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長岡文雄先生について

 小学校の国語の教科書には、「伝記」に関する作品が載っています。レイチェル・カーソンや伊能忠敬をはじめ、最近では、アンパンマンの作者である、やなせたかしさんの伝記も掲載されています。 
 伝記を読むことは、その人物の生き方にふれ、自分の生き方につながるとされています。昔からたくさんの伝記が学校の図書室に置かれ、大谷翔平さんのような野球選手もすでに書籍化されています。
 幼いころ、私は伝記を愛読する一人でした。何度も図書室に通い、たくさんの伝記を読み、あこがれ、励みになることが多くありました。

 そんな私が大学生の頃に出会ったのが、長岡文雄先生でした。

 長岡先生は私にとって幼い頃に読んだ伝記の人物と同様、ヒーローの一人でもあります。
 
 長岡先生は、「教師は毎日子どものなかにいながら、案外子どもを見ていない。『見ていない』というより『見えていない』というほうがいいだだろう」(「子どもをとらえる構え」)と述べています。

子どもと共に歩み、子どもと共に学び、子どもと共に生きる。

そんな言葉がよく似合う、まさに日本を代表する小学校教師が長岡文雄先生です。

 長岡先生は、1917年(大正六年)福岡県に生まれました。1937年(昭和十二年)小倉師範学校卒業。二十歳で福岡県公立小学校訓導となり、その二年後、小倉師範附属小学校訓導になりました。訓導とは今でいう教諭の立場になります。その後、1943年(昭和十八年)に奈良女子高等師範(現在奈良女子大学)訓導になります。それから副校長になるまで、奈良女子大学附属小学校で担任を務め、子どもたちと共に戦前、戦中、戦後を生きてこられました。長岡先生は、子ども「たち」とまとめて呼ぶのではなく、この子、この子と一人ひとりとつながり、それぞれにあった学習法を考えたその取り組みはその後、「長岡実践」と呼ばれ、有田和正先生をはじめ、戦後、多くの教員に影響を与えました。

 長岡先生は退職後、兵庫教育大学の附属小学校の開設に関わりました。共に着任した教諭は、次のように長岡先生に言われたといいます。

「附属に来た限りは、この子がどんなふうに考えたり感じたり行動したりするのかしっかり見つめて、これからの新しい教育を考えていきなさい。あなた流の。」

 この言葉は、これからの教師へのメッセージでもあると思っています。
 長岡文雄の実践と思想を知ることで、肩肘を張らず、等身大の自分で向き合うことができるのではないかと思っています。子どもたちと共に「あなた流の」実践をしていきませんか。


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