歯なしデカ○ン
出会い
彼と出会った時、わたしは大学4年生になっていた。
就職活動にも一区切りつき、新しくバイトを始めようと思っていた頃。
深夜帯のバイトの方が給料がいいことに気づき、好奇心旺盛なわたしは夕方〜明け方まで熱心に働いていた。
お酒を飲む仕事だった。
そこで男性スタッフとして働いていたのが、M君という4個上の青年だった。
M君は雨に濡れた子犬のような脆さと儚さがある若手のスタッフ。
当時のわたしの目には五条悟くらいのイケメンに見えていた。
コロナ禍でもないのにM君は365日マスクをしていて、か弱いイメージにぴったりではあったけれど、わたしは不思議に思っていた。
きゅんきゅんした話
仕事が終わるのは深夜の2〜3時で電車が無いので、帰りは30分くらいかけて自宅のある街まで車で送ってもらっていた。
同じ方面の従業員2〜4名がひとつの車に乗り、ドライバーさんに送ってもらうというシステムだった。
わたしとM君は家が近く、降ろされる街が最終目的地で同じだったので、2人きりで乗っている時間が長い。
仕事終わりのわたしは疲れ果てていたので、他の人が降りていって2人きりになる頃には、M君の膝の上で寝落ちしてしまうことが定番になっていた。
ドライバーさんに聴こえないくらいの甘い声で
「寝ちゃったの?」「かわいい…」「すき…」
「がんばっててえらいね」「お疲れさま」
と呟き、頭をよしよし、ほっぺたをふにふにしてくるM君。
帰り道にM君が甘えさせてくれると思ったら、どんなにしんどい仕事も頑張ることができたのだ。
深夜の高速道路は静かだった。
ある日の帰り道。
いつものようにM君にもたれかかって寝ていると、M君が付けているイヤホンからわたしが当時好きだったガールズバンドの曲が聴こえてきた。
わたしだけが知っていると思っていたこの曲を、街でもテレビでも聴いたことがないこの曲を、M君が聴いている-!?
M君のことをもっと知りたくなったわたしは、
「この後ご飯食べに行こうよ!」と無邪気なふりを
して誘ってみたのである。
M君と食べる仕事終わりのご飯は最高に美味しかった。
やけどしそうなくらい熱い親子丼。
無愛想な店主が作る味の濃いラーメン。
疲れた心と体が一気にほぐれていく。
今日も帰ってこれたんだ…。
M君はいつも家まで送ってくれるので、わたしはM君を家に上げるようになり、わたしたちは一緒に寝る関係になっていった。
M君はコントロールの効く優秀なデカ○ンだった。
帰りの車の中でよしよしされて、ご飯を食べた後のセックスで何もかもをOFFにして寝るのは最高に気持ちよかった。
あれ?歯がないぞ?
薄々気づいてはいたのだが、M君には前歯が無かったwwww
幼稚園の年長さんみたいに上の前歯だけ全く無かった。
初めて異変に気づいたのは、
M君とご飯を食べに行って笑い合った時だろうか。
それとも、キスをした時だろうか。
本人に聞く勇気はなかったが、やんわりと「音楽フェスに行った時に胴上げされて、人の靴が前歯に飛んできて折れちゃった」と話していた。
前歯がないことを隠すためにM君は365日マスクをしていたことは間違いない…。
終焉
M君との関係は唐突に終わりを迎える。
M君とわたしが一緒に車を降りてご飯に行っていることがドライバーさん経由で上の人にバレてしまい、M君は左遷されたのだ。
わたしの連絡先も消されて、一切会うことはできなくなった。
M君は最後の最後で、「○○(わたし)さんは悪くないから。大丈夫だからね」とLINEをくれた。
他のスタッフから、M君は罰として相当に厳しい怒られ方(往復ビンタなど?)をしたと聞いて、胸が苦しくなった。
一方わたしはM君の言葉通り、笑いながら注意を受けただけで、何のペナルティもなく日常に戻ることができた。
M君は優しすぎるから自分を犠牲にしてでも周りを助けようとするところがあって、脆く儚いオーラを纏っているのも、歯がないのも納得がいく気がした。
普通はね、わたしに奢るお金があったら前歯を治したほうがいいと思うのwww
それからしばらくしてわたしはバイトを辞めたので、M君との関わりは一切なくなってしまった。
P.S. M君の元カノはホス狂い(?)のメンヘラで、何度も自殺未遂をしては病院に運ばれていて、M君は関わってはいけない世界の人なんだと思い知りました。
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