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KAYOKO TAKAYANAGI |Miss Moppet Dolls〜楽園の先へ

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 アブサン色のアクセサリーに縁取られた物憂げな顔。
 享楽と禁欲の狭間を漂うその瞳はどこか遠い異国に思いを馳せているようで、もしかしたらアブサンが誘う楽園の幻想を夢見ているのかもしれない。

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 Miss Moppet Dollsのブローチの顔はビスクでできている。
 硬く強靭でありながら、一方では脆く繊細なビスクという素材は、まるで少女という存在そのもののようだ。
 自らの少女性を胸の奥深くに封印して、アブサンという大人の領域に踏み込もうかと迷っているようなその表情に、揺れ動く少女の心を見る。

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 ミクスドメディアで作られた立体的な造形といえども、ブローチというからにはいわゆる平面である。しかしMiss Moppet Dollsの手にかかると、あたかも3次元で製作されたドールの身体がその背後に存在するように思えるのが不思議だ。
 気が遠くなるような工程を経て作り上げられるこのブローチは、ブローチという域を超えたアート作品である。
 ぜひ手にとって実際にこの瞳を覗き込んでみてほしい。
 異国の詩人が夢想した幻の少女を見ることができるから。

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 もうひとつの手のオブジェもまた、ビスクならではの温かみのある肌合いの中に、気品と静寂が醸し出す凛とした空気が感じられる。レースの袖口に嵌められたブレスレットの由来など、様々な想像をさせる余白を持つ作品である。

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 淡いアブサン色の上に美しい金色の箔押しがなされた背景の紙は、日本のコスモテック社のものだ。
 「箔押しの匠」と呼ばれた故佐藤勇が立ち上げたこの会社は、現在は若き現場リーダー・前田瑠璃がその志を受け継ぎ、日々進化する加工技術により箔押しという美の領域を拡大し続けている。
 アンティークな風合いを持ちながらもリアルな体温を感じさせるビスクの手の置き場所として、この古典的でありながらも新しい箔押しの紙ほど相応しいものはあるだろうか。

 顔も手も、持ち主の身体が不在であることによってかえって豊かなイメージが浮かび上がる。Miss Moppet Dollsの造形の妙であろう。

 アブサンほど「退廃(デカダンス)」という言葉が似合う酒はない。
 幾多の文人や芸術家がこの酒に溺れ、退廃に身を沈めたことか。
 主原料であるニガヨモギの学名「Artemisa absinthium」からその名前を付けられたというアブサン。
 このabsinthiunというラテン語は、英語のabsenceの語源である。その意味は「不在」だ。そしてニガヨモギの花言葉もまた「不在」なのである。

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 20世紀最大の幻視者と呼ばれた作家、J. G. バラード。
 現代英国文学の最高峰であり同時に異端児であった彼は、1960年代に『結晶世界』などの思弁的で文学性の高いSFで ”ニューウェーブ運動” の先駆者となる。’70年代にはのちにクローネンバーグ監督が映画化して話題になった『クラッシュ』(タイムリーなことに4Kリマスター版が上映された)といった前衛的な作品を発表、’84年には自伝的小説『太陽の帝国』(スピルバーグ監督によって映画化)を上梓し物議をかもし、その後も精力的に小説の可能性を探求し続けた。
 
 ’96年に発表された『コカイン・ナイト』に描かれているのは「不在」である。人生の意味や目的が遥か彼方に去り、ただ退屈な無為の時間を過ごすだけの高級リゾート地コスタ・デル・ソル。退廃と倦怠に蝕まれたこの土地は、その住民のからっぽの内的風景をそのまま映し出しているかのようだ。
 その中で唯一活気と自信に満ちた街、レストレージャ・デ・マルで起こった事件の真相究明のために街を訪れる主人公は、次第にその街が持つ病理に気付いていく。
 ミステリーのような体裁を取るこの小説だが、謎解きが主眼では無い。幻視者バラードがそこに描くのは、目の前に与えられる情報や映像をただ享受し、生きることに倦んだ人々の姿だ。身体性を失って漂う甘美な悪夢のようなその世界は、まるでニガヨモギの成分であるツヨンが起こすとされた幻覚を思わせる。

 バラードの作品に描かれているのは未来ではない。現代社会の人々の心の奥底、いつも何かに退屈しているから何かしら刺激を求めざるを得ない空虚な在り様を、シニカルに鋭く描いてきたのだ。
 少年時代を上海共同租界で過ごし、第二次大戦後日本軍の捕虜収容所に収容された後、英国に帰還して英国空軍に入隊。除隊後SFの創作を始めたというバラードは、「人間が探求しなければならないのは、外宇宙(アウター・スペース)ではなく、内宇宙(インナー・スペース)だ」として、その言葉通りの世界を描いてきた。
 空虚な楽園に生きる人々の内的世界を満たしてくれるものは「不在」の身体性であるが、それも永遠に続くかに思える休暇を終わらせてはくれない。またゆるゆると揺蕩う幻覚に戻るだけである。それはまるで「Hotel California」の ”いつでも出られるが、決して離れることはできない” という最後の歌詞を思わせる。
 
 アブサンが誘う退廃に身を任せ、うつろいやすい少女の瞳とそっと置かれた手に思いを馳せてみよう。透き通った緑色の液体が白く濁る前に。
 そこには陽光きらめく最後の楽園が待っているはずだから。




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作家名|Miss Moppet Dolls
作品名|Victorian Hand(全3種・各1点)

ビスク(磁器)・シルク・天然石ビーズ・布・レース
作品サイズ|18〜20cm×13〜15cm×3〜4cm
制作年|2021年(新作)
*各作品サイズなどの詳細はオンラインショップをご高覧願います

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作家名|Miss Moppet Dolls
作品名|フェイス・ブローチ(全6種・各1点)

ビスク(磁器)・羊毛・シルク・天然石ビーズ・淡水パール・回転式ブローチピンなど
作品サイズ|9.8〜10.5cm×8〜8.5cm
制作年|2021年(新作)
*各作品サイズなどの詳細はオンラインショップをご高覧願います

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