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行政とスタートアップの連動で市民の暮らしをより便利に。「ガブテック」で都市を活性化させる神戸市の取り組み – 前編

明治維新以来、外国との交易の窓口として栄えてきた港町神戸。2020年現在、神戸市は日本中のスタートアップの拠点地域となることを目指し、シリコンバレーのアクセラレーターと連携するなど数々の取り組みを進めている。世界に羽ばたくベンチャーを神戸から生み出すという、この「第2の開港」とも言うべきチャレンジを通じて、神戸市は人々の暮らしをどうバージョンアップしようとしているのか。活動の中心を担ってきた、神戸市役所新産業課の三嶋潤平さんにお話を伺った。(インタビューは、緊急事態宣言前に実施されました。)

神戸市 医療・新産業本部 新産業課担当係長
三嶋 潤平氏
聞き手:大越 裕

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「ガブテック」で行政の課題を解決

―― 三嶋さんは神戸市の新産業課で、さまざまなスタートアップの支援を行っていると伺いました。これまでの取り組みについて教えていただけますでしょうか?

三嶋 はい、現在までに大きな実績が出ている活動に、「アーバンイノベーション神戸」があります。この活動は、神戸市の行政が「こんなことで困っています」という課題や悩みを公開して、それを解決できる技術やサービスを持つスタートアップに応募してもらい、市とベンチャー企業がタッグを組んで解決するという試みです。行政とスタートアップの連携はシリコンバレーで「GovTech(ガブテック)」と呼ばれており、政府(Government)が取り組んでいるさまざまな事業をテクノロジーの力で改革していく方法として、近年大きな注目を集めています。

アプリの力で子育てイベントの集客に成功

――「ガブテック」という言葉を初めてお聞きしました。ネットで調べても2020年4月現在ではまだそれほど日本でメジャーになっていない概念のようですが、非常に面白い取り組みですね。行政とスタートアップが連携することで、これまでベンチャーが進出できなかった様々な領域にイノベーションがもたらされる可能性があると思います。これまでに「アーバンイノベーション神戸」では、どのようなスタートアップとの協業が生まれたのでしょうか?

三嶋 2018年からスタートした取り組みのなかで印象的なのは、長田区でやった子育てイベントの集客がありますね。長田区では以前から、小さなお子さんを持つお母さんをはじめ、さまざまな子育て世代を対象としたイベントが行われていました。
ところが住民アンケートを見ると、「もっと子育てに関する催しを開いてほしい」という声が多かった。つまり、区内でたくさんのイベントが行われていることが住民の方々に伝わっていなかったんです。そのギャップをどうにか解決したい、というのが長田区のまちづくり課の課題でした。

その課題解決に応募してくれたのが、「ためまっぷ」というアプリを開発している広島の「ためま株式会社」というベンチャーです。イベントの主催者がスマホでチラシの写真を撮影すると、アプリにそれがデータとして取り込まれ、ユーザーはカレンダー形式で近くで開催されるイベントの詳細を一覧で見られるというサービスです。

シンプルな仕組みですが、お子さんを持つお母さん方にとって、わかりやすく使いやすいアプリだったので、多くの人が活用してくれるようになりました。それ以前は、公民館や区役所にチラシを置くぐらいしか告知の方法がなかったので、イベントの対象者に十分な告知ができていなかったのが、「ためまっぷ」アプリによる告知を始めたところ、爆発的にイベントの参加者が増えたんです。

―― それはすばらしい!でも、ためまっぷの存在を知らないお母さん方に、どうやってこのサービスを広めたんですか?

三嶋 まさにそれが、このプロジェクト成功のポイントでした。「幼いお子さんがいるお母さんたちが、一同に集まる機会はなんだろう」と考えて、乳幼児健診に来てくれた際に、ためまっぷを「こんなアプリがあるのでぜひ使ってみてください」と、行政の職員が紹介したんです。乳幼児健診は、対象年齢の子を持つ親御さんがほぼ全員参加しますので、絶好のPR機会となりました。

行政とベンチャーの連携で7割の課題を解決

―― なるほど! 今のお話を聞いて思ったのですが、市民に役立つ良いサービスを持っているベンチャーと、行政が連携することで、私企業ではアプローチが難しい層にプロモーションができたり、サービスを届けることができるわけですね。

三嶋 まったくそのとおりです。スタートアップもビジネスを拡大できますし、市役所の業務も改善されていく。結果として市民の方々の暮らしも豊かになる。みんなが幸せになる、ガブテックは「三方良し」の取り組みだと自負しています。

―― これまでに何件ぐらいアーバンイノベーション神戸の取り組みは実施されているのでしょうか?

三嶋 件数でいうと、30件ですね。そのうち課題の解決率はだいたい7割です。

―― 7割とはすごい。成功とみなす基準は何かあるのでしょうか

三嶋 プロジェクトごとに成功基準は違うので、当初考えていた課題が解決したプロジェクトをカウントしています。失敗の場合ははっきりとわかりますからね(笑)。このプロジェクトの発展型として私たちは、「アーバンイノベーション神戸+『P』」という活動も行っています。「P」は「プロポーザル」、すなわち「提案」の意味です。私たちが課題を出すのではなく、まず最初にスタートアップの側から製品やサービスのシーズを提案してもらい、それにマッチしそうな行政の課題と組み合わせるという取り組みになります。

スタートアップからの売り込みも歓迎

―― なるほど、そちらではどのような事例があるのでしょうか?

三嶋 たとえば「mobby」という電動キックボードのシェアリングサービスの実証実験を、神戸港に面する広い公園「メリケンパーク」でやってもらいました。電動キックボードは現在、道路交通法の規制で公道を走ることができませんが、日常生活や観光時における移動の利便性向上につながる交通手段の一つとして期待されています。神戸市は広い公園が多いので、そうした新たなモビリティの実験場としても活用してもらえると考えたことから始まったプロジェクトです。

また「Lynks」というスタートアップと協力して「こども服のお下がりサービス」の実証実験を行ったこともあります。成長して着れなくなった服を、よその家庭の子と無料で交換できるというサービスです。その交換イベントを六甲道の児童館でやったところ、多くの市民が参加してくれて、とても好評でした。

昨年から神戸市の「広報紙KOBE」は、レビューツールの「Brushup」を全面的に導入して制作を行うようになりましたが、それもこの「アーバンイノベーション神戸+P」に応募してくれたのが縁で、採用が決まっています。Brushup は使い勝手がいいので、神戸市の評判を聞いて兵庫県の他の市でも検討が始まっているところです。

―― 聞けば聞くほど、行政とスタートアップの連携可能性を感じる取り組みですね。同様のプロジェクトを実施している自治体は、国内で他の地域にもあるのでしょうか?

三嶋 やっているところはありますが、ガブテックの実践に関しては神戸市がトップランナーだと思います。我々の取り組みを聞いて「自分のところもやりたい」とコンタクトをとってくれる自治体が増えており、兵庫県内では、芦屋市と姫路市がすでに参加をしてくれています。2020年度からは他府県の自治体も参加することから、「神戸」を外して「アーバンイノベーションジャパン」という名前で全国展開を本格的に行います。独自にガブテックに取り組む自治体さんが増えることで日本が活性化しますし、神戸が作ったプラットフォームを利用してくれる自治体が県外に増えていくことも大歓迎ですね。ガブテックが大きなムーブメントとなり、日本全体の課題を解決していければと思います。

日本全国にガブテックを広げたい

―― 地域ごとにそれぞれ異なる、いろんな課題があるでしょうからね。都市部特有の課題もあれば、農業や漁業などの第一次産業の課題、空き家問題など、さまざまなテーマが考えられそうです。ちなみに応募できるスタートアップは神戸市内にオフィスを置いている企業に限っているのでしょうか?

三嶋 いえ、日本全国どこのベンチャーにも門戸を開いており、海外のスタートアップでも応募が可能です。この取り組みに関しては神戸市長の「神戸ほどの規模の都市の産業振興のあり方としては、人材や技術を地域に閉じ込めるのは了見が狭い」という考えのもと、日本全体に良い影響を与えることを目標にスタートアップ支援を行っています。これからの都市間競争におけるベンチャーの重要性を、市のトップ層がしっかり理解しているのが、神戸市の取り組みが先進的である大きな理由と感じています。市長は「神戸市をテクノロジーの実験都市にしたい」とも話しており、非常にスタートアップ支援に前向きです。

―― 自治体の事業でありながら、神戸市という地域の枠組みにとらわれていないわけですね。

三嶋 はい、神戸の市民全体の暮らしが豊かになることは大前提ですが、参加するスタートアップには神戸をスプリングボードにして、世界に羽ばたいてほしいという思いで取り組んでいます。短期的な成果よりも、神戸との連携をきっかけにスタートアップがすごい成功を収めたら、いずれ神戸に戻ってきて還元してくれるだろうという長期的な投資です。安藤忠雄さんがこどものための図書館を神戸に寄贈したいと提案を頂いていますが、そんな形で「神戸への恩返し」をしてくれる企業が未来に生まれることを願っています。

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写真提供:一般財団法人神戸観光局

(後編に続く)


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