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塾講師牡丹たんの憂鬱②

前回の記事をアップしたところ、読者の一部から「牡丹たんはいい先生だなあ」という趣旨の感想をいただきました。誠にありがたい話です。

しかし勘違いしてはいけません。もしあなたが「牡丹たんのような講師は優秀である」という認識を持ったままでいると、大事なお子さまをいざ学習塾に入れようとなった際に痛いしっぺ返しをくらってしまいます。
僕のように適当な講師が日々どのような授業を行なっていたかを簡単にご紹介しましょう。

ある男子校から同学年の生徒が二人あの塾には通っていて、僕はその両者を担当させて貰っていました。

片方はかなりディープな中日ドラゴンズのファンで、授業中もいつもドラゴンズの試合経過を気にしていたんですね。
そして僕自身も相当にディープな福岡ソフトバンクホークスのファンであったため、これはお互いの利害が一致しているということで僕らはしばしば授業中にスマホで試合経過を確認し、誰が打っただの誰が打たれただので毎日授業そっちのけで盛り上がっていました。
交流戦で2人の贔屓が当たろうものならもうほぼスマホをつけっぱなしに近い形で一球速報を楽しんでいたことさえあります。

幸いにも彼はそれなりに自分で勉強できるタイプだったのと、さほど難しい内容に取り組んではいなかったおかげで成績はそれなりの領域を保持できていましたが、これは完全に生徒の努力の成果です。
僕がやっていたのは野球の途中経過をチェックすることと、テスト範囲の復習や宿題を完遂しきれるか逐一途中経過をチェックしていた(ここ座布団ポイントです)ことくらいなので、正直誰でもできますね。

しかし彼の場合はこの年頃にありがちな、下世話な質問を僕にしてくることがなかったので、これはとても助かりました。
下世話な質問というのは、先生カノジョいますかとかエッチしたことありますかとかそういうやつです。彼と勉強以外でする話と言えば、野球についてかスマホゲー、あと電車についてだけでしたね。多分、多少アスペの気があったんじゃないかな?と思います。

もう片方の生徒もやはり(?)男子校生徒だけあって一筋縄ではいきませんでした。
元々は英語と数学ができなくて入塾してきた子で、中3〜高2の3年くらい(なげー、自分でもびっくり)を僕が担当したんですね。
英語も数学も最初の頃は「これが私立の中高一貫に行ってる生徒に教える内容か?」ってレベルの授業をせざるを得ない感じで、成績も最下層だったんですよ。

ただまあまあ真面目に授業に取り組んでくれたおかげで、しばらくしたら成績は中くらいには到達しました。
もちろん、なんだかんだ言って一流の一貫校に合格できる時点でそれなりの頭脳は持っているわけですから、真面目に勉強すればある程度伸びるのはわかりきってます。ここは別にその辺の犬が講師でも同じことです。

でも、いつだったかな?多分高校に上がったくらいのタイミングで、なぜか成績が急上昇したんですよ。なんか理系に目覚めたみたいで、数学や理科系で学年で一桁とかの順位をしょっちゅうとってくるようになりました。

当時塾で理科はやってませんでしたし、数学の授業だって僕が
「うおー、この立体、自分で紙で作って問題の指示通りに切り取ったらほんとに模解通りの面が出てきた!すげ〜!」
みたいに勝手にはしゃいでたり、確率の授業とかで
「この問題で3回目に赤玉と白玉、どっちを引きやすいと思う?僕は流れ的に白だと思うんだよね」
みたいにギャンブルと絡めまくった与太話をしていただけです。何一つ有益な話をした覚えはありません。

にも関わらず!どこかで理系に覚醒してしまった彼は、数学の授業の度に非常に難解な問題を持ってきては「ここがわからないんですけど…」などと質問をしてくるようになり、元来ド文系である僕を困らせていました。
ただ僕にも恥という感情はあるので、せめて経験のある数2Bまではなんとか教えられるよう、彼が問題を解いている間に教科書を借りて先の範囲を予習するなど努力を重ねました。

その甲斐あってかどうかは知りませんが、結局彼は高2のクラス分けで理系の一番上に入り、国立合格目指して頑張る、となったあたりで僕は大学卒業という形でなんとか逃げ切ることに成功しました。

ちなみに彼は下世話な話が好きなタイプで、上記のような問いをしょっちゅうしてきたり、カノジョの写真を見せるよう執拗に要求してきたのですが、彼自身はオクテな人だったので僕の乏しい経験談を聞いてそれで満足という感じでした。
インカレみたいな部活をやってたので男子校でも女の子との出会いはあったと思うんですが、彼のあの感じだと上手くリードしてくれる人との出会いがない限り、多分大学生になった今でも童貞なんじゃないかと思います。

下世話な話と言えば、1人高3の受験直前というスーパー大事な時期に担当した生徒がいたんですが、彼も例によって同じような質問をしてきたことがありました。
まあ高3にもなればそんなコソコソ隠さなくてもいいだろう、と僕もそれなりに正直に答えたのですが、交際人数も経験人数も圧敗していたのは流石に恥ずかしかったですね。
彼は結構身綺麗な感じでスタイルもまあまあだったので、ある程度人間できてればモテるだろうなあというスジではあったのですが、あの勝ち誇ったような顔は今思い出してもアツくなります。

やや話が逸れましたが、要するに牡丹たんの授業はこんな感じで野球観戦をしたり下ネタを話したり、むしろお前が生徒なのか?ってくらい勝手に1人で盛り上がったりしているだけなので、もし皆さんが今後ご子息を学習塾に入れる機会があったらこんな講師には気をつけるように、というお話でした。

てな具合に、僕が持った生徒はなんだかんだみんな頑張って勉強してくれたおかげで成績はちょい上がるかグーンと上がるかの二択だったんですが、1人だけずっと成績が下がる一方だった子がいました。

彼のことは仮にマリオと呼んでおきましょう。
マリオは定期テストは一切の誇張なしで毎回最下位、授業態度もそれを示すようにずっと寝ているか文房具をいじってるだけ、って感じだったんですね。

それは牡丹たんの授業が適当すぎるのが気に障ったのでは?と思った方もいるのではないでしょうか。
僕も同じ考えに至って塾長に相談したり、他の講師の授業での様子をチェックしてみたりしたのですが、結論は誰が担当の時も態度は同じというものでした。

塾長からは「とりあえず席に座らせておけばそれでいいよ」と言われていたのですが、一応僕もお金を貰って授業をしてるわけですから、放置しているのも心苦しい所があります(マリオとの授業は大体講師1人対生徒2人でした)。
まずマリオがどういう生徒なのかもう少し知る必要があるな、と同僚の講師や親御さんの話を又聞きした結果、おそらく彼は自閉症なのではないか?という仮説に至りました。

当然マリオ本人やその親御さんに面と向かって「君は(あなたのお子さんは)自閉症なんですか?」と尋ねるわけにはいきません。それくらいの分別は牡丹たんにもあります。

とりあえず塾長との雑談の折に、マリオの授業はまた違った意味で大変であるという趣旨のジャブを入れてみると、まあそうだよね〜みたいな感じの返答をされました。

障害とかならそれはそれでもっと別な所に通う方が本人のためかもしれないですよね〜と僕がそこそこ危険な牌を押してみると、案外塾長は
「俺もそう思う、てかマリオは明らかに障害持ちだよ
と僕の気遣いは何だったんだ?と思わされるような口ぶりで牡丹たんに賛同したんですよ。

その後も塾長は、そういう子ども向けの学習施設はやはりお金がかかる、親御さんからすればうちの塾は子供の面倒から何時間か解放してくれる割安な託児所みたいに思ってるはずだ、と事情を赤裸々に語りました。

親御さんもそこまで考えているなら、マリオを無理に普通学級へ通わせる必要はないのでは?と僕が尋ねると、親御さんはむしろ自分の子どもが障害持ちであることを認めたくなくて、マリオを支援学級などに入れずにいるのでは、というのが塾長が面談などから受けた印象だとのこと。

まだ若かった僕はそういう親御さんの気持ちを慮ることができなかったので、この時塾長にこう言われて初めて「確かにそう思う気持ちは理解できるな」となったんですが、同時に「マリオにとっての幸せはどっちなんだろう?」という疑問も浮かびました。

今のように学校で最下位の成績を取り続け、部活を頑張ることもなく通っている塾でも80分間惰眠を貪り、名前を書けば合格できる私立高校に漠然と進むのが幸せだと本人に言われればそれはそういうもんかとなりますが、この時のマリオの顔を見ているとどうも彼がそう考えているとは思えませんでした。

折角来てくれてはいるんだから、成績はあげられなくても何か今後の人生で役立つ経験をして帰って欲しいという思いはあったのですが、とは言え何をすればいいかもわからないままある時期から僕はマリオを担当することはほとんどなくなり(と言うより、普通の公立中の生徒を持つことがなくなった)、それからしばらくして彼は塾を辞めました。

マリオのことは今でも心残りで、彼を担当した経験がなければ僕はもっとこういう問題に無頓着なまま生きていただろうなと思いますし、願わくば彼が今どこかで楽しく暮らせていればいいなとも思います。
最もそれには親御さんがまずしっかりと自分の子どもが持っている障害を認めるところからなんじゃねーかと僕は考えてしまうのですが、実際問題牡丹たんは当事者の苦労が何一つわかってないのであまりガチャガチャ物申すことはできません。ここはダマ安定です。🤐

ちなみにマリオの退塾直前からしばらくの間、やたらと障害持ち〜グレーゾーンに該当するような中学生からの入塾希望が相次ぐようになった時期がありました。

その度に塾長が嘆いていたのですが、この原因は近所の障害者施設でうちの塾の存在が口コミで拡まっていたことだったというのが後々明らかになった事実です。

さぞかし割安な託児所として評判がよかったんだと思います。この話を聞いた塾長も、あまりの喜びが逆に恐ろしかったのか、苦虫を噛み潰すとはまさにこのことだなあと思わされるような表情をしていましたね。

最終回アップしました

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