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小説 メルヘン #1


ピンクサロン「メルヘン」では、働いている女の子が、お客さんの連絡先を聞いたり、自分の連絡先を教えたりする行為は、禁止されている。
でも私は、彼らの電話番号を聞くのをやめられなかった。
他の女の子には、内緒にしていた。ヌキに来ただけの男の人を、プライベートに流れ込ませるなんて信じられないと、軽蔑されそうだから。

女の子は、名刺を持たされる。表に「メルヘン」、下に店の電話番号が印刷されていて、裏には各々、自分の名前と出勤日や得意技を書く。
私は名刺の入れ物として、レターセットの封筒を使っている。横長の封筒を縦半分に折ると、大きさが丁度いいのだ。それに名刺をさして、お客さんの席に持っていくポーチにしまっている。ひと枠四十分を一緒に過ごし、優しかったり楽しかったり、又は、かっこいいなと思った時は、連絡先を聞き、こっそり封筒に書き込む。コンドームやリップクリームやローションやらが入っているポーチは、物の出し入れも頻繁で、封筒は二週間くらいでベトベトしてぼろになる。そしたら私は、古い封筒をアパートに持ち帰り、また新しい封筒を折って出勤する。

得体のしれない染みだらけのソファーに座り、周りにバレないように背を丸め、サンダルを履いた足を爪先立て、太ももを台にする。封筒に付けている映画館でもらったクリップペンシルで、教えてもらった番号と、名前、そのお客さんの特徴をメモする。身体を起こすと、ライターの炎で顔を照らされる。熱い空間の奥に、こちらを覗き込む眼がある。

「びっくりした。前髪燃えるかと思ったよ」

私は前髪を指で撫で、無事を確かめる。

「ごめん、どんな顔してんのかなあってさ。薄暗くてよく見えないから」

ライターを消し、またどこかのポケットにしまったお客さんは、連絡先を教えたのを後悔はしていないようだった。
番号を教えてほしいと願っても、拒否するお客さんもいた。そんな時は、しょうがないと思う反面、子どもがお菓子を買ってもらえなかったみたいに、無性に頭にきた。でも顔には出さず、静かに封筒をポーチにしまった。私の連絡先は、教えたことがない。


                つづく

# 2  メルヘン

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