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あのたび -ホイアンとビアホイ-

 仲良くなった旅仲間が、1人2人とチェックアウトしてビンジュオンホテルを去ってゆく。南から来た者は北のハノイへ。またある者は国境を越えて西のラオスへ。みんな行く先はバラバラだ。20003年当時スマホはないので、出会いは一期一会だ。

 ボクも快適だったフエのビンジュオンホテルから出発することにした。次の街はバスで4時間ほどのホイアン。ベトナム戦争の中でも壊れずに残った歴史的建築物が残る港街。江戸時代に日本や中国と交流があったのでその雰囲気が街中に感じられる。日本橋といわれる屋根付きの木造橋は、日本が改修に協力した。
↓参考動画:ホイアン

 提灯の明かりが灯され、夜ライトアップされた街や王宮が綺麗だ。古民家を改修したような宿に泊まったが1泊9$。シングル2泊で9$と交渉したつもりだったがうまく言葉が通じなかった。今思えばたいした額ではないのだが、これまでベトナムではドミトリータイプで2~3$で泊まっていたので高くつく。しかも蚊が多い。
 東南アジアでは安宿に泊まると蚊に悩まされて眠れないことがよくあった。そういう時は蚊取り線香を買ってきてつけながら夜を過ごす。無い時は長袖長ズボンを履いたままタオルをかぶって寝ていた。エアコンはないので蒸し暑く不快である。日本では見なくなった蚊帳つきの部屋に泊まったこともあった。

 宿はハズレであったが良いこともあった。フエで温泉ツアーに一緒に行った大阪出身の女の子2人組も同じ宿に居たのだ。先に到着していた彼女たちはすでに街を探索していて、旨い路上の店に誘ってくれた。その店ではビアホイ(ベトナム風生ビール)とお好み焼きっぽいものとつくねの春巻きなど色んなものを食べたが、どれもめちゃくちゃ美味しかった。夜でも暑いので酒がうまい。隣にある真っ暗な魔境っぽいトイレは怖すぎて使えなかったが。

 宿に戻ると、元気な彼女たちは「あとで私たちの部屋に来ない?」とお誘いしてくれた。飲み足りないのか遊び足りないのだろうか。しかしボクはシャワーを浴びたら疲れてそのまま寝てしまった。
その日のことを今でもかなり後悔している。

 次の朝起きると、彼女たちはせわしなく荷物をまとめて宿を出ていく所だった。ベトナムのビザが切れていて急遽出国しなければならなくなったという。どうしたらいいかわからないので、日本語が通じるビンジュオンホテルに電話をしたら、なんとかしてあげるからフエに来なさいということになったとのこと。

 北から南へという同じルートを旅していただけに、もう少し彼女たちと一緒に移動できたら楽しかっただろうという希望はあっさりと崩れた。その後彼女たちにに会ってはいない。

 もはやホイアンに滞在する理由はない。夜の蚊の攻撃から逃げるように次の街へ出発した。

ベトナムルート

(つづく)


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