誰もセックスしない小説
「ねえ、ディープキスのとき声出すのって変?」
君はディープキスの途中で僕にそう聞いた。
「変じゃないよ」
僕は一度唇を離してからそう答えたあとでまた口づけた。
僕が上になっていて、君が下になっている場合よりもその逆の時の方が君は声が出た。
ベッドの上でお互いが着ているものを順番に脱がし合いながら、僕らは裸に近づいていった。
R&B MIX の ベットルームBGMが流れていて、照明は君が決めた明るさだった。
いちばん大事なダンスを踊る直前で君は僕の口を手で塞いで、「待った」をした。
「ねえ、お給料入った?」
「ああ、入ったよ」
「お金貸してよ」
「いいよ、いくら?」
「貸せるだけ、チビにかかるんだお金」
「ああ、わかったよ」
「ありがと」
そして僕らはダンスを踊った。いちばん大事なダンスを。
ベッドの弾力性を感じるのはいつだっていちばん最後の瞬間だ。男にとって内省的なその瞬間。
二人で手を繋ぎながら天井の光る模様を仰向けで見ていた。
先に話すのはいつも君だ。
「ねえ、そう言えばさ、書き書きしてるの?なんだっけ、そう、作文」
「作文?ああ、まあ、たまに書いてるよ」
「どんなの書いてるの?」
「どんなのって……」
「男と女が出てくるの?」
「まあ、出てくるね」
「で、しちゃうの?」
「なにを?」
「その男と女が。セックスを」
君はそう言って体を僕の方に向けて、甘えた目をした。
「実はしないんだ。誰もセックスをしない小説を書いてるんだ」
「ふうん、そうなんだ」
また仰向けに戻る君。
「書くとそうなっちゃうんだ」と僕は鼻下をこすって。
「さ・く・ぶ・ん だもんね」
「まあね」
「どんな気持ちで書くの?そういうのって」
君は繋いでいた手を離して天井の模様を掴もうとするみたいに上へと伸ばしてそう言った。
「どんな気持ちって言われてもな……、その気持ちを書いてるわけだし……、うまく言えないよ」
── 僕は独学で孤独を学んだ。
君の真似をして僕も天井に向かって手を伸ばして、何かを掴もうとした。
すると君も負けずにさらに伸ばして笑った。
「ねえ、あたしってさ、変?」
「変じゃないよ」
二人とも何も掴めなかったけど
そのかわり僕らは2番目のダンスを踊り始めた。
終
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