手書きの名刺〜忘れられない恋物語|#短篇小説
「何でこんな所に来てるんだろう・・・」
和美はその店の天井辺りで目線が泳いでいた。場違いも、甚だしい。
其処はホストクラブだった。久し振りに会ったフォトグラファーの絵梨花が「いっぺん行ってみようよ」とぐいぐい誘って、渋々付いてきたのだ。
照明と、鏡と、客が吸う煙草の煙と、お酒のグラスが交差する世界。
不必要に煌びやかで、現実味を排除した空間。
ホストたちが妙に手慣れた様子で細やかにグラスに氷を入れたり、テーブルの配置を考えながら水滴を清めたりするのも違和感があり過ぎる。
「――失礼します!ご一緒してよろしいですか!」
明るい色のメッシュが入った髪に、黒い開襟シャツを着た細長い男がBGMに負けないよう大声で近付き、和美の真正面に滑り込むように座ってきた。
「初めまして!癒やしのホスト夜咲月です!」
思わず助けを求めて絵梨花のほうを見るが、絵梨花はその前にテーブルについたホストと何やら親密げに会話している。
両手で写真入りの名刺を差し出され、和美はぎこちなく受け取るしかなかった。
気分が上がらないまま対話していたからか、それからも2人のホストが交代で名刺を渡しに来た。
3人め。ホストクラブには似つかわしくない、塩顔の黒髪の男がテーブルの前に立った。何処かの書店に勤めていそうな雰囲気。
「・・・初めまして。片桐涼哉です」
よく響く低い声だった。それまでホストたちのテンションの高さに辟易していた和美は、身体の力が抜けるのを感じた。
「未だ、こんな名刺で・・・」
涼哉から恥ずかしそうに出されたカードは、何とネームペンで手書きしたものだった。
(・・・こんな人も居るんだ。新人かな・・・)
新人なら、そんなに気を張らなくても良い。ようやくほっとして、革張りのソファの奥まで腰を落ち着けた。
「――送り、指名してくれて有難う」
涼哉が、帰ろうとするのを店の奥のエレベーターの前まで一緒に来て、昇降ボタンを押した。顔が幼く見えるので気付かなかったが、並んで立つと背が随分高かった。
和美は、少し飲み過ぎて頭がふわふわしていた。
「また、LINE送るね」
「・・・・」LINE。そういえば、QRコードを交換したっけ。
絵梨花はミュージシャンのような細いスーツを着たホストと、名残惜しそうに話していた。
「―――じゃ、エリカちゃん、また来週ね」
ハスキーな声で別れの挨拶をしているのに、ホストは絵梨花の二の腕あたりを掴んでいた。
「うん、またね」
そう言いながら絵梨花は一瞬ホストに凭れかかり、
「―――和美、降りよう」
その時ようやく和美を思い出した顔をして、ふたりでエレベーターに乗った。
エレベーターの中で。
「・・・どう?和美、面白かった?」
絵梨花が壁に寄りかかりながら訊いてきた。
「うん。ちょっと、合わないかもね・・・」
視点をぐらぐらさせながら、点灯して表示されるフロアが移っていくのを見続ける。・・・現実離れした、このビルの外に早く出たい。
1階に着いて、エレベーターを出たとき、携帯の着信音が鳴った。
バッグから携帯を出して見てみたら・・・
―――片桐涼哉。
“危ないから、気を付けて帰ってね
また仕事の話、聞かせてよ
今日はありがとう”・・・
涼哉が先刻、和美を微笑みながら立って見下ろしていた顔が浮かび上がり、また夜の街の雑踏の間に、その残像は消えていくのだった。
【continue】
今日は、いつもと違う雰囲気でこんな短篇を始めてみました。テーマは「非日常の中の純情」。続篇も編む予定です。
この短篇小説でインスパイアされたのはこちら。
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