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A4一枚の憧憬描写【憧憬のピース】5歳第六話『反面教師』

 赤色も、青色も、黒色も、どれも味は同じだった。

 引き出しを開けては、その中の一枚を剥がして口にくわえる。

 昼下がりの西日に焼かれた部屋の影が危険な薫りをはらんでいる。

 眼下を泳ぐ影法師がボクを見つめていた。

「ママ、おにいちゃんが、折り紙たべてる」

 弟の春嵐だ。

 指しゃぶりをしていた。

 風に梳かれて光り輝くタンポポの綿毛が、彼のショートヘアに重なる。

「バカ。言うなよ。今だけなんだから」

 遠くから物騒な足音が押し寄せていた。

 平穏な時間も、カーテンを膨らせていた陽だまりも砕けて散り散りになった。

 光が凍てつき、おびただしい数のハウスダストになる。

 リビングから子供部屋にやってきたのは、まんまる太ったパパだった。

 背も高い。

「ツバサ。折り紙、食べてたのか」

 始まった。

 これもまた、ガーゼをパパの背中に貼りつけたあの時と同じく、答えるまでは解放されないのだろう。

「食べてないよ。噛んだだけ」

 パパの影法師がモンスターにしか見えない。

「『はい』か『いいえ』で答えろ。どっちか、って聞いてるんだから、どちらかしかないだろ」

 正直に答えると、こうなるのは分かっていた。

 けれど、自分自身にウソはつきたくなかった。

 それに、刃向かいたくなる顔をしている。

『はい』も『いいえ』もウソになる。

『はい』ならボクは折り紙を『食べた』ことになるから、自分にウソをつく。

『いいえ』ならボクは折り紙を『噛んではいた』から、パパにウソをつく。

 どちらのウソを選べば正解なのだろう。

「はい?」

 答えのない問題に答えを出すこと、その疑心暗鬼が語尾に罠を仕掛けていた。

 頬を歪ませて明らかに蔑視している、その禍々(まがまが)しい笑みが、ボクの邪悪を掻き立てる。

「『はい?』じゃなくて『はい』だろ。心がウソをついてる。俺はウソをつく奴が一番嫌いだからな。たとえ家族でも容赦しねぇぞ。もうウソつくなよ」

* * *

 二匹の邪鬼に睨まれたのは一瞬の出来事で、理解が追い付かないうちに、いつものママとパパが微笑んでくれた。

* * *

 あの日見た二匹の邪鬼のうち、一匹は本物の邪鬼だった。

「ハラン、あのパパには逆らうべきだと思うぞ。従っちゃいけない」


スクリーンショット (89)

※ ぜひ、何度も読んで、隠されたメッセージを解読してみてください。

  憧憬のピースには、必ず、メタファー(暗喩)があります。


🔆新プロジェクト始動中!


🔆【憧憬のピース】とは・・・?🔆



A4一枚に収まった超短編小説を

 自身の過去(憧憬)を基にして、創作するプロジェクトのこと。

 情景描写で憧憬を描く『憧憬描写』で、

 いつか、過去の人生がすべて小説になる(ピースが埋まる)ことを

 夢見て・・・


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