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動きたい、のに、心が燃えん。そのワケは

友人がちょいちょい悩み相談してくれる。

今日のテーマは
「動きたいし動かなければならない状態、なのになのに、動けないーーーー😭」
 
友人は、とある祭りの主催者。
 
過去に同じ地域で主催したイベントの評判が非常によかっただけに
2回目である今回の開催に
大きなプレッシャーを感じていた。
 
 
「楽しみにしてるよ!」
 
 
うれしい反面、プレッシャー。
 
 
「もっとこうできるといいかもね!」
 
 
納得の反面、視点の高さに思考・行動が追いつかないもどかしさ。
 
 
 
けどけど、だけど。
 
関わってくれる
みんなの期待に
応えたい!!!!!
 
 
そんな思いで、踏ん張り続けていた。
 
 
 
そのために彼女が選択したのは
これらの、「ねば」「べき」。
 
 
みんなの期待に応えられる私であらねば
はたまた、応えられる自分でありたい
 
 
みんなが楽しい祭りにするには、まずは自分自身が楽しくあらねば
それなのに、力が湧いて出てこない、こんな状態では、前回のイベントよりも盛りあげられないかもしれない
 
 
私が引っ張らなねば
理想の祭りは、創られない
 
 
 
私が、頑張らなきゃ!!!
私が、私と、向き合わなきゃ!!!
 
 
彼女は懸命にあがいていた。
 
 
  
 
話すうちに見えてきたのは
 
 
こうあらねば・こうすべき と信じていること
 

 
本当は自分がやりたいこと・大事にしたいこと


 
ギャップによる消耗。
 
 
 
彼女は
 
私が、期待に応えなくちゃ!
私が、まずは楽しまなくちゃ!
私が、引っ張らなくちゃ!
  
 
と、あがいていた。
 
 
そのアクションもよいのだけれども
そもそも
彼女が本当にやりたいことは
「繋がる」行為。
 
 
人や地域やモノやコトや、あらゆる要素と、「繋がる」こと。
特に、人。
それが、彼女の心が喜び、わきたつこと。
 
 
 
 
私が頑張らなきゃ!!!
 
 
という気負いや
そうあらねばならないという一種の思い込みが
 
「繋がる」という行為と真逆の事象を生み出し
本当は繋がりたいのに
自ら遮断し
孤立を招いているように
感じた。
 
 
 
人と繋がってナンボの人! 
 
実際、話す中で、祭りを楽しくするアイディアがどんどん広がっていった。
 
 
頭での理解、こうせねば、こうすべき

いったんほっぽって
ひとまず、今、繋がりたい人と
繋がるためのアクションをしてみることをお勧めし、終話した。
 
 
これまでの経験や、学んだことから培われている「ねば」「べき」と
本当は心が望んでいる行為とのギャップがあると
エネルギーがぶつかりあって
 
それをやるべきなのは、頭じゃわかってる!!!
けど
なんだか、心や体が思うように動かない、という
事象を招くのかもしれないな、と感じた。
 
 
動きたいし、動かなくちゃいけないのは分かってるんだけど
動けない。
 
 
これね、私がよく陥ることなの。
 
 
そういうとき
もんもんとしながら、動けない自分を責めながら
その時間を過ごしがちだったんだけど
彼女から、大きなヒントをもらえたよ!!
 
 
 
あなたの課題は、私の課題。
 
 
いつも、ちゃんと、
助けてーーーー!!!!
と、いえる彼女をリスペクトしている。
 
 
祭りは明日から!
 
だいじょぶよ。
あんずるべからず。 
さいっっこうの笑顔で楽しめる時間になる予報を、ここに置いてくね!
 
 
#100本チャレンジ 27本目
#予報

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