学校法人ガバナンス改革の動向と考察②

 本記事は、次の記事の続編である。前回は、私立学校法を参照しつつ、現在の学校法人のガバナンスの在り方や問題点を整理した。今回は、学校法人ガバナンス改革会議が、文部科学大臣に提出した「学校法人ガバナンスの抜本的改革と強化の具体策」(以下、報告書と呼ぶ。)において、学校法人のガバナンスをどのように改革しようとしたのかを整理するとともに、学校法人関係者がこの報告書の何に反対したのかを見ていくこととする。

報告書が提出されるまでの経過

 前回、学校法人ガバナンス改革会議は、「日大問題を始めとした学校法人の相次ぐ不祥事があり、それへの対応として」議論が進められたと述べた。それは間違いではないが、別の文脈もある。それは、社会福祉法人の制度改革や公益社団・財団法人制度改革を踏まえ、学校法人もそれに足並みを揃え、ガバナンスを強化することである。

 2019 年6月に閣議決定した「経済財政運営と改革の基本方針2019」でそのような方向性が示されたことを受け、2020年1 月に「学校法人のガバナンスに関する有識者会議」が設置され、2021年3月に「学校法人のガバナンスの発揮に向けた今後の取組の基本的な方向性について」が報告されている。そして、さらに、議論を深めるために設置されたのが、学校法人ガバナンス改革会議なのだ。では、そこではどのような改革の方向性が示されたのであろうか。早速見ていこう。

報告書の基本方針

学校法人経営は「評議員」による学校法人の業務の基本方針の決定の役割と、「理事・学長等」の業務執行の役割 、「評議員・監事・会計監査人」による監視・監督の役割を明確にしたガバナンス体制を確立することが求められる。

 報告書には様々な改革案が提示されているが、この一文に改革の方向性が全て示されている。前回、現状の「評議員会」は諮問機関であることを確認した(議決機関とすることは制度上は可能)。しかし、この一文において、評議員には、「学校法人の業務の基本方針の決定」という重大な役割が割り振られている。このことは、学校法人関係者、特に理事者にとっては、「改革」というよりは、「革命」と見えたかもしれない。これまで私立学校法では規定されていなかった「会計監査人」を明記するという意図もこの一文から読み取れるが、そんなこと霞むほどには、評議員の位置づけの変更のインパクトは大きい。

評議員の位置づけ変更

 評議員・評議員会の位置づけ変更の主だったものは、次の5点となる。()内が、当該論点に対して現状の在り方である。

  1. 評議員を最高監督・議決機関とする。(評議員は原則、諮問機関である。)

  2. 理事会・理事による評議員の選任と解任は認めない。(寄附行為次第であるが、法律上は出来る。評議員の権限が弱すぎて解任する必要すらなかっただろうが。)

  3. (評議員の)解任権限は評議員会に認める。(2と同)

  4. 評議員の現役の理事や職員との兼任は認めない。(認めるどこから私立学校法上、兼任が制度上要請されている。)

  5. 理事・監事の選任・解任は、評議員会が行う。(理事は、寄附行為次第ではあるが、多くは理事会に決定権がある。評議員会はあくまで諮問機関のためその権限はない。監事は、評議員会の同意を得て、理事長が選任すると規定されている。)

 特に、1と4と5のインパクトは大きい。前回、学校法人は、理事長・理事・理事会の上位の審級がないがゆえに、かれらが暴走した際に、それを抑止する機能が圧倒的に弱いと述べた。この改革案においては、評議員会が議決機関であり、かつ、役員の選任・解任権を持つという意味で、その位置についている。だから、この改革案は、諮問機関であった評議員会が、株主総会の位置に置かれたという意味で、革命的なのである。

 また、5のとおり、評議員会に、理事の選任・解任権があるということは、明言されていないが、基本的には一理事である校長や学長も、評議員会が選任・解任できる(すべき)ということを意味する。前回述べた通り、大学は、学長を教職員等の選挙で選んでいるところが少なくない。5の規定の裏には、学長≒事業部長は、本来、経営者が選ぶべきだという思想を読み取ることが出来る。この点において、お題目としての「教学自治」とガバナンス改革は明確に対立している。

評議員の選考の在り方

 ここで問題になるのは(というより、実務レベルで困るのは)、「誰が」「誰を」評議員として「どのように」選ぶのかという問題である。上からの命令で革命が興ろうとしている。しかし、そこに座る「評議員」が、具体的な顔を持った存在としていないのである(4の通り、理事も教職員も評議員を兼任出来ない)。

 報告書においては、次のような記載があるのみである。

評議員を選定するための諮問委員会を設置することが望ましい(選任・解任の透明性を担保するため、選定理由及びプロセスの公開を求める)。

 少なくとも、報告書においては、例えば現行のように「25歳以上の卒業生」といった積極的な定義はなく、「理事や教職員と兼任は出来ず(つまり、学外者から選ばれるべき)」、評議員を選任するための「諮問委員会」を設置した方が良いといった記載しかない。まるで、否定神学のようである。おそらく、学校経営に精通した者や、企業の経営者、弁護士、公認会計士、卒業生などを想定しているものと思われるが、明記がないということは「私学の自主性」に任せるということなのだろう。

 報告書には、そのほか「寄附行為」は「定款」と呼ぶべきなど、私学人に喧嘩を売るような内容も含んでおり、興味深い論点はいくつもある。しかし、挙げだすと議論の焦点がぼやけるため、報告書の整理はここまでとし、この報告書に対する学校法人関係者の反応を見ていこう。

反対声明の論点

 前回の記事で述べたとおり、日本私立大学団体連合会と日本私立短期大学協会が連名で、「学校法人のガバナンス改革に関する声明」(以下、声明と呼ぶ。)を出し、この改革案に対して真向から反対をした。論点は次のとおりである。

  1. 2020年4月に私立学校法は大幅に改正されたばかりであり、この法改正の是非の検証がなされぬうちに、新たに大幅な改正を行うことは、拙速に過ぎる。

  2. 審議会(大学設置・学校法人審議会)の議を経ることなく、また教育現場関係者の声を反映させることなく、今回の議論は進行したため、学校法人ガバナンス改革会議の報告書には正当性がない。

  3. 評議員会を株主総会と同一視するのは合理性にかける。なぜなら、私立大学における最大のステークホルダーは、学生とその保護者であるが、彼らとの接点を持たない学外評議員には教学の責任が取れず、学修者本位の教育環境は破壊されるからだ。

  4. 評議員が主導権を握りすぎると、理事会と評議員会との主導権争いが勃発し、教育研究の健全な発展を阻害しかねない。

 論点1、2は、(特に1は)手続上、重要な論点ではあるが、あくまで形式的な話のため、深堀りはしないでおこう。3、4から感じるのは、学外者を排除し、象牙の塔に閉じこもろうとする日本の大学教員の内向き姿勢であろうか。3の主張は、(論理が飛んでおり驚くばかりであるが)現在、学修者本位の教育は成立しているという前提に立っている。

 しかし、ガバナンス改革の推進側は、「教職員の選挙で学長を選んでおり、講師に昇格した(または講師として採用された)段階で、終身雇用が保証されるような」ぬるま湯的私立大学の現状においては、「学生のための教育」はお題目とならざるをえず、学修者本位の教育は成立していない(教員のための教育に成り下がっている)というスタンスなのであろう。このように整理すると、この対立は、ガバナンスの問題であると同時に、現状の私立大学を良しと見るか、まだまだダメだと見るかという私立大学の評価の問題とも理解することが出来る。

 私学で働く人間として、この声明に対して、心情的には、理解できる点もある。しかし、評議員や監事が理事会を牽制できずに、不祥事を多発させてきた学校法人関係者が、現状を肯定し、改革案を全面的に否定するという姿勢を示すことは、道義的に良しどできるだろうか(この声明を出した日本私立大学団体連合会の加盟校には、日大も含む)。私なら恥ずかしくてそんなふるまいは出来ない。なお、この声明は、一応、次の対案を提示してはいる。

理事会が暴走した場合には、それを止める仕組みも必要です。学外の監事が、理事会と評議員会の双方にアドバイスし、監事の意見に沿って、評議員会と理事会が相互にモニターすることで、互いに暴走を止める機能を備えた仕組みを構築することを提案します。

 この記載内容で果たして、理事会の暴走は止まるだろうか。もちろん、この声明の執筆にあたった関係者は不祥事に手を染めてはいないであろう(そうあって欲しい)。しかし、錆は身から出ている以上、このほとんど現状と変わらない提案で社会は許してくれるのだろうか。よくよく考える必要があるように思う。

第三章(私立学校法改正法案骨子とまとめとしての考察)へ

 本記事では、ガバナンス改革会議の報告書を読み解くとともに、その報告書への反対声明の中身を見てきた。次の記事(第三章)では、このような経緯を経て、最終、私立学校法の改正法案は、どこに着地したのかをまとめたうえで、学校法人のガバナンスは如何にあるべきか、私の意見を述べることとしたい。


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