名前はmon〜猫と僕の日々|#短篇小説
Chapter2.
名前はmon〜猫と僕の日々
前の彼女は3歳年上で、由依と言った。
学生の頃、カフェのチェーン店で、バリスタの仕事を教えてくれた先輩だ。
由依にLINEで仔猫の事情を伝えると、
―――今は暇だから いいわ
とふたつ返事で了承してくれた。
仕事が終わり、猫を入れた段ボール箱を抱えながらバスに乗って、由依の住むマンションを訪れた。
由依は猫のケア用品を幾つか買って、用意してくれていた。丸い猫用のクッション、ミルクを飲むためのスポイト、仔猫用のミルク、猫砂を入れたトイレなど。
「助かるよ・・・猫用のスポイトは、僕も昼休みに買いに行ったんだ。牛乳を飲ませてた」
「そう?・・・大丈夫なの、牛乳。まだ小さいから、お腹壊すんじゃない?」
「うーん・・・」
そうなのか、と初めて知った。
そこまでは考えていなかった。
由依は結構手際良く、てきぱきと仔猫の世話をした。ハンサムショートの髪をさらさらと揺らしながら動くのを見て、バイトしてた頃と変わらないな、と思った。
彼女は左手で仔猫を仰向け気味に抱き持って、右手でスポイトに入ったミルクを少しずつ飲ませた。
「・・・可愛いわね。目を瞑ったまま飲んでる」
ふたりで仔猫が飲む様子に見入っていると、何となく夫婦で自分たちの子を見ているような妙な気分になって、ちょっと咳払いした。
「世話が上手いんだね」
「そうかしら・・・?姉の子を赤ちゃんの頃から世話してるから、慣れてるかもね」
由依はいつもより柔らかな笑顔になった。
「この子の名前、私が決めて良い?」
「え?」
「モン、はどうかしら。モンちゃんって、可愛くない?」
「モン・・・」
僕は、何かを名付けるのがからきし苦手だった。小学生のとき飼っていた亀は「カメ」のままだったし、夜店で掬ってきた金魚に至っては、ずっと「オイ」としか呼んだことがなかった。
「いいね。モンにしよう」
仔猫の名前が決まった。
その日から、朝モンを由依に預け、帰りにモンを引き取りに行く、という生活が始まった。由依の住むマンションへは、バスに乗って職場と逆行する。
朝のバスは、通学する学生や病院へ行く高齢者が多い。時間をずらすために、1時間くらい早く家を出た。
モンは未だ小さいので、段ボール箱の中のほうが居心地が良さそうに思えた。
(ケージに入れる頃には、留守番が出来るようになるんだろうか・・・)
僕は膝の上にモンの入った箱を乗せて、窓の外の流れる景色をぼんやりと眺めていた。
それは、猫が居る生活に慣れてきた、半年くらいあとのある土曜日のことだった。もうそろそろモンは留守番も出来そうになってきた。
小さい毬の頃からすると、身体が随分大きくなっていた。
部屋で猫じゃらしを捕まえようとしてぴょんぴょん飛び跳ねたり、小鳥や蝶が飛んでいるのを一生懸命目で追っていたり。僕がソフアで座っていると、隣に来て寝ていたりする。
みゃお、と僕を呼んで、餌をねだるほど懐いてもいた。弱々しさがなくなり、頗る元気そうになっていた。
ふと、気付いたことがあった。
(―――猫って、身体を洗わなくて良いのか?)
何かで、猫にシャワーを浴びさせて綺麗にする映像を観たような気がする。
(気候も良くなってきたし、試しに洗ってやるか)
僕はモンをひょい、と捕まえて逃げないように胸に抱きつつ、ユニットバスのほうへ連れて行った。
みい、―――みい、と鳴くモンは、違和感を感じているのか少し不安そうだった。
「大丈夫、大丈夫。綺麗になるんだから・・・」
モンを撫でながら声をかける。
浴室にしゃがんで、モンを押さえながら湯の温度を確かめる。そして怖がらないように少しずつ、シャワーをかけていった。
そのとき―――異変が起こった。
モンを押さえている自分の手のひらに押し返される力を感じ、触っている質感が、黒い毛からつるっとした感じに変わった気がした。
そして・・・
「みい、―――みい、―――嫌」
シャワーの湯気から次第に浮かび上がってきたのは、髪の長い、裸の女の子の姿だった。
【continue】
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