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自己啓発の強要はダメ。ゼッタイ。

最近読んだ本に「稲盛和夫さん」の話が出てきた。
稲森さんといえば京セラやKDDIを創業し、JALを再建した人。
この稲森さんを妄信する社長が経営する会社に入社して大変な目にあったことがある。
だからか「稲森和夫」という名前を見た瞬間、稲森さんには罪はないが、じわぁ~と嫌な気持ちがこみ上げてくる。

エンジニアとしての実務経験が欲しくて、社長をいれて6人ぐらいの小さな会社に入社した。
一応カテゴリ的にはベンチャー企業になる。
(※ベンチャーの定義はよく分からないが、求人にはベンチャー企業とは書いてあった)
入社した会社の社長が稲森さんが経営する経営塾「盛和塾」での学びに熱心な人で、その教えが社内へ与える影響がとても大きかった。
長々とした文章になるが、自己啓発が好きな人は好きでたまらない、苦手な人にはどうしようもない、忘れたいけど忘れられない、経営者ではない、雇われ社員が経験した、苦い思い出である。


面接時から感じる、経営塾への愛

当時、面接に行った時、成和塾のポスターやカレンダーがオフィスに飾られていた。
私は稲盛和夫さんについては何も知らなかったので「誰だろう、このおじさん…」とポスター越しに座り、面接では社長と普通に話をしていた。
後に稲盛さんの本を読んだ(読まされた)結果、面接の内容がその本に沿っていた事を思い出す。
自分にはこの社風は合わないのではないかという多少の違和感は感じたが、エンジニアとして実務経験が欲しかった私は、入社を決めた。

半年ぐらいは普通だった

入社してからも稲盛さんの名前はよく聞いた。
会社の経営がそもそも成和塾で社長が学んだ内容に添って行われていた。
何かミスなどがあれば、絶対に稲盛さんの話が引き合いに出されていたが、社長の癖みたいなもので、あまり違和感は感じていなかった。

本を買い与えられた

きっかけは成和塾が年内に解散するタイミングだったと思う。
いきなり社長が成和塾での教えを社員にも共有したいと言い出した。
充実した幸せな人生を送るには、稲盛さんに教えを請い、それを実行しなければならないとの事だった。
稲盛さんは確かに凄い経営者だと思うが、私自身がそこまで興味があるかと聞かれたら、はっきり言ってなかった。
とりあえず社員全員に「京セラフィロソフィ」が買い与えられた。

社長的には読んでも読まなくても良いとの事だったが、社内の雰囲気的には読むしか選択肢はなかった。

毎週行われる事になった本読み感想会

全員が本を読み終えた時に、社長の発案で、この本を1章ずつ読み込んで、感想を言う会をしようという話になった。
毎週月曜日の始業前の時間、1時間前に会社に来て、本の内容について語り合う会。
あくまで有志の集まりの会という事だった。
これも強制ではないと言われたが、欠席すれば稲盛さんの本の読んで何を学んだのかと別で説教が始まるので、出席するしか選択肢はなかった。

感想なのか分からない

ひとりずつ、各章に書かれている内容について感じたことを言う。
各々の意見に社長がそれは正しいのか間違っているのか判断を下すという形だった。
本を読んだ感想なので、感じ方は人それぞれだと思うが、この会はどんな意見でも認められるというよりは、社長が考えている意見とズレていたら修正を入れられるという形だった。
「その考えは甘い」「実際に自分が出来ているのか」「本当にそう思って行動できているのか」など。
私は、そこまでキツイことを言われなかったが、古参の社員は過去のミスや行いを引き合いに出され、吊るし上げのような会になっていた。
絶対的に稲盛さんの考えが正しい世界観でのやり取りなので、何も言い返す事が出来ない。
純粋に本を読んだ感想や自分の気持ちを言うというよりは、社長に認めてもらえるような意見を考えていた。
自分の生き方や考え方を否定されるのが怖かったからだと思う。
今なら、そこはぶつかっても良かったのではないかと思うが、当時は若くて自分の意見を主張できなかった。
社長は社員により良い人生を送ってもらう為に、会を催してくれていた。
悪意はないと理解はしているが、人の人生や考え方に口出しされる事が、正直とてもしんどかった。

仕事より悩む

この朝会から始まり、成和塾の教えを共有する為に、宿泊合宿や業務後に稲盛さんの塾長講話DVDを観る会なども始まった。
会議も何かあれば稲盛論。
自己啓発より仕事をさせてくれよと何回思ったことか。
仕事で悩む時間より、稲盛さんに触れている時間の方が長かった。
最初はこれも仕事の内だし、この会社に居る為には仕方ないと思っていた。
そんな中、とある塾長講話DVDで阪神淡路大震災や東日本大震災について触れた話があった。
あえて内容は伏せるが、その考え方にドン引きしてしまい、一気に目が覚めてしまった。

それでも居場所を失わない為に

感想会の意見もだんだん何を言えば良いのか分からなくなっていた。
少しでも社長の考えと違う意見を言うと、厄介な事になるので、なるべく変に刺激しない意見を考えていた。
面倒になってきた私は、Amazonのレビューや個人のブログなどの本の感想を見ながら、自分の意見を考えていくようになった。
今ならチャットGPTを利用して感想を作成していたかもしれない。
自分の意見というよりかは「毎週月曜日を無難に過ごすための意見」だった。
自分でも何をやっているんだろう、虚無な時間だと思いながらも、会社を辞めるわけにはいかなかったので、よく分からない感想文の作成を続けた。

限界が来た

よく分からない、興味を持てない世界観に合わせることがしんどくなってきて、結局は心の限界が来てしまった。
一番大事な仕事のこと以外で悩む時間が増えて、休んだ気がしなくなっていた。
社長に「もう付いていけません」と連絡をした。
考え方が違う人間は、会社には置けないという事で辞める事になった。
参加も不参加も自由だと言っていた活動だが、社員は強制参加、社長の中では、稲盛さんの教えについていけない者は会社に必要なし。
会社の打ち出す方針に従えないのなら、仕方ないと結果だと思う。
すぐには辞る事は出来なかったので、当時関わっていた案件が終わった時に退職することになった。

割り切って参加していたら、会社を続ける事は出来たと思う。
だが自分の気持ちには嘘は付けなかった。
社長はともかく、先輩にはとてもお世話になったので、辞める時は寂しくて、思想についていけない自分がとても恥ずかしく思えた。
自分だけ逃げてしまったという感覚が今でも残っている。

都合の良い部分を利用してないか

私は辞めてしまったが、1年後に同じく会社を退職した先輩と連絡を取る事があった。
私が辞めた後、余計に稲盛さんについての勉強会が酷くなったらしい。
コロナ禍になって、会社全体が気持ちの上で余裕がなくなり、より一層閉鎖的な空間が出来上がったそうだ。
ちょうど先輩も仕事でミスをしてしまい、これでもかと稲盛論で吊るし上げ状態になった。
重箱の隅をつつくように追い詰められていく状況。
結局、先輩はうつ症状が出て、会社を休職。
その休職期間中も、これでもかというぐらい先輩を責め立てるメールが届いたという…。
私もメールの一部を見せてもらったが、うつ状態の人に送るメールとしては適切ではなく、あまりにも酷かった。
先輩は会社設立当初から居たメンバーで、会社に貢献してきた実績は勿論あるのに、そんな人にする仕打ちとしては酷すぎた。
その後、先輩は退職。
退職後も色々対応が大変だったと聞いた。
その話を聞いたとき、先輩には申し訳なかったが、私はあの時に辞めて、正解だったと思った。
当時は、自分だけ会社の方針についていけなかった事がとても情けなく思ったが、そんな風に人を追い詰める思想についていけなくて良かったと思ってしまった。

強要は良くない

経営者は私たちが想像する以上にプレッシャーがあって、しんどい立場なのだと思う。
そんな中で会社として事業を成立させて、社員を食わしていく事は大変だ。
自分の精神的な支えとして経営塾のようなものが存在しているのだと思う。
稲盛さんは、たくさんの実績を出された素晴らしい経営者だ。
成和塾も同じように経営に悩んでいる人を助けたい為に設立したのだと思う。
実際に本を実際に読んでいて、参考になる部分はたくさんあった。
素晴らしい教えなのは間違いないが、盲信しすぎるのも、それを他人に強要しすぎる事も、どうかと思った。
それに稲盛さんの教えを守れ、実行しろという割には、最後は稲盛さんの言葉を自分たちの都合の良いように利用しているようにしか見えなかった。
取引先に成和塾関連の会社も居たが、その会社も辞めていく人が多かった。
おそらく同じような事で悩み、退職を選ばれる方が多いのだろう。

経営塾に限らず、自己啓発本、ビジネス本、オンラインサロン、似たようなものがたくさんある世の中だと思う。
自分の生きる目標になるような人が居たほうが生きやすい事は分かっている。
私にだって憧れている人や、こうなりたいと思っている人はいる。
誰でも自分の支えになってくれる居場所や存在は欲しい。
だが、それを他人に強要するのは違うと思う。
結局、自分が何も持ってないからこそ、何かを信じて突き進む人が輝いて見えてしまい「何者かになりたい」という考えになるのかもしれない。

私も良いものがあれば、人におすすめたいタイプなので、この辺の押し付けの匙加減は気をつけなければならないと感じた。

結局は社風に合わなかっただけ

結局、私はこの会社の社風に合わなかっただけだと思う。
解釈違い、価値観の違い、考え方の違い、色々言い訳はできる。
そもそも入社した理由が「実務経験を積みたかったから」なので私にも非はある。
社長も自己肯定感が低そうな人を集めてた節はあるが…。
少ない人間で構成されている会社は、どうしても社長やひとりの人間の影響を受けやすい。
人数が多ければ多いほど多様性を認められる可能性が高くなるが、少なければ、強いものに染まるしかなくなる。
私は自分が「嫌だ」と思えば、とことん嫌になるタイプなので、とても難しい。
なんとなく無難に合わせる事が出来れば、もっと生きやすいのだと思う。
とりあえず、就職する会社を選ぶ時はHPなどを見て、稲盛さんという名前や「フィロソフィ」という言葉がないかはチェックするようになった。
まぁでも実際入社したら稲森さんの本が社内に置いているパターンには遭遇したことがあるので、本当に稲森さんって、あの界隈では人気なんだなぁと思う。

会社は存続しいている

勤めていた稲森教の会社はまだ存続している。
SNSの更新は去年の夏で止まっているので当時の社員は在籍しているのかは疑問だが。
今もあの強烈な勉強会を続けているのかと思うと、そこについていける人間がお世辞抜きに凄い。
求人票の文言から仄かに感じる稲盛さん臭は凄いが、やっぱり好きな人は好きなんだと感じる。
普通に学べば良い塾だとは思うし、盛和塾にも稲森さんにも罪はないが、おたくの塾は塾生にどんな教育してんの!?どないなっとんねん!?とは言いたくなる経験だった。
あそこまで盲信できることが逆に羨ましくも感じる。
あまりその辺は詳しくないし、一緒にしてはいけないと思うが、世のカルト教団もこうやってできていくのだろうなぁと思ったりもした。

この思い出を成仏させたい

自分の中でもこの経験はけっこうトラウマになっている。
今回この出来事を書くことで少しでもあの頃の思い出や気持ちを成仏させたい。
今振り返ると「なんか違う。自分には合わない」と流されずに、途中でNOを言えた自分は偉いなぁと思う。  
そこだけは褒めてあげたい。
適応できなかったのだから仕方ない。
この件で伝えたいことは面接で違和感を感じたら後々に響いてくることと、どうしても従えなければ無理をせず逃げた方が良いということ。
体と頭がおかしくなる前に逃げろ!!
とにかく自己啓発の強要は、ダメ。ゼッタイ。

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