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RIE EGUCHI & くるはらきみ|文学者の音楽室《3》|物語と音楽にみる舞踏会幻想

 『シンデレラ』などのおとぎ話や『ボヴァリー夫人』『谷間の百合』などのフランス小説で出会いの場の象徴として、あるいはエドガー・アラン・ポーの『赤い死の舞踏会』のようにシュールすぎる時代を映す場として描かれてきた「舞踏会」。
 今の日本ではなかなか参加する機会がないけれど、海外では今も毎年色々な所で開催され、日本からも参加できるイベント的なものもあるらしい…。
 今回、Mauve街で開催中のオンライン「舞踏会」もそのひとつ。しばし、文学や音楽で描かれた舞踏会を空想し、幻想の舞踏会に出かけよう。

ルイ14世と舞踏譜
 人間は、古代、神話の時代から踊ってきて、今も踊り続けている…。
 王も踊った。17世紀フランスのルイ14世だ。ひなびた村だったヴェルサイユに庭園を整備し、作曲家のリュリや、劇作家のモリエールらと祝祭劇を開催。踊りが大好きな王のもと、宮廷内での舞踏会やオペラなどで踊るためのバロック・ダンスが確立され、後のバレエの発展の歴史へと繋がっていく。

「夜のバレ」でアポロン神役を踊るルイ14世

映画『王は踊る』サウンドトラックより|
「夜のバレ」:国王が昇る太陽を演じる
演奏|ラインハルト・ゲーベル指揮・ムジカ・アンティヮ・ケルン

  画期的だったのは、振付家によるダンス・ステップや音楽について詳細に記された舞踏譜が誕生し、ロンドンやウィーンなど欧州に広まったこと。
 舞踏譜は、図解を眺めるだけでも美しく、美術的な価値も高い。何よりも、現代の私たちにも当時のダンスの息吹を伝えてくれる。

「リゴードン」のための舞踏譜

 音楽も、バッハやリュリ、ラモーなどバロック期の作曲家だけでなく、モーツァルトやショパン、ベートーヴェンなども舞曲を遺し、オペラやオペレッタでも、舞踏会、特に仮面舞踏会は定番のモチーフだ。

リコルディ社から出版されたヴェルディのオペラ「仮面舞踏会」
1860年のヴォーカルスコアの扉絵。最終場面が描かれている。

ハチャトゥリアン|組曲「仮面舞踏会」よりワルツ
演奏|スタンリー・ブラック指揮/ロンドン交響楽団
 
フィギュア・スケートでもおなじみの曲となっている

日本の舞踏会…鹿鳴館
 
日本の「舞踏会」は西洋にくらべて、ひと際「儚い」色彩を帯びる。
 日本で初めて本格的な舞踏会が開かれたのは明治16年、東京の千代田区内幸町に、欧化政策の一環として建てられた「鹿鳴館」にて。イギリス人建築家が設計した、食堂、談話室や図書室、上階には大広間の舞踏室がある贅沢な煉瓦造りの建物。開館以来、夜な夜な西洋式の舞踏会や国賓の接待が行われたが、ほんの十数年前まで江戸時代であった日本では、不慣れな洋装で踊るのは大変で、参加者に密かに厳しいダンスの特訓が課されたという。だがこの極端な鹿鳴館外交政策は批判され、1887年にひっそりと幕を閉じた。

落成時の鹿鳴館

 そんな儚い運命の「鹿鳴館」に刺激され、芥川龍之介は短編小説『舞踏会』を、三島由紀夫は戯曲『鹿鳴館』を執筆。戯曲のあと書きで三島は、芥川の短編についてこう記している。

 ―「鹿鳴館時代というものには、子供の頃から憧れを持っていた。・・・芥川の『舞踏会』は、短編小説の傑作であり、芥川の長所ばかりが出たもので、私などは、後期の衰弱した作品より、よほど好きである」

三島由紀夫『鹿鳴館』自作解題(新潮文庫)より

 鹿鳴館ではどのような舞踏会が繰り広げられたのか。当時演奏された音楽の資料も少し存在するようだ。興味のある人は文献などから調べてみると、日本人が戸惑いながら西洋化を受け入れて開催された舞踏会の様子が想像できるだろう。
 舞踏会は不思議な高揚感をもたらし、その後の運命を大きく変えるかもしれない特別な場所。本物の舞踏会でなくとも、色々な場を舞踏会と見立て出かけてみると、思いがけない出来事が待っているかもしれない。

J.シュトラウスII|「美しく青きドナウ」
演奏|リッカルド・ムーティ指揮/ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団

*芥川の短編小説 『舞踏会』で明子が踊ったウィンナ・ワルツ
“美しく青きダニウブ”

参考文献|
『鹿鳴館貴婦人考』近藤富枝著(講談社文庫)
『明日は舞踏会』鹿島茂著 (中公文庫)
『栄華のバロック・ダンス』浜中康子著(音楽之友社)


 森の舞台で、優雅にバロックダンスを踊るのは、優しいローズ色のドレスの、幸福の象徴の蔓薔薇と、緑の衣装で「甘い束縛」の花言葉を持つ鉄線のカップル。二人を見守るように座っているのは、アブサン色のドレスの薄雪草と、モーヴを纏う松虫草のレディたち。

 これはどうやら花たちが密やかに開催したダンスパーティーらしい。蔓薔薇のツルが、舞踏譜の役割を担い、こっそりダンスステップを教えてくれる。そう、ここは、森の中に突如現れた、「アポロンの間」。ヴェルサイユ宮殿の王座の間として、王と謁見したり、踊り好きの王がダンスに興じたりした場所だ。よくみると天空には、天使たちと一緒に、芸術や予言を司るアポロン神の馬車が翔けている。

 リュートや縦笛を奏でているのは、アポロンが遣わした音楽家たち。妙なる調べにつられ、赤い頭と緑のボディでモデルのようなウォーキングを披露する雉も登場。

 1枚の絵画に、時空を超えた永遠の物語を宿らせることのできる作家の心意気に圧倒される。いつしか自分も森の舞踏会に参加している錯覚に陥っている。

 ライラックの絵柄が美しいフロアの上で、初々しさと同時にどこか毅然とした表情で初めての舞踏会のダンスのお相手の手をとる漆黒の髪の少女。
 くるはらきみのドールさながらの、透明な肌の質感そのままに、鮮やかな薔薇色のドレスとリボンの水色に、まず目を奪われる。

 スズラン型のシャンデリアから、「菫色の小部屋」で密に調合されたポプリの香りがふわりと漂ってきそう。調度品のような趣のある鍵盤楽器の傍にいる女性たちも、見事に日本と西洋の美の融合を体現している。

 芥川龍之介の短編小説『舞踏会』へのオマージュであるとともに、これは紛れもなく、今を生きる、くるはらきみの世界そのもので、自分たちの姿を重ねやすい日本の少女たちを描いてくれたことに感謝の念を抱いてしまう貴重な逸品。

くるはらきみ|画家・人形作家 →Twitter
東京生れ。幼い頃より自然のある場所に憧れる。大学では油彩を専攻しながら独学で人形制作を始める。2000年に長野県に移住。季節の移り変わりを身近に感じながら制作活動をしています。くるはらきみ & 影山多栄子二人展《夏の夜》(2019年・霧とリボン)ほか、個展、グループ展多数。

江口理恵|音楽ディレクター・翻訳家 →Instagram
レコード会社の洋楽部で海外渉外業務を経て、クラシック制作ディレクター。クラシックのコンピレーション・シリーズで「日経WOMANウーマン・オブ・ザ・イヤー2006」ヒットメーカー部門受賞。現在はフリーで音楽ディレクターや音楽関連の翻訳業務を行っている。



作家名|くるはらきみ
作品名|森のバロックダンス

油彩・キャンバス
作品サイズ|27.3cm×22cm 
額込サイズ|35.3cm×30cm
制作年|2023年(新作)

作家名|くるはらきみ
作品名| 5月の舞踏会

油彩・キャンバス
作品サイズ|22.7cm×15.8cm 
額込サイズ|33.5cm×26.3cm
制作年|2023年(新作)

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