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この恋は永遠と思ってた〜記憶の抽斗〈改訂版〉|#エッセイ



「ありがとう」

彼は私に、手を差し出して言った。

私は何も言えず、
ただその手を見つめていた―――。




まるで、明日の予定の話をするような軽い調子で、彼が言った。

「―――僕は、借金があるんだ」

向かいあって座る私は、一瞬にして心身ともに凍りついた。

「何で・・・」


力なく、尋ねるのがやっとだった。

「今までふたりで会ってたとき、全部僕が払ってただろう?

・・・ちょっと、無理してたんだよ。
だから、積もり積もって借金になった」


恋は盲目と言うが、文字通り私はめしいていた。そしてそれに輪を掛けて、世間知らずだった。


―――


会いたい気持ちが続いていたので、その日からつぐなうように、毎回デートは彼に代わって私がすべて支払うようになった。

何とかして、彼の借金を帳消しにしてもらいたい一心だった。


金額についても、本当の理由が何だったかも、何度訊いても話を逸らされたから、結局今の今でも、その実態は分からないままだ。


―――


衝撃を受けた彼のカミングアウトから
半年以上経ち、冬が訪れた。


彼の家でお茶など飲んでいると、
部屋の隅に、見慣れないものがあるのが目に飛び込んできた。


―――ウィンタースポーツの用品一式。


私はスポーツ用品売り場のアルバイト経験があり、それらが高価なことを知っている。


年上の彼に盾突いたことは無かったけれど、流石に――遠慮がちではあるが――訊かざるを得なかった。


「―――ねえ。あの、いっぱいあるセットは、どうして買えたの・・?」


すると―――みるみる彼は恐ろしい形相になって、低い声で恫喝どうかつした。


「俺の、勝手だろう」


一人称まで変わっていた。

「―――何でいちいちお前に断る必要がある?

うるさいんだよ」

吐き捨てるように言われ、部屋の中は私が悪いことをしている雰囲気に染まった。


(・・・もしかしたら、
また借金したのかもしれない・・・)


私の心は、冷たい不安でいっぱいになった。


―――


彼に対して、その後も何とか「更生」して欲しいとこいねがっていたが、裏切りに気付いた折にはいつも泣く羽目になった。


あるとき、帰りのバスの待合所で口論になり、泣いていたら
女子高生たちが通りかかって、

「わぁ、大人じゃん・・・」

はやすように去って行った。


(―――これが『大人』なら、
『大人』になんて、なりたくない・・・)



と思った。




―――何故、そこまでして交際を続けていたか?


私は今どき流行らない「貞操観念」を持ち合わせており、交際したら必ず結婚し、死ぬまで添い遂げなくてはならないという強迫的な考えに陥っていたのだ。


彼は歳上で逆らうのは良くないとか、
結婚したら、金銭感覚を直してくれるはずとか、様々な思い込みに8年くらい縛られていた。


その呪縛が解けたのは、皮肉にも結婚式の打ち合わせの一環で、彼が私の実家に訪れた日のことだった。


式典の費用について、どの割合で折半するかを取り決めようとして。


「―――やっぱり、半々で進めるのかな?」


恐る恐る尋ねたら、彼はこう言った。


「それは、決めなくてもご祝儀で
まかなえるから、いいんじゃない?」


私と母は、顔を見合わせた。


(―――これは、価値観が全く違うわ・・・)


恐らくふたりとも同じことを思ったろう。


自分のテリトリーである実家で、冷静に彼の言葉を受けたことで、
ようやく客観的に


(―――やめよう。別れよう)


と思えたのだった。


―――


その後色々あったが、彼との訣別の日。


もう私の心は定まっており、二度と会う気は無かった。


あれほど私を振り回した彼が、別れ際になって、出会った頃のような優しい顔で

「ありがとう」

と言って手を差し出した。


何も言えない。


(・・・今さら、遅いよ・・・)


私は、そのまま後ろを向いて、その場を立ち去った。






表面的には正反対のようでも、

ともに暮らすなら、根底の価値観は

合う相手を選ぶべきだと、

今はそう思う。


この恋が永遠と思っていた私・・・


あの頃の私に、

もっと早く相手を選ぶ

メッセージを伝えられていたら、

どんな未来が

拓けていただろうか。

・・・



✠ F I N ✠


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