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「タイムマシンと離婚危機」第一話


【あらすじ】
ある日、突如として突きつけられた離婚届。
製薬企業に勤務し、単身赴任で離れ離れに生活を送る夫婦生活。一体どこから亀裂が入ったのか…。
全く心当たりがない主人公が「過去に戻れたら…」なんて軽い気持ちで検索すると、そこには『ドラム式洗濯機型タイムマシン』の文字が。
軽い気持ちで取り寄せてみると、自身で組み立てを行い、特殊な洗剤を投じてメモリを合わせることで過去に戻ることができる様子。
あまり説明書を読まないタイプであることや深く物事を考えないことが引き鉄となり、様々な不具合や問題が…。
時間警察との争いなど波瀾の果てに離婚危機を回避できるのか!?

第一話 ドラム式タイムマシン

-過去に戻れたら…。

人生で誰もが一度は思い描くことだろう。
あの頃に戻れたらあんなことをしてみたい、後悔していたことをやり直したいなどなど、それぞれが思い描く事柄はバラバラだと思うが、それも全てタイムマシンがあれば実現できるのだ。

そう、そして今、
そう、たった今完成したのがそれだ。
見た目は完全にドラム式洗濯機のそれだ。
たまたまネットを見てたら出てきた。バカバカしいと思いつつ注文したら、無事に届いた組み立て式のそれだ。

「意外と説明書通り作ったら、簡単だったな…」

これが作り終えた私の最初の感想だ。

同時に
「じゃなんでこれ流行ってないんだろう…?」と思ったが、そんなことは今どうでよかった。

目的はただ一つ。
先日妻から突きつけられた離婚の危機を回避する。そのただ一つだけだ。

私は製薬企業に勤める37歳男性、今は単身赴任で東京に住んでいる。
出身が埼玉県でこれでも神童と持て囃された時代があったとかなかったとか。
何か熱中すれば集中力は褒められたものだが、そうでないものや一度集中力が切れれば爪が甘くなるなど、よく妻からも指摘され怒られている部分だ。
まあそれはさておき、会社からの補助金などもあり、月2回程度札幌にある妻の住む自宅に帰るという暮らしをしている。
まだ2人の間には子供はいない。
最初の配属地が北海道で、そこで出会って結婚したというわけだ。

一方妻は2つ歳下で今もなお看護師として札幌の病院にて勤務をしている。
製薬業界に勤めていると割とありがちと言われる医療従事者との結婚というわけだ。
自分の担当先の施設の看護師だったわけではないことだけ、予め明記しておきたい。
職業柄なのか気は強いが思いやりも深く、そのおかげでこんな自分とでも暮らすことが出来ていたのだろう。今思えば負担や迷惑もたくさんかけていたのかもしれない。
東京への栄転が決まったのは良かったが、仕事の都合上、東京へ着いていくことができないということもあり、2年前からそれぞれに拠点を構えて暮らしている。

まあ、なぜ離婚騒動が引き起こされているのかという心当たりなら山ほどありすぎて絞れないくらいだ。
もちろん単身赴任で離れ離れなのも、要員の一つにはなるのだろう。
ただそれ以外にも日常を思い返せば、キリがないくらいだ。

正直どこから何のきっかけでということはあまりにも現状でもピンとは来ていないが、とりあえず過去に戻ってそのヒントだけでも分かればというところに出会ったのがこのタイムマシンだ。

説明書には組み立て方法だけではなく、使用上の注意も非常に丁寧に書かれている。

どうやら使うにあたっては色々なルールがあるらしい。

先ほど読んだ際に重要そうに感じたところでは
・メモリを合わせると望みの時代に戻ることができる
・特別な洗剤を用いることで過去へ戻ることができる(お試しパック3個入り同封)
・行きも帰りも特別な洗剤は必要なので、予め持ってから過去へはタイムスリップすること
・過去に戻る際はタイムマシンも設置場所にそのまま移動することになる→元々そこに設置されていたものは置き換わることになるので要注意
・過去の自分と出会い、自分だと認識された場合、即死
・自身の利益のために使う場合や犯罪行為があった際には警察の時間担当より処罰される
・ミスった時用に記憶書き換え装置もお試し版で同封しているが生産の都合上一個限りなので気をつけること

これが全てではないが、大事そうな部分だけ線を引いて覚えることにした。

ちなみに購入時問い合わせ窓口に連絡したところ、今回の私の用途であれば警察の時間部門の世話になることはないとのことだった。

まあもう一つ余談になるのだが、洗濯機としての機能もきちんと使えるらしい。

さてさて、うまく組み立ては出来たようだ。
とりあえず一度試しに使ってみようではないか!

「メモリを3週間前くらいの今の時間に合わせて…」
「あとは、この洗剤を入れて終わりかな…。あ、帰り用の洗剤…と一応この記憶書き換え機も持っていくか。」
「セットが終わったら身を屈めて、あ、向きがあるんだ…!入口の方を頭にして、扉を閉めてしばらく待つと…。」
「おぉ…!!動き出した。一応組み立てはうまく行ってるみたいだ!いや、、でも思っていたよりも激しいな…。」

ガタンガタンと音を上げ、されるがままにされているとしばらくして音が止んだ。

気分は最悪だ。ずっと洗濯機の中で縦横無尽に回され続けていたのだから、それも当然だ。

扉に手をかけ、恐る恐る身を乗り出した。

明かりがついている。
時間は何時くらいだろう。
うまくタイムスリップできたのだろうか。

まだぐるぐるとしたままの頭でリビングへと向かうと大きな悲鳴が聞こえた。

「きゃー!!何であんた帰ってきてるのよ!!仕事じゃないなら連絡してよ!!」

え、妻だ。え、嫁だ。え、なんで。

双方パニック状態のまま、私は右手に持っていた機械をすぐさま作動させた。

ボンッと大きな音を立てたあと、あたりは一瞬で静かになった。

まさかのタイムスリップ初回で記憶書き換え機を使うことになろうとは予想もしていなかった。

とりあえず倒れて気を失っている妻を抱え上げ、そっとソファに寝かせておいた。

(使ったら気絶すんのかよ、そんなこと書いてなかったぞ…。これほんとに人に使ってよかったのかな…。)
(そもそもうまくタイムスリップ出来ているのかも確かめなくては…。)

時刻は10:25くらい。

時間としては先ほどが16時ごろだったので遡る、もしくは進んでいるのかわからないが時が大きく変わっているのは確かだ。

テーブルに置かれた妻の携帯の表示を見た、日付は3週間前のその日が表示されていた。

どうやら成功しているようだ。
今、私は過去に戻ってくることができたのだ。
そんな喜びも束の間、現状に違和感を覚えていた。

いや、そもそも何で妻がここにいるのか。
事態を飲み込むことができなかった。

この日、別にうちに来て会った記憶など、全くなかったからだ。
過去に戻ったことで何か変わってしまったのだろうか…。

ようやくぐるぐるも治った頭は、一つの可能性に辿り着いた。
そういえばだが、自分の単身赴任先の部屋が驚くほど片付いていて、全て綺麗になっているという出来事が何度かあることを思い出したのだ。
その都度、酒を飲んだ時の自分が有能すぎて全部やったのだろうという程度の捉え方にて、その事象に説明をつけていたが、もしかすると毎回妻がこうして部屋を訪れて片付けをしていたのではないだろうか…。

思い返せば返すほど、そのことを裏付ける出来事が思い起こされた。

もはや大幅に模様替えすらされているこの部屋を見て、何も感じてこなかったことに恐れすら抱いていた。

私はこのことに特に感謝するどころか、気づいてさえいないまま、日々を過ごしていたのだ。

離婚届を突きつけられた理由を探す最初の一歩目で、候補となる出来事にぶつかることが出来たのは幸運な出来事のうちの一つだろう。

とりあえずこの日の自分でもこのことに気づくことが出来るような仕掛けをしておくことにした。

置き手紙を目のつきやすい箇所に置いておき、そもそもいつ目覚めるのかもわからない妻をここに眠らせておくことで何か好転するかもしれないと考えたのだ。

動作確認だけ済んだらすぐ過去に帰ろうと思っていたが、まさかの収穫だった。
と同時にこんなことにも気づかなかった自分へ不信感を抱きながら、ドラム式洗濯機の中に体を再び潜めた。

-ガタンガタン

また大きな音と不快な気持ち悪さと共に現在に戻ってきた。
過去に戻って過ごした時間はおそらく30分もなかっただろう。
同じだけの時間が現在においても過ぎ去っていることを確認した。

初めてのタイムスリップは予想外にうまくいったようだ。
帰ってきた自分の身体にも若干の気持ち悪さ以外には問題はない。

-これはかなり使えるぞ。

初回の圧倒的な手応えが大きな自信に変わっていた。
実際の影響などはまだ確かめることは出来ていなかったが、このまま行けば離婚を回避することが出来るという確信すら抱いていた。
すぐにでももう一度別の日の過去に戻ることで何か離婚理由となりそうなものを潰せるような、そんなふうに気がはやっていたのだろう。

大急ぎで次のタイムスリップの支度を始めた。
洗剤の調合は身の回りにあるもので事足りるとのことであったため、事前に何回分かは作っていたのだ。

帰り用の洗剤の支度も終え、ある大切な一文を読み落としたまま、別の日付にメモリを合わせて再びグルグルへと飛び込んだ。

今回のぐるぐるはあまりにも長かった。
ガタンガタンという大きな音が止んだ頃には見たことない景色の中に自分はいた。

ー2回目にして早速の失敗か…!

そんなことが迷いなく頭によぎる様な景色が広がっていたのだ。

形容するのは難しいような場所だった。
ただ明確に異空間のような場所であることは確かであった。
何か空間が澱んで歪んでいる狭間にいるかのような、そんな景色が広がっていた。

まだはっきりとしていない頭で辺りを見渡すと、のれんのようなものがかかっているスペースが目に入った。

中を覗いてみるといくつかの座席と小さなテーブルが狭いスペース、5人入れば満員になりそうな小部屋のような空間がそこにあった。

吹き曝しの謎の場所にいるよりかは、いくらか気が紛れるだろうと思い、腰掛けてみることにした。

小さなテーブルの上には、ライターと灰皿、そしてなぜか爪切りが置いてある。

私はタバコは吸わないため、爪を整えて時間を潰すことにした。

余裕が出てきたのでさらに部屋を見渡すとちょっとした雑誌や口臭ケアのものなんかも置いてあった。

だいぶ綺麗になった自分の爪に見惚れていると、のれんの向こうから人の気配がした。

「おう、珍しいねえ。新入りかい?
何をやらかしたんだい??」

のれんを上げながら、怪しげな男が問いかける。

正直、「やらかした」となるとどれがその言葉に当てはまるのかわからず、言い淀んでいると男は少し驚いたように続けた。

「あれ、こんな魔腔に来るようなやつだ。
なんかやらかしてきたんだと思ったけど違うみてえだな…。
あれか?まさか1日に2回タイムマシンに乗ったわけでもあるめえし…。」

怪しげな男とはいえ、わけ知り顔の男により「まさか」というジャンル分けがされているその出来事には明確な心当たりがあった。
聞き慣れない「まくう」という言葉の意味を尋ねるより先に言葉が出た。

「そ、そのまさかです…!
今日完成して嬉しくて2回目のタイムスリップしたら、ここに…。」

「なんだって!?
説明書はちゃんと読んだのか?
きちんと書いてあるはずだぞ、1日1回までだって。タイムマシン協会の決まりで必ず書くようになってるはずだ…。
それともあれか?不正入手かなにかか?

…まあともあれ、ここに用事はなさそうだな。

あそこに扉が見えるだろ…。
そっちじゃねえ、こっちだ。
ほら、よく見てみろ。」

男に言われるがままに向いた方向には確かに異空間の切れ目と合わせてドアノブのようなものが見えた。

「そこから一応タイムスリップしようとした過去と近いところには戻れるぞ…!
ただ狙いとは違うところなのと安全にたどり着けるかは保証できないがな。」

アナウンス「143番でお待ちの方ー」

「おっ、呼ばれたみてえだな。
じゃあ俺は行くからよ。ちゃんと戸閉めて来るんだぞ。会える日が来るかわかんないけど、またな。帰ったらちゃんと説明書読むんだぞ。」

男はそう言うと少し悲しげな顔を浮かべてのれんをくぐって外へ出て行った。

どうやら1日に2回使うという禁忌を犯したがゆえに、私は今「まくう」と呼ばれる場所にいるらしい。

ただ、出口もここなのだという。

「まあここから出れて、かつ過去に戻れるならそれでいいか」

軽い気持ちでその扉から一歩外へ踏み出した。
と、同時にまたあのグルグルとした感覚に飲み込まれ、しばらくすると硬いアスファルトに打ち付けられる感覚と共に意識を取り戻した。

あまりの眩しさと雑に叩きつけられたような感覚に目を眩ませながら、視界に入る映像に少し安心感を覚えた。

ー-見慣れた街、近所のスーパーの道だ。

近くのコンビニへ駆け込んだ。
時間はどうやら13時を過ぎたあたりのようだ。

新聞に記された日付を見て、少し驚いた。

思っていたよりも4ヶ月ほど過去の日付に辿り着いたようだった。

徐々に冷静さを取り戻すと、一方で焦りが生まれてきた。

ポケットに入れていたはずの帰り用の洗剤がないことに気がついたからだ。

まくうからここに至るまでの道のりで落としたのだろう。

幸い現地調達できるように洗剤の調合レシピは覚えていた。

ただ問題はここからだ。

今、財布など持ち合わせていない。

どうやら物品を盗むことで必要な材料を揃えることも出来るのだが、警察に捕まった時に説明がつかず、過去に戻ったことでそんな前科を増やすわけにはいかない。

改めて日付を思い出した。

仕事の都合上、講演会前の準備で必ずあの病院に訪れていた時期だったということを思い出し始めていた。

自分から少しクレジットカードを拝借することくらいであれば、ある程度見逃してもらえるだろう。

若干浅はかさを孕んだ発想であったが、そうする以外に選択肢は浮かばなかった。

おそらく時間的にはまだ余裕がある。

今から行けば十分間に合う距離だ。

問題はただ一つ。自分に自分だと気づかれれば即死であるということ。

1日1回までという記載を見逃した一方で、そのことだけは強く認識していた。

少しずつタイムマシン後遺症から解け始めた頭をフル回転させて、ある作戦を思いついた。

とりあえずはまずK記念第二病院へ急がなくては。

ここからならまだ走っても着くくらいの距離だ。

汗だくになりながら走ること20分。
無事にK記念第二病院には辿り着いた。

この地域ではかなり大きい方の部類に入る病院だ。
正直一般市民が1人増えようが気にされるような規模ではない。

中に入り込むことには容易に成功した。

(よしよし、一つずつクリアしている)

そう思っていた直後、聞き慣れてこそいないが誰のものなのか一瞬で判断のつく声が聞こえてきた。

私は死を免れるべく、急いで柱の裏に隠れた。

当時の自分も今到着したようだ。
しかも上司同行の日だ。

私の作戦では無防備に置かれるであろうカバンの中からカードを抜き取る作戦だったが、早速監視の目が2つ増えた形になる。

自分の仕事内容などそう変わるものではない。
流れはとうに理解している。
受付に名刺を出し、外来で面談するにあたって患者さんの少ない場所で待機する。

その流れは今日もおそらく変わりはないだろう。

ただいつもと違うのは上司がそこにいること。

作戦をさらに詳細に明かすと、どこかのちょっと離れればいける場所の受付に自分の勤めてる企業名を呼ばせる。
するとちょっとした距離であればカバンをそこに置いたまま移動するセキュリティに問題のある自分の習性があるため、無防備になったところからカードのみを拝借する。
という作戦を考えていた。

これが上司の存在で一度大崩れしたのだ。

ただ一つまだ救いがあるのは確かだ。

それは今が食後の時間であるということ。

どうやらこの時の上司はお腹の動きが活発らしく、食後には必ずトイレに離れる時間がある。

ある意味この当時、この施設を訪問するにあたってはトイレタイムも含めて時間の計算を要することとなり、苦しんでいたことを鮮明に思い出した。

おそらくしばらくの待機ののち、上司がトイレに向かう。
その際に従来の作戦に引き戻すことでカード奪還に成功できるのではなかろうか。

明らかに不審者と区分けされる動きの最中に、少しずつ希望を見出し始めていた。

何か一つでもテンポが狂えば、死を招くような作戦だ。
自分でも気づかぬうちに、手のひらにまで汗が滲み出ていた。

おおよそ事前の目測通りに、過去の自分が動き始めた。
しばらくぺちゃくちゃと雑談なり、今日の面会内容について打ち合わせを行っているのがなんとか見える範囲でその時を待った。

ただどうだろう。
困ったことに一向に上司がトイレへ向かう気配がない。

ぺちゃくちゃとくだらない雑談を、そして全く同じ内容を2回目という気も紛らわすことが困難な状況でただ時間だけが過ぎていった。

(何か別の作戦を考えなくては…)

脳内を自分史上過去最高の速度で動かし続けた結果、犯罪色を強めるような選択肢だけが並んでしまった。

(…最悪の場合は仕方ない)

初回のタイムスリップにて、記憶書き換え機を何の気なく一瞬で使ってしまったことをこの時ほど後悔したことはない。

脳内からはみ出した独り言も相まって、自身の不審具合はだいぶ加速している、その時だった。

過去の私がトイレに向かい始めたのだ。

作戦の対象者こそ狂ったものの、大枠では特に変更せずに行けそうだ。

幸い上司への信頼なのか、セキュリティの甘さなのか知らないが、カバンはそのままにトイレの方に向かっていった。

あとは上司の名前を呼んでもらって気を逸らしている間に実行だ。

ここで困るのが上司が私のカバンを持っていくかどうかという点だったが、そこには一定の確信を持っていた。

そこまで気が回るような人間ではなく、ましてや私の所有物がどうなろうと気に留めるような人間では幸いにしてないのだ。

顔の割れていない普段行かない外来窓口へ行き、嘘をついて名前を呼んでもらう手配が済んだ。

さあ、あとはその時を待つだけだ。

「〇〇製薬のまつださーん」

受付が上司の名前を呼んだ。

少し戸惑いを持った様子ではあったが、案の定自分のカバンのみを持ち、想定の方向へ向かっていった。

ガラ空きとなったカバンに一目散へ走っていった。

とりあえず周りの目もあるので当たり前みたいな感じを装いながら近づいていった。

(いや、汚ねえな、、財布どこだ、、

ん、、これか、あったあった。)

あまりの汚さに少し注意を切らしてしまった、その時だった。

上司が呼ばれたのに噛み合わない会話を終え、こちらに戻って来ようとしていたのだ。

盗難犯として疑われる動きの全てを選択肢から除外し、何もなくここから去ることを一瞬にして諦めた。

「あれ…?着替えてきたの…??」

終わった。声をかけられてしまった。

私服姿の見慣れない私の姿を見て、そう問いかけられた。

「あ…、実はトイレが間に合わなくて…。今からまた着替えて戻ってくるので気にしないでください…!」

「おい、大丈夫か?
今から面談もあるのに…。
間に合う?何なら1人で…」

「大丈夫です!大丈夫です!
気にしないでください!すぐ戻るので!」

過去の自分を脱糞した男という設定に挿げ替えて、誤魔化すことにした。
そして過去の自分が戻ってくる前に一目散にそこから立ち去った。

その後、私はどう対処して乗り切ったのかはもう任せることにした。
今は仕事より大切なものがあるのだ。
手元に無事にクレジットカードがあることを確認し、死を免れたことなど作戦の成功に安堵した。

あとは必要なものを購入し、調合するだけだ。

レシピを思い出し、急いでスーパーで必要な品を買い揃えた。

洗剤を作るという肩書きの元で考えると、本当に合っているのかは疑わしい品の数々だった。

あとは妻のご機嫌を取、、いや、妻に感謝の気持ちを伝えるためのプレゼントも同時に購入した。

こっそり片付けに来てくれてる彼女に向けてのサプライズのようなものだ。
もしかすると過去の自分がそれを受け取ってしまうリスクも考えて、普段は見ないところに隠しておいた。

そして急ピッチで調合を終え、元々準備していた洗剤と同様の見た目、色になったことを確認し、タイムマシンへと向かった。

システムがどうなっているのかは知らないが、よく出来ている。
元々違う洗濯機があった場所にドラム式タイムマシンが置かれていた。

元の世界に戻るにあたっての注意点はあまりないらしい。

またいつものグルグルに身を預け、元の世界へと帰った。

あまりに激動の1日だったため、到着するとどっと疲れが出た。

1日に2回タイムスリップをするという壮絶な経験の先で、世界がどう変わっているか真っ先に確認したいところだった。

まずは急いで部屋の離婚届を探しに行った。
なくなっていれば離婚危機は回避だ、何もなくなっていてくれ!と願いながら。

結果からいうと変わらずそこに離婚届は存在していた。
だが、これまで書かれていた妻の署名の欄は空白になっていた。

本当に小さなことではあるが、自身の分を記入した覚悟の上で突きつけるというほどの危機からは脱却したのだろうと捉えることにした。

あまりに小さな前進ではあるが、こうしてタイムマシンとの暮らしの初日を終えた。

果たして、離婚危機の回避は叶うのか…。

つづく

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