新聞記事(こんな夢を見た)

 古い木造建築のその廊下は、昼間と思えない程に暗く、窓は何処にもない。天井にある蛍光灯は、光が弱くて全く用をなしていない。おまけに所々で切れた蛍光灯をそのままにしている箇所があるから、その部分は最早完全な闇であった。
 闇を歩くのはあまりいい気分では無いから、足早に通り過ぎようとするのだが、長く続いているその床は強く踏み込むと呻き声の様なものを立てるため、余計に気分が悪くなる。
 振り向けば真っ暗な闇があるばかりで、自分がどれほど歩いたかもわからない。私は果たしてから一体何処をどう曲がって、どう歩いてここへ来たのだろうか。頭がぼうっとしてよく思い出せない。
 第三会議室までの道は真っ直ぐであったはずだが、途中で幾つも曲がり角があった。ひょっとしたら私は最初の時点で全く見当違いの道に入ってしまったのかも知れないと心細くなり、足が重くなる。だが曲がりくねってはいても一本道であるから、引き返す気が無ければ進むしかない。
 ふと、暗闇の中に灯りを感じた。
 真っ直ぐな廊下の先に扉があって、そこから明かりが煌々と漏れている。
 私は灯りに向かって歩き出した。
 歩き出した直後、何か妙な事に気づいた。さっきまであんな明かりは無かったはずだ。
 私は不安を感じたが、その理由についてはイマイチ自分でも分からなかった。
 第三会議室は廊下よりは明るいが、やはりうす暗かった。窓の向こうの中庭には、用途不明の機械や、窒素タンクなどが並んでいて、そこは晴れの日すら暗くて汚らしい。空は夕暮れよりも薄暗く、夜とそれほど変わらなかった。
 朝から続く曇り空のせいかもしれないが、何だかこの部屋を残して世界が消えたように穏やかだ。
 元々会社の裏にある第三会議室は、昼間でも光が遠いのだが、今日に至っては部屋の隅に全く光が届いておらず、その闇には何か蠢いてるように感じる。
 会議室の出口には長椅子があり、そこに丸々と太った看護婦が仏頂面で座っていた。彼女は私が会議室に入ってくるなり、仏頂面を消して笑顔を浮かべた。私が名前を言うと、彼女は帳簿にある私の名に赤いマーカー線を引いた。
 彼女はまずは会議室の奥にある古い机の上のノートパソコンを使って、前年度の健康診断表を印刷するように言った。
 私はパイプ椅子に座り、ログイン画面に私の社員コードとパスワードを入力した。
 直ぐに私の健康診断表が出てきたので、印刷機のマークをクリックする。  
 少し時間をおいて、机横のプリンタがけたたましい音を立てた。プリンタから出てきた紙を手に取って私は首を傾げた。
 それは三年前の地方紙だった。
 見出しには、「小学四年生が行方不明」と書いてある。丸刈りの少年がこちらに向かってにっこりと笑っている。
 何か間違えたのかもしれないと思い、もう一度パソコン画面を確認するが、印刷プレビューに映っているのは確かに私の健康診断表である。
 そもそもあんな新聞記事は見たこと自体ない。
 私はもう一度プリンタのアイコンを押した。
 再び、あの少年の失踪記事の載った新聞記事が出てきた。
 どうしたものかと私が困惑していると看護婦がやってきた。事情を説明すると彼女は今度は自分がやってみると言ってパソコンの前に座った。
 しかし、彼女がやっても当然のように出てくるのはあの新聞記事だった。
「あれ?おかしいわねえ」
 彼女は首をかしげながらプリンタの後ろを見ているが、そこを見てもどうにもならないことは私にも分かった。
 改めて私は新聞記事をよく読んでみた。
 記事によれば少年は隣の県の子供らしい。学校から帰宅する途中で行方が分からなくなったとの事だった。
 私はその小学生の名前にも顔にも覚えが無かったが、その少年はもう死んでいると言う確信が突如頭の中に浮かび上がって来た。その根拠となるものの記憶はなく、ただ彼の死だけが動かしがたい事実として浮かび上がって来たのだ。
「ねえ、あなたって・・」
 パソコンを弄っていた看護婦がこちらに振り返って何かを言いかけた、が、直ぐハッとしたように彼女は口を噤むと、再びパソコンに顔を戻した。
 顔を背ける一瞬、彼女の顔に恐怖の色が浮かんだように見えた。
 彼女は私に背を向けたまま無言でキーボードを叩いている。
 会議室にタイプの音だけがやけに響く。
 やがて、プリンタから紙切れの警告音が聞こえた。

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