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《連載ファンタジーノベル》ブロークン・コンソート:魂の歌声


前回

2.F分の1の揺らぎー(1)

「F分の1の揺らぎ?」
「そう。彼の場合は、その最高峰とも言える声だよ」
 と、ヘッドホンを外しながら、東カルフォルニア大学のセス・ヨシイ准教授は言った。
 セスはスザンナの大学の先輩であり、音楽サークルに所属していた頃からスザンナの良き理解者だ。東カルフォルニア大学の音響研究室に残り、准教授として日々研究に没頭している今でも、スザンナに多方面に渡り協力を惜しまない。
「ヒーリング効果があるっていう、揺らぎ?」
「これは、ヒーリング効果っていうレベルのもんじゃない」
「どういうこと?」
「催眠効果がある声だよ」
「催眠効果?」
「そう。歌詞の内容によっては、人を催眠状態に入れることができる声だよ」
「すごい……」
「ああ、これは物凄い武器になる」
「これも聴いて」
 と言って、スザンナはUSBをセスに差し出した。
「おいおい。僕を催眠状態にしようっていうんじゃないだろうな」
「そんなことしなくても、もう夢の中にいるでしょ?」
 スザンナはくすりと笑って、セスの腕に軽く触れた。そして、彼女のアイスグリーンの瞳が妖しく光った。
「君の才能にも驚くよ」
 セスはスザンナから受け取ったUSBを機械に差し込んだ。
「それが、私の仕事」
「最強の武器に仕立ててあげるよ」
「お願い。何としてでも彼をスターにしなきゃ」
 スザンナの闘志に満ちた顔は本当に美しいと、セスは改めて感じた。

 アメリカ合衆国は民主党・共和党という二大政党以外の第三勢力政党【AI至上主義党】から大統領が誕生して、今までの世界が激変してしまった。その影響をもろに受けているのはショウビジネス産業だ。AIによる音楽や映像生成がなされていない作品群は、まるで世界大戦下のような厳しい検閲が行われ排除されていた。あのブロードウェイにおいても、演目や出演者など生身の人間だけで制作されたものは上演されることができなくなってしまった。必然とニューヨークに来る観光客も激減していった。そのような事態の中でも、多国籍の俳優や歌手を起用してエンターテイメントを提供するハリウッドを抱えるカルフォルニア州とラスベガスがあるネバダ州が連邦政府の意向に断固反対して、独自の路線を貫いていた。連邦政府はその姿勢に怒りをあらわにし、映画配給ならびに音楽配信に対して非AI生成税を設け対抗した。ゆえに、映画やライブのチケットが天井知らずに高騰していった。それでも人々は、お気に入りのスターに惜しまず金を落とした。
「このままじゃ、エンターテイメントは富裕層だけのものになっちまう」
 ジミーが缶ソーダのプルタブを開けながら言った。語尾が“プシュッ”という音と重なった。
「私のソーダは?」
 ジミーは自分が飲んでいたソーダの缶をスザンナの口元へ持っていき、
「飲めよ」
 と言ってアゴをあげた。
 スザンナは眉間に皺を寄せながらもジミーに差し出されたソーダを口に含んだ。
「俺は、このままでは終わらせない。絶対に」
 そう言うとジミーは、再びソーダを勢いよく飲んだ。

                           
                               つづく

                 
                         



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