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《連載ファンタジーノベル》ブロークン・コンソート:魂の歌声

前回

4.スザンナの企みー(2)
 
 
今日の余韻はいつもと違う。自暴自棄になって強い酒で自分を偽り、酩酊状態になっている訳じゃない。
 これは、心から信頼のおける精神科医の診療を受けている、そんな状態だとスザンナは感じた。
 目を閉じ、診療を受ける。医師の声が微かに聞こえる。
『さあ、君の心の扉を開けてごらん』
 と、医師の声がスザンナを導く。
『君の、心の奥底を見せてくれるかな』
『イヤ、できない』
 スザンナは医師の問いかけを拒否する。
『大丈夫だから、安心して、ゆっくりでいいから、話してごらん』
『ダメ、できない』
 スザンナは苦悶の表情を浮かべる。
『怖がることはない。素直になればいいんだよ』
『怖いよ、戻ってこられなかったら? 私でなくなってしまったら、どうしたらいいの?』
 スザンナの息づかいが荒くなる。
『大丈夫、戻ってこられるから』
『先生、私、私ね』

「スザンナ! 起きろ!」
 スザンナはジミーの声で我に返った。
「大丈夫か? 疲れているとはいえ、俺の歌を聴きながら寝るかな」
 ジミーは不服そうな顔をしてスタジャンを羽織った。
「ゴメン……」
「ゴメン」
「何オウム返ししてんのよ!」
 寝起きのためか、スザンナは機嫌が悪い。
「ゴメン」
 と、ジミーはスザンナの顔を見ずに言った。
「何?」
 スザンナは怪訝そうにジミーの姿を見つめる。
 ジミーは返答せず、静かに手を差し出してスザンナが椅子から立ち上がるのを手伝った。
「いい歌だった」
 そう言うスザンナの視線は、どこか遠い所を探しているようだった。

         * * * * * * * *

「この子の歌声は、人を魅了するね。母親も素晴らしいシンガーだが、娘の方が数段いいよ」
 ニューヨークにある大手レーベルのスタジオで、音楽プロデューサーであるブライアン・レイフスが、有名歌手クリスタ・ウィルソンの娘スザンナの歌声に感心している。
「いくつだって?」
「14歳になったばかりだそうです」
 ブライアンはディレクターの返答を頷きながら聞いている。
「母親のクレスタより、売れる」
「母親の耳に入ったら、嫉妬で怒りまくりますよ」
 ディレクターの言葉を上目遣いで受け取り、ブライアンはゆっくりと咀嚼した。
「そうだな」
 と言って、ブライアンは苦笑いする。

「スージー、良かったよ」
 ディレクターがマイクでスザンナに伝えた。
「ありがとうございます」
 スザンナの屈託のない笑顔が、歌声以上に魅力的だとブライアンは感じた。本当に、この子は売れる。ブライアンは実感した。
「親の七光りだなんていう言葉は、気にすることはない。これは君の実力であり、才能なんだからね」
「ほんとに?」
 スザンナは、彼女が持つ薄緑色の美しい瞳を、より一層輝せながら、憧れのブライアン・レイフスを見つめた。
 ブライアンは、スザンナの瞳を見ると故郷のアイスランドを思い出す。極寒の中、アメリカに発つ前に目におさめておきたかった氷河湖。少ない光に怪しげに輝く湖面。見とれていると、危うく足を取れそうになる。誤って堕ちようものなら、かなり深い湖底だ。二度と浮き上がることなど、できない。気を付けるべきだった。今さらながらブライアンは後悔していた。
「ブライアン、素敵な曲をありがとう」
 スザンナはとても14歳とは思えない妖艶さと、少女特有の可憐さを併せ持っている。
「まだ、ママのプロデュースも続けるの?」
「そのつもりだよ」
 ブライアンは自宅のリビングルームのピアノ前で、スザンナの新曲アレンジをしている。
「ママがいると、いつまでもクリスタの娘っていうレッテルが付きまとう」
「クリスタはクリスタで、スージーはスージーの良さがある。目指している所も違うんだから、気にすることはないだろ?」
 ピアノの音が消えたリビング内には、スザンナとブライアンの息づかいしか聞こえない。
「ブライアンは、ママのことが好き?」 
 スザンナは、グランドピアノの突上棒を軽く摘まんでいる。
「好きだよ」
 ブライアンは楽譜からスザンナへ視線を移した。
「私のことは?」
 スザンナは悪戯っぽく笑って、手前の弦を叩いた。
 “キン”という金属音がした。
「もちろん、好きだよ」
「それじゃあ、私のこと、抱ける?」
 再び、“キン”という音がした。今度は、同じ金属音でも、暗い鍾乳洞の中で水滴が落ちて当たる時に聞こえる共鳴音に、ブライアンは感じた。


                              つづく


 


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