僕がまだファンタジーツノガエルだった頃
あの頃の僕はまだ、あまり動き回らなかったし、少ししかジャンプできなかった。
だから君と会う時は少しでも長く一緒にいたかった。
「こんばんわ、ファンタジーツノガエルさん。また会えて嬉しいわ」
「僕もだよ」
実は僕はこの春に大学受験に失敗して、違うカエルになりかけた。
でも君に救われたんだ。
コンビニとドーナツショップとガソスタの三角地帯の真ん中。
「今日はこれくらいまで一緒にいられるよ」君は黄色い春コートのポケットの中にいつもの置き時計を持ってきていた。
制限時間いっぱいの恋。試験時間よりずっといい。
「ずっと僕と一緒にいてほしいよ」
「どうしてそう思うの?」
君は落書きだらけの壁に寄りかかってスマホを出してからしまった。
どんな幾何学の問題よりも美しく片方の足が伸びていて、もう片方の足を折って壁を後ろに踏んでいた。白いスニーカー。君の影。
「今はまだわからないよ」
過去問ばっかやってるから。
街路灯がさっき少しだけ降った雨に濡れた路面を艶やかに照らしている。
僕はファンタジーツノガエルだから、いつも雨を待ってる。
雨の後にいつも君は僕に会ってくれた。
あの日、「傘をさすの嫌いなの?あたしも」と言って君が現れたのが最初だった。長い髪が濡れていて、なぜか温かそうに見えた。
受験勉強に恋愛が邪魔かという議論には僕のようなファンタジーツノガエルの意見なんかきっと反映されないんだろう。
君は流行りの歌を口づさんだ。たまに通行人があったけど歌い続けていた。
「あなたはあたしの空白が受け入れられないと思う」
「そうかな」
「あたしもファンタジーツノガエルさんの空白は受け入れられないわ」
「僕に空白なんてないよ」
「比較的小さいケースの中で飼育されるというのは空白にならない?」
「さあ、考えたことないよ」
「ねえ、あなたはずっとそのままでいて、約束ね」
「……」
車のベッドライトが眩しくなってから遠ざかっていった。
「もう時間ね」
「うん」
「英語の点が上がるといいわね」
「うん」
「バイバイ、ファンタジーツノガエルさん」
僕はいつも最後に「あの」という連体詞を口にするだけで終わった。
バイバイ、何か。
僕は手を振った。ファンタジーツノガエルにしては大きめに。
…………🌫️
ふとそんなことを思い出して立ち止まってしまった。
新社会人。初出社の朝。
出勤する時、あえてその場所を通った。
君とのあの約束は結局守れなかった。
昨日の夜に降った雨で水たまりができていた。
僕は大きくジャンプして飛び越えた。
終
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