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一里塚(いちりづか)

 こんにちは。またしばらく更新していなくてすみません。いろいろな事が起こったり、思う事があったため、少しネットと距離を置こうと思っています。
 小説はずっと書いていくつもりですし、noteは引き続き更新する予定なのでよろしくお願いします!

 今日はまた二次創作の短編を投稿します。『ゲゲゲの謎』の水木とゲゲ郎の話です。トラウマに苦しめられる水木の話。水父ですが、直接の表現はありません。よかったらどうぞ。

「……、……っ」
 ゲゲ郎の耳が、何かの音を捉(とら)えた。
 獣のような睦み合いをして、疲れ果て泥のように眠ってしまっていた。
 また眠りに落ちそうになるのを堪(こら)え、鉛のように重い瞼(まぶた)を引き上げる。

 と、隣で横になっていた男が身動(みじろ)ぎしているのが目に映った。
「……?」
 散々愛を交わし、同じように眠りについたと思っていたのに。もう起きたのだろうか。

「う……」
 彼は苦しげな声を上げながら眉を寄せ、歯を食いしばり、何かに耐えるような表情をしている。

「水木?」
 呼びかけて、彼が目を閉じているのに気づく。そのまま様子を伺っていると、また声を上げた。

「ころ……」
 それは声を出すというより、漏らすと言った方がいい様子だ。額に脂汗を浮かべ、荒い息を吐(つ)いている。

 もしかして何かの妖怪に――とも思ったが、妖気を感じないし、水木以外の気配もない。夢に魘(うな)されているだけか……?

「水木」
と肩に手を置く。と、びくりと身を震わせ、大きな叫び声をあげた。
 それは、まるで地獄に突き落とされたような悲痛な響きだった。さすがのゲゲ郎もわずかに身を引くほどに。

「……っ、」
 彼は身を起こし、荒い息を吐きながら、茫然(ぼうぜん)と虚空を見つめている。
 その瞳には何も映しておらず黒々としていて、彼の内の闇を垣間(かいま)見たような気がした。

「大丈夫か」
「……あ……」
「ここはお主の家じゃ。お主を傷つけるものは誰もおらん」
「あ……あぁ……」

 そう言うと、彼は両手で顔を覆う。はだけた着物の間から、肩から腹にかけて生々しく斜めに走る傷痕(きずあと)が見えた。
 その大きさから、彼が死地から戻ってきたという事が、誰の目にも明らかだった。

「水木」
 呼びかけて、うずくまった身体に腕を回す。ゲゲ郎がふれると、小さく身を震わせたが、逃げようとはしなかった。

「大丈夫じゃ。何も心配はいらん」
 そう優しく語りかけ、トン、トンとリズミカルに背中を叩く。緊張で固く強張(こわば)っていた体が、少しずつではあるが次第に脱力していく。

 水木が何事かを小さくつぶやいた。見ると、その表情は柔らかくなり、瞳を閉じて幼児のようになっている。
 ――つい先ほどまでは、猛々しく身体を貪(むさぼ)り合っていたのに。

 一刻(いっとき)ほど前の睦事を思い返すと、その落差に口元が綻(ほころ)びそうになる。しかし、その事は今は言わずにおこう。

 ふふ、と笑いそうになるが、起こしてしまうかもしれないので、かわりに子守唄を口ずさんだ。
 それは、遠い昔にゲゲ郎が母親から教わったものだった。軽く寄りかかっていた水木が、徐々に支えないと倒れてしまうほど身を預けてくる。

「おっと……」
 両手で抱き止め、体勢を整えてそっと寝床へ戻した。

 相変わらず汗びっしょりではあったが、表情はさっきとは打って変わって安らかである。

「しょうがないのう」
 そうこぼすと、タオルを持ってきて軽く拭(ぬぐ)ってやる。浴衣も替えてやりたかったが、体勢を変えるとまた起きてしまうかもしれない。このまま朝まで寝かせてやろう。

「ん……」
 何かを探すように身動(みじろ)ぎする。ゲゲ郎はまた水木の体に腕を回すとポン、ポンと軽く叩いてやる。

 じきに、すうすうと軽い寝息が聞こえてきた。

「心配する事なぞ何もない。儂(わし)がお主と共に居(お)るよ」

 そうつぶやいて、自らもとろとろと眠りに落ちていった。

  了

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