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建築家・平井政俊さんインタビュー 「街の一部となる『問い』を目指して」

今年の9月に、いよいよアートセンター『BUG(バグ)』がオープンします。そのオープンに先駆けて「『BUG』という空間や、ここで行われるアート活動をもっとみなさんに知っていただきたい」そんな思いから、スペースの設計を担当された建築家の平井政俊さんにどんなコンセプトで設計をし、どんな思いを込めたのか?を改めてお聞きしました。

建築にまつわるさまざまな賞を受賞され、業界で注目を浴びる建築家の平井さんの視点から『BUG』を紐解き、別角度から探ることができる内容になっています。ぜひ、最後までお楽しみいただければと思います。

―まずは、平井さんが代表を務める『平井政俊建築設計事務所』について、平井さんの建築に対する考え、思いなどを教えてください。

僕が独立することになったきっかけは、2011年の東日本大震災でした。当時は『アトリエ・ワン』という設計事務所に所属していましたが、被災地の状況を目の当たりにして、これまで前提とされていた都市の制度や、建築の役割が根底から覆されたように感じたんですよね。「これからの建築について、今考え出さなきゃ」という思いに駆られて、翌年、事務所をスタートさせました。

近代以降、体系化された建築物は人々の暮らしを便利にし、世界の経済発展に貢献してきました。一方で建物のあり方やその建築技術は専門化されてしまい、一般の方から引き離された存在となってしまったように思います。しかし、そもそも建物というのは、人が中に入り、一定の時間を過ごすものであるため、身体の全方向から人間に作用する特有の面白さを持っていると思うのです。これからの建築を、人と密接だった近代より以前と同じかそれ以上に親密に作用するものにしたい。そんな思いで日々、建築に携わっています。

―今回、平井さんには『BUG』のスペースのコンセプトメイキングから携わっていただきました。その経緯や依頼を受けてくださった理由を教えてください。

僕は人と空間の関係性に関心を持っていて、建物の設計だけではなく、街づくりのコンセプトデザイン、美術展の会場構成、プロダクトの設計など、スケールや領域を横断した仕事をしています。そのような活動から興味を持ってもらい、今回のお話をいただいたのだと思います。

一般的なギャラリー設計の場合、「こんなギャラリーにしたい」「壁はこうで、床はこうで…」と、方向性と仕様のイメージがある程度決まってしまっていると思うのですが、今回は「アーティストたちを応援するスペースの空間コンセプトや街との関係性から一緒に考えてほしい」と依頼していただいたのが印象的で、とても面白そうだなと思いました。

―『BUG』設計上のコンセプトや、空間に込めた思いを教えてください。

『BUG』は展示だけではなく、アワードの公開最終審査会や、ワークショップなど注目される多様な活動も起こりますから、そこでの議論や問題提起そのものも場の本質だと考えます。また、企業が運営するスペースではあるものの、東京駅近くの開かれた位置にあって、とても公共性の高い場所です。

「バグ」って、それ単体では存在せず、プログラミングの文脈の中にあることで初めてハプニングを起こしますよね。それはつまり場所だけを作るのではなく、アートが打ち立てる社会への問いかけが、いかに街を触発できるのか、どう街の複雑な社会システムやネットワークと結びつくことができるのか、などを考えることです。設計中は「街の一部となる『問い』」としての『BUG』を目指して取り組みました。

―「街の一部となる『問い』」というコンセプトを、特に体現している設計ポイントを教えてください。

今回の設計は、東京駅・八重洲という街にとって、『BUG』が『』(括弧)書きの引き離された存在になるのではなくて、『』を外すようなことができるのか、という試みだったと思います。これは近代が発明したアートの純粋性を高めるためのホワイトキューブというビルディングタイプを脱することでもありました。

どういうことかというと、スペースを展示空間として最大限に活用することが目的であれば、(外堀通りに面するガラスを指して)このガラスギリギリに光を遮る壁を立てて空間をなるべく立方体(キューブ)に近づけて確保し、風除室を設けて外気の影響を極力なくして、完全なホワイトキューブに近づけるべきだと思います。しかし、それではこの東京駅という匿名性の高い街、「正解」だけが求められているような街にとって、誰に向けられた『問い』なのか分からないまま、複雑な社会システムの中に埋没してしまうと考えたのです。

そこで、外堀通り側の壁はセットバックして低く立てることで自然光が中に入るようにし、中からも外からも互いに見える関係性を設計しました。また、街の人が誰でも入れるカフェという公共性のある機能を、道路と展示空間の間に挿入し、カフェカウンターや客席がアートからも街からも関わることができる中間的な領域としました。これらの操作によって、『BUG』の『』は境界線ではなく幅のある接触領域となり、アートと街の動的な関わり合いが継続的に生まれると考えています。

―その他、他にはない特徴的なポイントがありましたら、教えてください。

展示空間やカフェなどの構築物を支えている構造体が可視化されていることもポイントの一つです。例えば、展示壁裏側の下地がカフェ客席に向いてむき出しになっていたり、カフェカウンターの腰壁が一部剥がれて棚のようになっているところなどがありますが、そこには作家の歩んできた背景や、作品が生まれた状況などを表現するような、ちょっとカジュアルな展示を行えるようになっています。作品単体ではなく、その少し外縁部のナラティブや出来事のような要素が入り込めるようなデザインです。

ホワイトキューブの言語から引き算をすることで空間に「凹み」を生み出し、そこにアートと人々の日常の偶然の出会いが生まれたらと考えています。

撮影:西野正将
撮影:西野正将


―『BUG』の設計にあたり、今までで印象に残っているエピソードはありますか?

2022年の3月頃に最初のお話をいただいたので、1年以上並走させてもらっています。なぜ、そのように長期的なプロジェクトになったのかを考えるとやはり『BUG』が単なる展示スペースではなく、アート活動を行うことで社会に『問い』を投げ続ける「アートセンター」であるという特徴にあると思います。

単純に、展示スペースを作ればいいという話ではなく「壁は本当に必要なのか?」というような根源的なところから疑ってみるというプロセスを経てプランを練っていきました。

特に印象に残っているのは、アーティストや批評家、インストーラーたちと一緒にさまざまな実験を重ねていったことですね。最初に行ったのは「天井を外すとどうなるか?」という実験でした。配管やビルの骨組みという裏側がどう見えるのか、やってみなければわからないということで外してみたら、天井を1.5メートルほどより高く使えるようになり、このあたりの一等地に対して忖度の無い、むき出しの配管を見せることになりました。

その後も「どこまで光を遮れば、映像を鑑賞することができるか?」を試す遮光実験映画祭をやったり「外から中が見えるとどんな作品が生まれそうか?」「カフェの匂いはどれくらい影響するか?」などの実験も行いました。

制度や役割など慣習的な前提を疑い、自ら新しい方法を生み出そうとする皆さんと議論できてとても面白かったですし、他にはないプロジェクトだったなと感じています。

―今後、『BUG』がアーティストや東京という街や人々にとって、どんな存在になっていってほしいですか?

オフィスワーカーや買い物する人、観光客、先ほどは修学旅行生の団体が『BUG』の前を通りましたが、これも『BUG』の可能性だと思います。東京というスケールを超えて、日本、世界に対して開かれた場所であるからです。

『BUG』という名前には、現代社会への批評性と、アートが社会へ投げかける本質的な力への大きな期待が込められています。

この場や街に触発を受けて、若いアーティストが社会に対する鋭い問いかけを作り出すと思います。アートに興味があるないに関わらず『BUG』がもたらす『問い』が、日本そして世界の人々にとっての未来に対する当事者性を触発し、新しい対話を引き出す開かれたきっかけになればいいなと思っています。

ライティング:佐藤摩耶


▶︎平井政俊さんプロフィール
人間と時間と空間をつなぎ合わせる新しいネットワークを創造する建築を目指している。京都市生まれ。2005年筑波大学大学院芸術研究科修了。05年〜12年アトリエ・ワン。12年平井政俊建築設計事務所設立。12年〜15年横浜国立大学大学院Y-GSA設計助手。17年〜法政大学大学院兼任教員。20年〜武蔵野美術大学非常勤教員。
主な受賞に19 年「ヴィラ・ポタジェ」住宅建築賞2019。22年「猿楽十方楼」日本建築学会作品選集新人賞などがある。


▶︎アートセンター『BUG』は?

この世界に、バグを。

この世界に必要な違和感。ふいに気づきをもらう瞬間。
そんな無数のハプニングに、私たちは出会いたい。
何かを変えていくだろう荒けずりな才能を、
不可解に思う人もいるかもしれない。
でも、その可能性に、賭けようと思う。
ぶち当たる、発見する。繰り返す化学反応のある日常こそ現実。
BUG は、そういう場でありたいです。

BUG ステートメント

『BUG(バグ)』とは、2023年9月20日にグランドオープンする東京駅八重洲南口直結のアートセンターです。「この世界に、バグを。」をキーワードに、『BUG Art Award』や展覧会などの活動を通じて、アーティストが全力で挑戦できる場と機会を提供していきます。現在は、プレ期間としてイベント開催やBUG Cafeの先行営業を行うなど、グランドオープンに向けて活動中。
運営:株式会社リクルートホールディングス