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そこに救いはないのかよぉ?叫んだって助けはこない、だって『神は死んだ』からロン・カリー・ジュニア

神様が亡くなりました(あらすじ紹介

 舞台は現代、イラク戦争は真っ最中なこの世。神がスーダンに顕現し、亡くなる。この神様、神様という言葉を聞いて思い浮かべる全能系の神様なのだが、完全に人間として顕現したので物理的に強いわけではない。
 結果として訪れた難民キャンプにて、アメリカのテロとの戦争に巻き込まれて亡くなってしまうのだ。
 さて、その神の死亡によって世界は大混乱に陥っていく。「神」なき世界は、人々はどうなってしまうのか?
 神が死ぬまでを淡々と描いた表題作『神は死んだ』、大学進学に向けてのうきうき準備中に突如として、容赦なく現実が横っ面を張ってくる『橋』がある。 果ては死亡した神の肉体を食べて比類なき叡智を獲得した『神を食べた犬のインタビュー』もある。SFチックな、でもどこまでも見覚えのある日常の倦怠感を描いた小説、それがロン・カリー・ジュニアの『神は死んだ』である。

そうは言っても日常は続くのが常であり…

 設定だけきくと、SFというかディストピアものな印象がある本書だが、読み終えるとなんだろう、普通の小説である。それも面白く、いい意味で普通の小説だ。
 神が死んだことによる世界の大きな枠組みの変化をダイナミックに描く、とかではなく、そのことで個々人がどんな影響を受けるのかを、各短編で淡々とワンカットで捉えている。
 それでいて、各短編がゆるく大筋を共有しているので、読み終えるとこの本の世界が神なしでどう変化したがわかってくる。神が死ぬところ、死んだというニュースが広がるところ、それが日常化した頃と言った具合に。
 そこで描かれるのは、結局はどんな大事件も興奮と混乱のあとには日常生活に呑み込まれるということだ。それがどんなに鬱陶しくとも、うんざりすることであっても、いずれテンションは平均値へと落ち着いていく。
 ひたりひたりと崖っぷちへ行くのではないかとハラハラさせられる『偽りの偶像』や、ある日そんなジリジリした緊張感に終止符を打った『恩寵』など、一寸先は闇である。

そこに救いはないのだよ

 さて、本書では神が死んで一神教を信条とする社会には、つまり先進国には大混乱が訪れる。その混乱が色んな場所に波及して、世界から秩序が失われ、最後はお決まりの戦争がやってくる。
 その下りは本書を読んでいただくとして、日本ではあまりメジャーではない一神教の世界観というのが面白い。
 逆に多神教や仏教などがメジャーな社会にこの小説のみたいなことが現実に起きたら?と考えてもみたが、おそらく、結果は変わらない気がした。

 要するに自分たちを支える常識、世界の規則の一つが永遠に失われた混乱は神の世界ではなく、人間だから。
 ある社会の吐出したパニックの感情は社会から別社会へと電波する。
 なのでキリスト教的な神様とか分からんとか、無神論支持の人でもこれは面白く読めると思う。
 結局は神様がいなくなって大騒ぎするのって「人間」だから、設定は奇抜かもだけど、中身は超王道に人間とは何かを書いている。
 そこには神の奇跡も、超絶なヒーローもいない、救いは来ないのだ。目に見えて分かる劇的な変化は、悪いことだけ、そんな世界へようこそ。


 神なき世界の新秩序について(ただいま作成中、下手したら永遠に?

 この小説の面白いところは、混乱が収まったあとにはそれなりに、世界の秩序も回復することだ。ただし秩序が戻ってきても、大きな精神的な支柱なしにどうやって生きていくか、という問は常にある。
 その解決策の一つとして終わりなき戦争が登場する『退却』は、まあ見事なダウナー系である。世界が滅亡するって瀬戸際になっても、人間てのはしょうもないことで争うよね、分かるわーっていう話。
 負けがわかっているから脱走兵として逃げ出す主人公を救ってくれたのは、とある親子だった。
 ただ、この親の方、なんだか言動が変である。母親は自分は子どもがいないと主張するのに、実は息子がいる。
 この息子を他人の子どもとして認識している、周りが爆撃されているのに、今日は雷雨が激しいわねと発言する。要するに認知能力に難がありそう。
 この親子にはある秘密が隠されている。神がないあとの社会の秩序はこれなの?という突き放された展開にうっ、となる。最終話は最初の短編に呼応してて面白い。
 秩序があってこその人間社会である。その根幹が揺らがされるとどうなるか?を丁寧に、真剣に書いたいい作品なので、変わり種の面白い小説をお探しならば、ぜひ手にとって頂きたい。




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