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幸せ

さき さなえ

五月のある朝。目覚めて窓のカーテンを開ける。ベランダの向こうに広がる樹々の緑が目に飛び込んでくる。大きな喜びで胸が満たされてゆく…。今日も良い一日になりそう。
     
自然が特別好きである。私の住まいは山の中でも田舎でもない。町のはずれ、とでもいったところ。でもあたり一帯が豊かな自然にすっぽり包まれていて、春の新緑、夏の深い緑、秋の紅葉、冬の雪景色……四季それぞれの美しさは群を抜いている。                  

私の住まいを訪れた人に、どの季節が一番好きですかと問われると困ってしまう。全部ですと答える。すると、でもその中でも特に好きな季節ってあるでしょう?とまた、問いかけられる。そうですねえ、返答に窮し、間(ま)をおいてから、紅葉の季節ですかねえ……と答える。そのとき心の中では、ほかの季節のそれぞれの美しい光景を思い浮かべている自分がいる。      
 
新緑や紅葉を見て「きれいですね」と感想を述べる人はたくさんいる。ごく普通である。
ただ私の反応はどうやら特殊でそのようなありきたりのものではない。「きれいだな」ではない。「ああ何故、何故、かくも美しいのだ!……」畏怖と畏敬の念を伴った大きな喜びと感動、感謝の気持ち、そして愛が、ふつふつと心の底から湧き上がってくるのです。空を、雲を見上げ、生きとし生けるものすべてがいとおしくなるのです。
 
自然大好きな自分がこんなに豊かな自然に囲まれて日々癒され暮らしていること……
これを幸せ、大きな幸せと呼ばないで何と呼びましょう。
 
幸せは人それぞれに異なるけれど、私にとっては衣食住ではなくて「住」が断然トップ。「食」はごく質素でよろしい。グルメとは無縁です。「衣」もこだわらない。
 
ベランダのテーブルに、紅茶をいれたお気に入りのカップを置く。椅子にゆったり座る。樹々の向こうに広がる牧場では、牛たちがゆっくり草を食んでいる。
 
私は何も考えない。今、世界で起こっている悲惨な戦争や苦しんでいる多くの人々のことが頭をよぎると、静かに首を振って、それ以上考えないようにしている自分……。
 
紅茶をすすりながら、頬に心地よい風、鳥のさえずり……だけを感じている……。
 

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