見出し画像

客観の科学、主観の文化 〜「デザイン行為の意味を問う」を読んで〜


 「主体的な学びの環境作り」の方法を模索していく中で、パターン・ランゲージという手法に興味を持ったのだが、本書は、その開発者であるクリストファー・アレグザンダーが、なぜ、どのように思考し、パターン・ランゲージという方法論に至ったのかを、わかりやすく示してくれた。

 前回のnoteでは、「問い続ける力」を読み、「対象の基本原理から考える重要性」について書いたが、アレグザンダーはまさにその1人だった。デザインの本質やパターンランゲージへの理解を深めるだけでなく、「とは派」の思考法に迫る意味でも、本書はとても有効だった。

 ただ結論を言えば、パターン・ランゲージは機能しなかった。それはなぜだったのか。


 アレグザンダーは20世紀最大のデザイン研究家と呼ばれ、「デザインとは何か?」を徹底的に探究した研究者だった。

「デザインとは形である」

という考えを出発点にし、

「全てのデザインの問題は、次の二つの実在の間に適合性をもたらそうとする努力から始まる。その二つの実在とは、求める形とそのコンテクストである。」

と考えた。

 つまり、あらゆるコンテクストからのニーズに適合した形を求めることがデザインだとした。そう定義を明確にした上で、デザインの解き方(デザインプロセス)を考えた。

デザインプロセスには3つある。

①現実世界でのデザイン
 プロトタイプを作り、様々なコンテクストで適合するかどうか検証を繰り返す手法。これはデザイン思考だ。しかし、この方法では、アレグザンダーが研究対象とした大きな建造物や街づくりには適用できない。プロトタイプを作って何度も修正する、というアプローチは現実的ではないからだ。

②イメージ世界でのデザイン
 2つ目の方法はこれだ。一般的に多くのデザイナーは、このアプローチをとる。しかし、このプロセスでは、デザイナーの能力差によってデザインが大きく変わってしまうため、再現性がないとアレグザンダーは考えた。

 そこで考案したのが、3つ目の方法だ。心理学者ジェロム・ブルーナーによる「表象作用の3段階」理論から類推(アナロジー)し、生み出した。

それが

③形式的操作でのデザイン

だ。これは、抽象概念を用い、数学の証明のようにデザインする方法だった。

画像1

 アレグザンダーは、この新たな手法を用い、1930年代に始まったモダニズム革命を凌駕するデザイン手法を生み出そうとした。モダニズム革命は、デカルトの「分析・統合・枚挙」という方法を、世界一般に適用し、システマティックに世界を捉えたが、イメージ世界でのデザイン手法であった。

 では、数学の証明のようにデザインするとはどういうことか。それは、デザイン対象となる要素を自明の条件にまで細かく分解し、各コンテクストに適合したデザイン解(形)を適用した上で統合する方法だ。このデザイン解(形)のパターンが、パターンランゲージ だった。

画像2

 しかし、残念ながら、パターンランゲージに基づいて作られた建築物は、美しくなく、デザインされているとは言えない物体だった。ゆえに、次にアレグザンダーは「美とは何か?」を探究することとなる。そして、「美とは調和である」とし、調和=秩序を科学的に明らかにするため、認知心理学の観点から研究をし、著書「ネイチャー・オブ・オーダー」にまとめたのだった。

 しかし、最終的に立ちはだかった壁は、「我々が機械論的自然観に基づいて世界を見ている」という自然観だった。

自然には二種類の性質ある。1つは、大きさや長さ、重さなどの客観的な事実に繋がるような認識を生み出す性質であり、もう1つは、赤さや暖かさなど人の感覚から生じる性質である。

この自然観を持っている限りは、どこまでいっても主観は客観にはなり得ない、ということであり、客観的な美はない、ということだった。

 

 本書を読んで、パターンランゲージ がここまで精緻に作り込まれたものだと知り、「なんとなくいいものだから使ってみよう」と安易に考えた自分が恥ずかしくなった。

 ただ、本書から私が得たものは大きかった。


1)客観の「科学」と主観の「文化」

「問い続ける力」の中のインタビュイーの1人で、元WIRED日本版編集長の
若林氏が

文化とは、その時代の社会をかたちづくっている価値の体系である

と言っていた。つまり、文化というコンテクストを持って、物事を見ているから、すべてを客観的に評価することはできない、ということだと、今回理解できた。

 おそらく、アレグザンダーの前に立ちはだかった壁の正体はこれではないか。何らかの対象を探究していく時には、アレグザンダーのように科学的に、客観的に思考していくことが重要であるが、同時に、人が物事の価値判断をすることに影響を受ける「文化」という視点を持つ必要があるのだ。

 そういう背景から、意味のデザインや文化のデザインという言葉が出てきているのかもしれない。このあたりはまだ知らない領域なので、別途考えてみたい。

 また、私がいま関わっている「主観のAI化」というプロジェクトの中でも、アレグザンダーの思考を参考に、どう進めるべきかを検討していきたい。


また他にも気づきは色々あったので、メモとして残しておく。

2)アレグザンダーの探究方法

 改めて、アレグザンダーの探究方法は、

・探究対象の定義
・探究方法論の構築
・精緻な分解と統合
・統合後の評価方法の構築

と、まとめてみた。当たり前のステップではあるが、個人的にはこのステップに対する理解が深まった。

3)デザインとは?

 まだ定義できるほどの知らないので、デザインについて語ることは避けるが、バラバラの要素を統合してシンプルに伝える、という点で、

デザイン ≒ 編集

を感じた。

 デザインと聞くと、どうしてもグラフィックデザインのようなアート系のイメージが湧いてくるが、もっと身近なもので、皆が持つべきスキルのひとつかなと思うようになった。

4)現場観察からの学びの取り出し方

 既存のデザインは、各コンテクストのニーズの結果だと、アレグザンダーは言っているが、その視点を持って現場を見ると、人だけでなく、物のデザイン(形)の背景を想像することからも学びは深まると感じた。

 ただし、物からは過去のニーズしか探れない。今のインサイトを探る上では、人の観察が重要だ。

5)新たに生まれた疑問

・ティール組織のような新しい組織づくりを進める時には、アレグザンダーが壁にぶつかったように「効率を求める」人たちとの対立が生まれるのではないか?
→つまり、浸透させる上では、組織開発手法の開発が最も重要になるのではないか?

次は、哲学や文化についても考えてみたい。


この記事が参加している募集

#読書感想文

190,388件

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?