学校法人ガバナンス改革の動向と考察①
日大の不祥事は記憶に新しく大いに世論を騒がせたが、校舎移転計画の進行過程で横領事件に発展した明浄学院事件や、理事長が不正支出を行っていた嘉悦学園の事件など学校法人の不祥事は挙げだしたらきりがない。学校法人は、設置学校の運営にあたり、補助金を受けることが出来るだけでなく、学校業で計上した利益(利益という概念は存在しないが)に対して法人税を納める必要がなかったり、固定資産税を納める必要がなかったりと二重に便益を受けている。これは、教育が、教育を享受する個人やその家族の利益となるだけでなく、「公益」として機能すると、日本社会が(一応)認めているからに他ならない。
これらの不祥事は、学校法人が享受している「便益」の存立根拠を揺るがしかねない(自分が、あくせく働き、その結果として納めた税金が、学校法人の理事長の私腹を肥やす一助になっていることを想像してみよ)。そして、文部科学大臣が認可することでその存在が保証されている私立大学、その不祥事は、そのまま教育行政に責任追及が及ぶことを意味する。
このような経緯もあり、2021年7月から11月の5ヵ月にわたり、学校法人ガバナンス改革会議が、執り行われ、同年12月に「学校法人ガバナンス改革会議報告書」が文部科学大臣に提出された。しかし、この動きに対して、学校法人関係者からすぐさま待ったがかかった。日本私立大学団体連合会と日本私立短期大学協会が連名で、「学校法人のガバナンス改革に関する声明」を出し、この改革案に対して真向から反対をしたのだ。
この反対表明を受け、2022年1月に、大学設置・学校法人審議会学校法人分科会に「学校法人制度改革特別委員会」が設置され、同年3月に「学校法人制度改革の具体的方策について」が取りまとめられた。そして、同年5月に、文部科学省が、「私立学校法改正法案骨子」を発表するに至る。後ほど詳述するが、この骨子は、当初の報告書の目指したところからすると、2歩、いや3歩後退している(もちろん、受け取り手によっては前進であるが)。これが今回の騒動の大まかな流れである。
今回は、①高校や大学など設置校(私立学校)を運営する学校法人のガバナンスは現状どうなっているのか②学校法人ガバナンス改革会議はこの現状をどう変えようとしたのか、③学校法人関係者は、この改革案の何に反対したのか、④その反対の結果、私立学校法はどう改正されようとしているのかを順に整理し、⑤最後にあらためて学校法人のガバナンスは如何にあるべきかに関する自身の見解を述べたい。(本記事では①まで)
学校法人における役者と舞台
「学校法人」とは、私立学校法を設立の根拠とする法人であり、「私立学校」の設置を目的とする法人である。逆に「私立学校」とは学校法人の設置する学校のことを言う(私立学校法第2条第3項及び第3条)。学校法人の設立にあたっては、「寄附行為」を定める必要があり、これがガバナンスの根幹となる(同第30条)。なお、この寄附行為は、企業で言うところの「定款」にあたり、私人が私財を叩き(国に寄付し)、学校業を始めた(という神話)からそう呼ばれている。
この寄附行為で置くことが義務づけられている重要な役者は、「理事」(および理事長)と「監事」と「評議員」の3役である(理事と監事を合わせて役員と呼ぶ)。そして、その舞台であるところの会議体は、「理事会」と「評議員会」である。
理事会の役割は、「学校法人の業務を決し、理事の職務の執行を監督する」ことにある。そして、その構成員である理事長は、法人の代表権を有し、業務を総理し、理事はその理事長を補佐する。ゆえに、理事会は執行機関であり監督機関である。続いて、監事の業務であるが、学校法人の「業務を監査」(教学監査を含む)したり「財産の状況を監査」したりすることにある。一方、評議員会は一般に「諮問機関」と呼ばれ、基本的には、「予算や事業計画(中期計画含む)」、「借入金や資産の処分」、「寄附行為の変更」など法人運営における重要事項に対して、理事長に意見を述べることしか出来ない(ただし、寄付行為に定めれば、以上のことに関し、議決機関とすることも可)。評議員会が「諮問機関」に留まること、これが一つ目の重要な論点となる。
一般に、学長や校長は、組織のトップのように受け止められがちである。私立学校という単位で見たときそれは間違っていないが、学校法人という単位で見ると、それは間違いである。学校法人のトップは理事長であり、学長や校長は、理事会を構成する一理事に過ぎない(複数の私立学校を設置する法人においては、学長や校長が理事でない場合もある。また、学長が理事長を兼務しており、学長=理事長の法人もある)。株式会社に無理やり当て込むと、理事会が取締役会、理事長が取締役社長(CEO)、学長や校長は、事業部長と言えるかもしれない。
そして、学校法人は、株式を発行しているわけではないため、「株主」や「株主総会」という理事会≒取締役会の上位の審級がない(つまり、理事会のほかに、理事長・理事を解任出来る者がいない。)ことも、ガバナンスを考える上で、重要である。つまり、理事会や理事長が暴走した際に、それを止める機能が、圧倒的に弱いのが学校法人なのである。
役員の選任根拠
次に、役者の「選考」を見ていこう。ガバナンスを考える上で、「誰が」、「誰から」、「どのような手続き」によって選ばれるかは非常に重要である。まず、理事長であるが、私立学校法では「理事のうち一人」を理事長とするとしか規定されていない。一般的には、理事会での投票で選ばれることがほとんどである(教職員の選挙で理事長を決める法人もあると聞く)。続いて、理事であるが、これは、私立学校法第38条第1項に規定され、次の3つに分類される。①当該学校法人の設置する私立学校の校長(学長および園長を含む。)、②当該学校法人の評議員のうちから、寄附行為の定めるところにより選任された者、③そのほか寄附行為の定めるところにより選任された者。(なお、監事は、私立学校法第38条第4項において「評議員会の同意を得て、理事長が選任する」と規定されているが、今回は深堀りしない。)
ここでは、「理事又は監事には、それぞれその選任の際現に当該学校法人の役員又は職員でない者が含まれるようにしなければならない」とあり、企業で言うところの「社外取締役」が制度化されていることを確認しておきたい。
学長の決め方
ここで、私立学校法および寄附行為の外に出るが(だから、今回の学校法人ガバナンス改革の議論においても論点の外にある)、理事として役職指定されている私立学校の校長、その中でも、私立大学の学長はどのように選任されているのかについて言及しておきたい。驚くことに、多くの大学は、学長を「教職員等による選挙」によって決めているのだ。
会社員の方は、自分の会社の事業部長≒学長が、従業員の選挙で選ばれることを想像できるだろうか。(良し悪しは別にして)これが学校という組織の特殊性を端的に示している。私企業において、従業員の選挙で選ばれるのは労働組合の書記長くらいではないだろうか(もちろん、労働組合は企業の外に存在する組織であるから厳密に言えばそんな決め方が通用するポストは存在しないだろうが)。だから、学長は「より良い教育を提供する」という大学本来の目的ではなく、「教職員のため」にその権限を行使しがちであり、そうでなくとも、教職員に厳しい判断を下すことは稀である。
評議員の選任根拠
続いて評議員を見てみよう。私立学校法第44条に規定され、次の3つに区分される。①寄附行為の定めるところにより選任された職員(教員・事務職員含む)、②寄附行為の定めるところにより選任された25歳以上の卒業生、③その他寄附行為の定めるところにより選任された者
一見して分かるとおり、広い意味では、組織の内の人間であり、それゆえ、理事会の意に反する意見を述べ、理事会を牽制する役目を引き受けるには、役不足ではないだろうか。
例えば、寄附行為の定めるところにより、設置する大学の学部長が、評議員だとしよう。評議員会において(一理事である)学長が提起する予算案に対して異議を唱えることは果たして可能だろうか。本来、異議があれば、大学内で調整を済ませておくのが筋である。組織のトップである理事長がいるところで、ボス=学長に反旗を翻すことは謀反と受け止められかねない。
その意味で、評議員に学外者を選任する義務が規定されていない点にも注意が必要である(もちろん、卒業生は、理事長から給料を受け取っていないという意味では学外者であるが)。
また、理事と評議員を兼ねることが出来る点も重要である。私立学校法第38条第1項第2号に、理事となる者として、「当該学校法人の評議員のうちから、寄附行為の定めるところにより選任された者」とあることを思い返そう。少なくない人数が、理事会と評議員会の両方に出席している状況で、評議員会において、理事会の意向にノーを突き付けることは、どの程度、可能なのだろうか。こういった状況で諮問機関としての機能を果たせるのだろうか。甚だ疑問である。
第二章(学校法人ガバナンス改革会議の狙い)へ
これが、ざっくりと整理した現在の私立学校法の規定と、学校法人のガバナンスの現状である。なかなかに問題含みな組織体ではないだろうか。整理するにあたり、「評議員会」に言及する箇所が多かったのは、今回のガバナンス改革の主要な争点が、「評議員会」にあるからだ。本記事はここまでとし、学校法人ガバナンス改革の議論の展開については、次の記事にまわすこととする。そこでは、「評議員会」はどう扱われているのだろうか。
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