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キウイと父のОB会

 私の朝食はトースト、豆乳、ゴールドキウイとだいたい決まっている。トーストはチーズや納豆をのせることもある。冬場はキウイでなくりんごのこともある。幸せになれるらしいバナナもどこかで食べないといけないのだが、元来あまり好きではないため、マイブームは去ってしまった。

 子供の頃にはキウイといえばグリーンだった。それでも十分食べられていたのに、大人になって初めてゴールドを食べたときにはびっくりした。えぐみ、酸味の少なさ、栄養のありそうな甘さに、もう虜だ。値段がグリーンに比べて高いのはわかっている。だからといってグリーンには戻れないのだ。


 父は60で出向、引っ越し、65で退職した。その後の趣味のひとつが英会話教室。公民館の教室で、終わると流れでいつもの喫茶店でコーヒーを飲んで帰ってくる。父はマスター焙煎の豆が気に入っていた。そこの豆で淹れたコーヒーはわずかにフルーティーで酸味があり、私も好きだった。


 免許を返納してから、2、3回は歩いてその店までコーヒー豆を買いに行ったらしい。歩けば片道20分程度、当時はそのくらいの体力はまだあった。ただ、道があやしい。ある日などは、ずいぶん遠回りをして帰ってきたらしく、近所の人から、全く方向違いのところで歩いている父を見かけたと聞いた母は、父が迷った末にやっと帰ってきたと思ったらしい。


 そんなことの後に、街のホテルで会社のOB会があると案内が来た。「街」は、市内一店だけのデパートや商店街があるところでこの辺りではそう呼ばれていた。「バスで行く」と父は言った。母はバス停にたどり着けないと考えていた。本人は覚えてないが、バス停がわからず帰ってきたことがすでにあったのだ。私は行けるかもしれないし行けないかもしれない、父の調子にもよると思った。車で送ると言うとひとりで行ける、と頑固だった。心配されるのが心外のようだ。暑いし、せっかく私がいるのだから乗って行けばいいよ、と言うと、しぶしぶ受け入れた。ホテルの前で下ろし、「帰りは連絡くれたら迎えに来るよ」といった。「帰りはいいよ、自分で帰るから」と父は答えた。

 家で母と父の帰りを待つ。電話はない。自分で帰るつもりだろう。迷った時に携帯で電話できるかも心配だ。もし、そうなった時、母ひとりでは対応しにくいと思ってОB会の日をねらって帰省していた。この頃は、できることはさせてやりたいと思っていた。


 ただいま、と父の割合元気な声が玄関口に響いた。歩いて帰ってきた、と自慢する子供のように明るい。歩けば1時間かかる距離だ。この暑いのに途中で倒れたらどうするんだ、と母は怒っている。すごいね、歩いたんだ、と私は言った。会に誰々さんは来てたか、と母が聞くと、さあ、どうだったかな、と父は言った。


 その晩、母の作った野菜サラダには薄切りにしたグリーンキウイがきれいに並べられていた。グリーンは久しぶりだなと食べてみると、存外に甘い。あれ、こんな味だっけ。もっと渋い感じじゃなかったかな。私が避けている間に、グリーンキウイは進化したらしい。

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