が多いかもしれません。これから生まれる新しい表現を展覧会やイベント、ワークショップを通じてみなさんに知ってもらうのがミッションです。
今、生きているアーティストがちゃんと表現を仕事として生活していくことができるように整備したり、支援するのも私たちがやりたいことの一つです。そのためにできることはなんだろう?

天野さんはインスタレーションアートを例に出して、一度制作した作品を別の場所で展示するための指示書(インストラクション)についてお話します。
そのためには、素材の強度や部屋の大きさ、作品の素材の距離など細かい点にいたるまでを把握する必要があります。
指示書をきちんと作成していれば、インスタレーションアートのようなその場で組み上げていくものであっても別の場所でも再現できます。
また、ただ単に映像と一口に言っても、映画がフィルムからデジタルに移ったように、映像作品においても再生する機器やインターネットのOSが変わるだけで、再生できないものも出てきます。そういった時のために備えたアドバイスができるように知識を身につけておくことが大切だそうです。
こういった作品が出来上がるまでの技術的側面をともに学んでいくことがゆくゆくのアーティストや私たちのためにとって非常に有益なのです。

同じアートというフィールドでありながら、天野さんは美術館の学芸員という作品を何十年、何百年先へと繋いでいく仕事で、BUGはこれから生まれる新しい挑戦を応援してゆく仕事。しかし、私たちが交差する場所はたくさんありそうですね。