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語源譚(4) 獣の呼吸。あるいは「イノシシ」とは

キーワード:語源譚。ごげんよもやまばなし。その4。上の画像は「いらすとや」。

獣の呼吸といえば、鬼滅ではイノシシの被り物をしていた少年が使っていた呼吸である。イノシシの被り物をしていた少年「伊之助」の使っている呼吸を「獣の呼吸」としたセンスは抜群だと思える。今日はそんなイノシシの話。

イノシシはよく1語だと思われているが、実は3語混合である。では、その3語とは?

イノシシとは

イノシシとは、分かるように書くと「亥の宍」となる。「イ・ノ・シシ」で3語である。「亥」は古来「ヰ」を指し、鳴き声から来ていると考えられており、オノマトペだと言える。そしてシシ=宍とは、肉を指す古語である。いつも通り、Wikipediaより引用。

日本語の古い大和言葉では「ヰ(イ)」と呼んだ。イノシシは「ヰ(猪)のシシ(肉)」が語源であり、シシは大和言葉で「」を意味する(「ニク」は音読み呉音

https://ja.wikipedia.org/wiki/イノシシ#名称

ニクが音読みというのも驚きかもしれないが、とかく昔の日本では肉食禁止令があり、牛等を食べることが禁忌とされた。だが、鹿と亥は食べていた。その食べていた肉のことを「カノシシ」「イノシシ」と呼んだとのことである(詳しくはここをクリック)。

シネクドキ

そしてシネクドキ。シネクドキとは提喩を意味し、上位概念の語が下位概念を意味したり、またその逆となることである(例:「花見に行く」。花は一般的なblossomではなく、桜cherryを指す。「もうご飯食べた?」ご飯はriceではなく、食事mealを意味する。)。シネクドキとメトニミー(換喩)はよく混合しがちになるが、堀田(2020)に示されているように、違いは分かりにくい(ただ、メトニミーもまた面白い。詳しくは京都大学の谷口先生の「「やかんが沸騰した」はなぜ伝わる?比喩から考える言葉の不思議」を参照)。

で、シシもシネクドキとなり、シシ=けものを指すようになる。

けもの

ケモノは、昔禁忌とされていた事実から「穢のモノ」かと一瞬考えるが、そうではない。

調べてみると「毛」である。つまり、「毛があるモノ」で「ケモノ」となる。調べるとケモノとケダモノの区別(獣か畜かの差異)も出てくるが、この相違点「だ」は格助詞の「だ」とされている。いわゆる「の」を意味する格助詞だ。語源由来辞典には以下のように掲載されている。

けだものは「毛の物」の意味で、「だ」が「の」を示す助詞になっている語には「くだもの果物)」があり、「水無月」や「神無月」の「な(無)」にも通じる。

https://gogen-yurai.jp/kemono/

くだものが「木のモノ」が音変化を起こして、「クダモノ」となったというのは面白いが、他のサイトを見ても、この「だ」は格助詞「な」が変化したものと捉えられていることも多い。Wikipediaの水無月の項を確認する。

水無月の由来には諸説あるが、水無月の「無」は「の」を意味する連体助詞「な」であり「水の月」であるとする説が有力である。神無月の「無」が「の」で、「神の月」を意味するのと同様と考えられる。

https://ja.wikipedia.org/wiki/6月#水無月の語源

余談になるが、神無月の項目にもあるとおり、この「無」は当字とも考えられ、「無」の漢字から水がない月、神がいない月と捉えられる傾向がある。しかし、6月については梅雨もあることから「水が無い」といわれても奇妙に感じられるのも事実だ。

これは、実際には、「無」は、「関係のある」の意味となる格助詞「の」と同じと考えれば「水の月」「神の月」となり、自然な気がする。この上代の格助詞「な」については、真砂さんのノート「上代の格助詞「な」の用例」に詳しくまとめられているので参考にされたい。

話を戻す

話を戻すと、シシ=「肉」は、シネクドキとなり獣を表した。そうなると、「イノシシ取ってくる」は「亥の肉をとってくる」から「亥(という獣)を取ってくる」という意味に変化し、亥という動物そのものを指すように変化したと考えられる。現在、シシ肉といえば、猪肉を指すが、これは元来の「シシ=肉」という意味が廃れてしまい、シネクドキとなり意味が変化したところにまた「肉」をつけてしまい、結局は「肉肉」という意味になっている面白い例だと言える。

さらに話を戻す

そしてさらに話を戻すと、シシ=「肉」については「カノシシ」(=鹿の肉)もよくシシを使用する例として多くのサイト等に挙げられている。カノシシという語はすでに死語であるが、よく食べられていた「鹿」も実は英語でも同じようにシネクドキの例として挙げられている事実がある。

英語については、堀田(2009)はdeerが「動物」全般を指す語から「鹿」のみを意味する語に変化したことを掲げている。また、さらに堀田(2022)は、「雄鹿」に由来するbutcherが、最終的には「肉屋」という意味に変化したことを挙げている。意味の拡大と縮小が鹿に関連する語で、両起していることは大変興味深い。さらに、日本語でも同じように鹿に関連する語でシネクドキが起こっていることを考えると、言語や場所を超えて、鹿がいかに人の生活と古来から結びついていたかということについて思いを馳せることにつながる。このあたりが、とても興味深うところだ。また、この鹿については、天才南方熊楠も文章に書いており(十二支考)、多くの人にとって感慨深いものだと言えるのではないだろうか。

以上、「イノシシ」に関する語源譚でした。ではでは。

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