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夢想堂、春夏冬中【翔太の描く未来】③

前回

 木次きすき線にもう一度トロッコ列車を走らせるという翔太さんの提案は、あっけなく破砕された。
「この度引退したおろち号のあとを引き継いで、来年からあめつち号の運行が決まっておりまして、再びトロッコ列車を走らせるということは難しいかと」
 木次線出雲大東いずもだいとう駅駅長さんは、翔太さんと佳代さん、そして、健太郎くんの顔を順に見て申し訳なさそうに言った。
「あめつちって、どんな列車なの?」 
 健太郎くんが駅長さんに質問した。駅長さんは、ちょっと待っててと言って切符売り場と併用している駅長室に戻っていった。
「トロッコ列車ではないけれど、良かったら来年乗りに来てね」
「かっこいい列車だね」
「ホントだ」
 健太郎くんが渡されたパンフレットを一緒に覗き込んでいるまんさんも興奮気味だ。
「翔太も英二えいじも、自分たちの故郷のこと知らなさすぎだろ」
「俺も、翔太も大東町出てだいぶ経つんだよ」
 英二さんが拗ねたように反論した。
「離れていたからなんて、理由になりませんね。本当に何も知りませんでした。いえ、知ろうとしていなかったのかもしれません。それなのに、僕らはこの町を盛り上げようだなんて、偉そうに考えてました。すみません」
 翔太さんは、少女戦士の姿のまま駅長さんへ深々と頭を下げた。
手銭てぜんさん、頭を上げてください。遠方の方が知らないということは、裏を返せばまだまだPRが足りなかったということですから」
「それでしたら、われわれ夢想ゆめみ堂にPR映画を撮らせていただけませんか?」
 と、佳代さんが唐突に駅長さんへ提案した。
「PR映画などとおこがましいですが、この二人の故郷ふるさとに対する思いの強さは変わりないですから」
 佳代さんが少女戦士姿の翔太さんと、その衣裳を手にしている英二さんをそれぞれ見てから、少し口角を上げた。
「ご提案、ありがとうございます。おろち号を引き継ぐあめつち号も観光列車として活躍してもらうには、たくさんの方々に来ていただくことが必要なんですが、その列車にお乗りいただく前のアクセス面が課題でしたり、なかなかと困難は山積しています」
「駅長さん、あめつち号のあめつちって、どういう意味?」
 青い車体のあめつち号の写真をじっと見つめていた健太郎くんが駅長さんに聞いた。
「あめつちって、漢字で書くと天と地って書いてね。その天地は大昔の書物である古事記の書き出しに『天地あめつち初発はじめのとき』という書き出しから取られたの」
大国主命おおくにぬしのみことがいる出雲らしい名前だね」
「本当にね」
 駅長さんは、健太郎くんが発した言葉に満面の笑みで返した。
「たくさんの神様が集まる出雲の地で、目に見えない人間の縁や運命を司る大国主命のお力を借りて、木次線を盛り上げよう」
 翔太さんが力強く言ったが、駅舎にいるみんなはクスクスと笑っている。
「翔太、その恰好で言われても、な」
 と満さんが半笑いで言うと、みんなは爆笑した。
「これが、人の縁っていうものなのね」
 佳代さんは自分を鼓舞するかのように言った。目の前にいた駅長さんは、佳代さんの言葉を聞いて静かに頷いた。

                              つづく

 


 


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