設計するだけが建築家ではない

建築家、あるいは店舗内装などの設計者の現実的な職能や仕事の仕方を説明する本はこれまであまりありませんでしたが、なん冊かは出ていました。その中のある本に、「これからは建築家も物件を貸したり、何かを経営したり、定収入を保持していきながら設計のしごとをしていくのが良いだろう」というような意味のことが一行だけ書かれていました。その本が書かれた1990年代のはじめごろまで、建築家は別の仕事で何かを経営しながら本業の設計を続けるという生き方には反発を感じたでしょう。もちろん、今でもそう感じる人も少なくないと思います。アトリエ系と呼ばれる個人の設計事務所でやっておられる人たちの大半は、設計者はとにかく設計に専念すれば良いという考えに共鳴する傾向が強かったと思います。

しかし、それから10年ほど経って、21世紀を少し超え、長引く不況やコロナ禍を経て、建築家たちも働き方の改革を始めています。もちろん、ずっと以前にも新しい方向を目指す前哨戦は細々とはありました。事務所とカフェやギャラリーとの融合や不動産会社とのコラボとかです。それが今や、よりオープンで明快な経営と創作(設計、デザイン)の両立事業として広く行われ始めました。物販や飲食などの店舗経営との融合を図ったり、賃貸空間を持つことでスペースを有効活用するとか、さまざまな手法が行われています。そういう情報は建築プロパー雑誌からは伝わりにくいものです。例えば『商店建築』のようなカテゴリーを超えた取材をおこなう雑誌では大きめに取り上げられます。また、新聞やビジネス雑誌、あるいはテレビのニュース番組などでも取り上げられています。

かつて私は不動産と建築の近接、これまでとは違うかたちでの両者の協働や融合に興味を持ち、書籍の企画をたてて出版社に持っていきましたが、採用されませんでした。建築家はそういう本を好まない、というのが理由でした。それが今やどうでしょう。メディアでも取り上げられ、ユニークな物件や仕事が出てきています。大学でもその領域を学ぶことができるようになりました。建築家を武士に例えるなら、これまでは「武士は食わねど高楊枝」で鷹揚につましくやって来れたのかもしれませんが、この厳しい現実の前で、もはやそれは非現実な絵になっているのではないでしょうか。また、孤高の設計者でいるより、マルチ・チャンネルの事業主として異業種や自分の知らない世界の人たちと交流したほうが良いように思います。知的にも触発され、ビジネスのチャンスさえも広がるからです。建築家、設計者はもっと事業家的なセンスも持って、垣根を超え、職能を拡大して行くのが良いのではないでしょうか。

これは宣伝めいてしまうのですが、上に書いたようなことは『建築プロフェッションの解法』という本で以前にも書きました。正直にいうと、この本はその前に出した『建築プレゼンの掟』に比べて、あまり売れませんでした。プレゼンの本は二万部近くのロングセラーとなったのですが、後者の「働き方アドバイス本」は時期尚早だったのか、震災後の出版にずれ込んだためか影の薄い本となっていました。それでも今こそ読まれて欲しいヒントが出ていると自負しています。

設計者にとってもマルチ・タスクの時代は到来しています。そのヒントは、身近なところに探すことができると思います。



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