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魔女エスケレード・ポードリ

■エスケレード・ポードリ
ポルトガル出身

エスケレード・ポードリは、
やっぱり魔女の集会に所属はしていたけれど、
それはとても小さな規模のもので、
若い魔女であるポードリは、
そのコミュニティに入ったばかりの新入りだった。
とはいえ利発で、要領の良いポードリは、
そのコミュニティの中でそれなりに努力して、
自分のやるべき事、
やっておいた方が周りの魔女達に好感が得られるような事
(つまり、それもやるべき事だ)をすっかり覚えて、
二年目の今ではすっかりコミュニティの一員となっていた。
要は、もうすっかり彼女は
クラブ・ド・ビッチョ・ダ・セーダの一人前であり、
最早、どんな魔女も、ポードリに仕事を教えるべき事は無かったのである。
だけれど小さい魔女集会とはいえ、古株の魔女には
まるで棘の抜けた巨大なホーショウニの様に、
相当に歳を取ったガマ婆さんがいて、
この年寄りは大先輩としてコミュニティで敬われていたし、
他にも、そこそこ年季の入った老魔女達が、
若い魔女達から慕われ、優美に振舞っていたので、
一番、最後にクラブに入ったポードリは、
何年経っても、どんなに利発に動いても、
一番下っ端の、最も下働きの存在のままだった。

「思う所があるのかい?」
そんなある日、コミュニティにいつも出入りしている
オレンジ売りの男がポードリに話しかけてきた。
この男も、多分、ガマ婆と何かの縁があって、
いつもこのクラブにオレンジを売りに来るのだが、
そもそもここは魔女の集まりなので、
オレンジはそんなに要り様ではないのだ。
赤いザリガニ(英国人)共じゃあるまいし、
呪術にオレンジはそれ程使わない。
それでも男はよくやって来て、
売れなかったオレンジを無料で分けてくれたりする。
実に奇特な奴だ。
ポードリは言った。
「ああ、あたいはこんなに優秀で、
最早一人前の邪悪な魔女だと言うのに、
今でも糞婆共に新人の様に気を使わないといけない。
いやいや、そうさ、
下っ端はどんなに歳取ろうが、
一度頭を下げた、そいつの前では一生下っ端だからね。
だって、そいつも同じだけ歳とるから。
ああ!!私も先輩と呼ばれて尊敬されたいものだけど、
今日もミニョッカ(蚯蚓)を探すのも、
めんどくさいギターラの弦を巻くのも、私の役割だ!!
先輩達はなんて優雅で、勝ち誇った様に振舞うのだろう。
人生をなんて使いこなしているのだろうね。
特にガマ婆ときたら、どんな邪悪な魔女も、
皆一目置いて気を使うのだ。
まさに大物というやつだな。」
オレンジ売りは、クラブの部外者だからというのもあり、
彼女は言いたい放題にぶちまける。
唯一、彼女が下っ端から抜け出す方法があるとすれば、
新しい新入りがこのクラブに入って来る事だったが、
途方の無い田舎であるこのコミュニティには、
新入りはなかなか入ってこないし、
古株の魔女達も一向に辞めるは気配は無かった。
要するに変わらないのだ。
田舎とはそういうものだ。
このまま。
ポードリは一番下っ端のまま。
いっそ、このクラブを飛び出して、独立してしまうという手もあるが、
他所の国のポリリャだの、ウエソ・デ・ペロだの、
インクランの様な大物魔女ならいざ知らず、
そんな恐ろしい連中が飛び交う外の世界を、
一人で魔女として生きる自信は彼女にはなかった。
オレンジ売りは言った。
「オレンジを喰いなよ。元気が出るぜ。まずはそれからだ。」
言われた通り、彼女はオレンジを食べ、確かに少し元気を取り戻した
(悪の組織で、こいつなにやってんだ?とも、若干思ったが)。

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それからも彼女はそのコミュニティの中で努力したが、
先輩達がいなくなる事も(いっそ死んでほしいが、
不死である可能性もある)、
初々しい後輩が入ってくる事もなく、
彼女は日に日に自分が惨めな存在に思えてくるのだった。
他者に気を使うのはいつも自分で、
気を使われ、尊敬され、頼りにされているのはいつも先輩達なのだ。
「自分は絶対にああはなれないのだ」
とポードリは思う様になった。
そもそも、なれるとも思えない。
自分は先輩として振舞えるだろうか?
否だ。
これは結局は入った順番や年季の問題ではない。
自分がそんな素晴らしい存在では無いのだ。
ガマ婆の様な、あんな優美に杖を振るえる存在では元々ない。
闇というのは、虫が這い回り、惨めなものだが、
自分はその闇の中で、さらに最下位なのだ。
そう思うと、彼女はどんどん自分が嫌いになり、
哀しい気持ちになり、先輩魔女達に憧れながらも、
同時に嫉妬し、憎む様になっていってしまった。
その間も例のオレンジ売りは出入りしていたので、
時には彼に愚痴をこぼし、やはり男は
「オレンジを喰いなよ」
とポードリに薦めるのだった。
「アンタは気楽でいいね」とポードリが嫌味を言うと、
「いや、俺だって人生が大団円という訳じゃないぜ。
手足は痛むしな。
まぁ、持病みたいなもんだ。」
と、ボソッとつぶやいた。

そんなある日、ある悪魔がコミュニティに用事があって、訪れて来た。
それはとても素敵な素敵な悪魔だったので、
ポードリはすっかりのぼせ上ってしまった。
何しろ、その悪魔は蟹の姿をしていたのだ!!
蟹ほど、この世で素晴らしい者がいるだろうか?
蟹には聖フランシスコだって敵わない。
蟹は地獄の鎧の様に厳めしいし、色艶も抜群だ!!
鋏はギザギザしていて、善人を切り刻む事ができるし、
甲羅の棘はキリスト教徒だって痛がるだろう。
何より茹でても美味しいし、焼いても美味しいじゃないか!!
そんな訳で、ポードリは何とかして、
その悪魔が自分に気が付いて、
自分の名前や顔を憶えてくれないだろうか、と願った。
しかし、蟹はそんなに気の利いた生き物ではないので、
やはり、下っ端である彼女には気づかないで、
何よりガマ婆さんや、コミュニティのリーダーである
スルル・ジ・カポテに最大の敬意を払い、
いつの間にかオレンジ売りまで一緒になって、
彼女達の魔力や悪事を賛美し、讃えるのだった。
その時、ポードリは本当に心底、自分が嫌になり、
同時に先輩魔女達が憎くなった。
そして、こんな事を思った。
「最早、魔力だけなら私の方が上なんだ。
鶏を鳴かせない術だって、先日憶えたばかりだ。
いや、それは別にここでは役立たないが、
いっそ、この場で婆共を殺してしまおうか?
そうしたら、そうしたら・・・」
そう、それはポードリがずっと以前から、
うっすらとは考えていた事であった。
「自分がガマ婆の持っているものを全て持てるのだろうか?」
そして、その時、ポードリは自分が求めているものが、
決して悪魔ではない事に気が付いた。
「そうだ・・あたいはガマ婆の様な、
人に気を使われる、大切にされる自分が欲しいんだ。」
そう知った瞬間、ポードリは泣き出してしまった。
恐らく、この惨めな号泣は不可避であり、
実行は不可能なのだ。
なぜならそんな自分が想像つかないし、
そんな自分になれるとも思わない。
ただ、そんな夢の残骸の様に憎悪だけが募っていく。
それが魔女だというのなら勝手にすればいい。
だが、所詮、情けない三流魔女だ!!
周囲の魔女達は泣き出した彼女に驚いて、
訳も分からず彼女を慰め、彼女の為にお菓子を作ったり、
蟹を鍋に入れて、振舞ったりした。
すると彼女もようやく落ち着きを取り戻して、
下っ端ではあっても、
決してこのコミュニティで
粗末に扱われた訳ではない事を思い出した。
それでも彼女は聞くべきだと思った。
魔女の世界の格言だ。
[解ける呪いなら解いておいた方がいい。
それが人生という呪いでも。]
彼女はガマ婆に言った。
「あたいが下っ端ではなく、
アナタの様に振舞える魔女になる事は出来るのだろうか?」
すると、スルルも、他の魔女も、鍋に入った蟹も、
ガマ婆までもが笑い出した
(事情を知っているオレンジ売りは、微笑んでいたが)。
「私の様になりたいだって?
そりゃ、恐ろしい程、長い年月、
このクラブにいなきゃならんねぇ。」
ポードリは答えた。
「やっぱり、耐えないとね。」
するとガマは言った。
「耐えるとしたら我々は一生涯、永遠にさ。
私も昔は下っ端だった。
何人かの同年代の魔女達と、このクラブに入ってきた。
だけど、ありがたい事に、
中でも私はとびっきり才能がない魔女でね。
何百年も何も変わらなかった。
他の魔女達は次々と、もっと大きな魔女の世界へ出て行ったり、
魔女を辞めてポルトガル王家に仕えたり、
自分を見つけて、次の世界へ旅立っていったりしたのにね。
そうして、何処にも行けない、
こんな田舎の哀しい魔女のクラブに、
何もなかった私はずっと置いていかれた。
時間からも忘れられる程にずっとね。
後輩の魔女達は、そんな私を憐れんでね。
とっても大切に、気を使ってくれるのさ。
ほら、悪党にも、説得力がないだけで、
哀れみってものはあるからね。
結局ね。
威張る者は、威張るだけの代償を
払っているだけなんだよ、ポードリ。」
ポードリはただ茫然と話を聞いていた。
ガマ婆が、ただ何処にも行けずに、
このコミュニティで置き去りにされた存在だって?
彼女がそんな哀しい存在だというのなら、
自分には今度は何処に憧れればいいのだろう?
自分が地の底に埋もれた哀しい存在だと思い、
その真逆の優雅な場所にいる魔女達を羨んでいたのに、
その場所の頂点にいる者もまた哀しいというのなら、
まさに耐えるとしたら一生涯だ。
そうだと言うのなら、何処に行っても耐えるだけなのだ。
人は耐えて振舞うのだ!!優雅に!!

やがて陽が登り、その晩の集会は終わったが、
ポードリにはもう哀しい気持ちも、憎しみも、羨む気持ちも無かった。
ただ、目的を失い、茫然と町の大通りを歩いていた。
教会の前を通ると、熱心なキリスト教徒が
十字架のイエス(受難像)に向かって祈りを捧げていた。
「ああ!!イエス様!!
どうか貴方の御座します楽園に私を導いて下さい!!
貴方のその光で盲目の我らを導き下さい!!」
ポードリは言った。
「アンタの言うそのイエス様は、
十字架に架けられているじゃないか!!
磔にされて!!
十字架に架けられている者が楽園にいるというのなら、
アンタやあたいだって楽園にいるさ。」
そう、つい言ってしまって、彼女ははっとした。
キリスト教徒は憤慨して言った。
「魔女め!!
お前に何がわかる!!」
だけどポードリはもう彼を振り返る事はなかった。
彼女は不思議と、とても清々しい気分だった。
キリスト教徒はまた祈り始めた。
その時、ふとオレンジの香りがして、
十字架のイエスが、
ポードリに向かってウインクをした気がした。
それは勿論、気のせいに過ぎなかったが、
ポードリにはわかった。
「ああ、アンタはそうやって
我々にオレンジを配り続けているって訳だ。
自分のいる場所から。
いるべき場所から。」
日陰には虫が。聖者には聖痕が。賢者には孤独が。
痛みのない場所などあるまい。

ポードリはもう迷わなかった。
「耐えてみせよう。
耐えるとしたら我々は一生涯、永遠にだ。」
そう言って彼女は喪服を羽織り、
自分の夜を待つ為にねぐらに歩いていった。



スペイン・オペラ楽団「墓の魚」
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