双子忍者    鬼りんご


   双子忍者  

        或ひは二匹に就ての漫談

んにやあ ゆくりなくも んなあ/
まろはふたつのからだで生まれたと思へ/
同じやうだが別別のからだふたつなので/
二匹とカウントされてるやうであるのだがしかし/
まろには または まろとまろには/
二匹のどちらがまろでどちらがまろでないかわからない/
まろの前で蝶蝶をとらうとしてゐるのがまろなのか/
蝶蝶をとらうとしてゐるまろを見てゐるのがまろなのか/
まろとまろには区別がつかない/
いかにいはんや まろを見る人間どもにおいてをや/
そもそもまろら猫はたへず世界と一体でゐる/
目の前の猫もまろの一部にほかならない/

にやう(訳;「さて」)/
まろら猫のライフであるが/
猫と生まれるや ものごころつく前から一切これ修行/
日日修行にして時時刻刻修行ならざるはないないにやい/
生き物狩りの行 横臥の行 惰眠の行 尻尾揺らしの行/
撫でられの行 えさ貰ひの行/
周囲の冷たいがさがさした草を避け/
温もりある平らな石に座す無念無想の日向ぼこの行/
ただし危険から身をかはす備へは片時も怠つてはならぬ/
ときにまろの姿を留めんとカメラを向けるフアンもゐる/
カメラ如きに動揺してはならぬ/
いはゆるカメラ目線で不動のポオズの行/
徐徐に首の向きなど変へてやるモデルサアヴイスの行/

にやう(「さて」)/
まろとまろのペアは 天性忍びの才と資質あらそひ難く/
ある時は潅木の茂みに潜み/
ある時は土と枯れ草に紛れて姿をくらまし/
絶えず身を低く構へて隙を見せない/
無言無心で壁になれば身は既に壁の一部/
猫が壁の一部なのか 壁の一部に目や髭があるのか/

かくて/
汚れた二個の鞠の如く学園の野にデビユウを果たすや/
まろとまろを伊賀と甲賀と名づけたうつけ者がゐた/
経ること数月/
石段上に二体揃つて姿を見せ凛として学生らを睥睨した時/
いよおつ 伊賀甲賀 待つてましたあつ の掛け声/
伊賀 甲賀 二つの名前を用意はしたが/
まろにすらわからぬまろとまろの区別/
学生らにわからう道理がないないにやい/
まして神出鬼没のまろとまろ/
あるときはこちらに甲賀 あるときはかしこに伊賀/
あるときは伊賀甲賀 またあるときは甲賀伊賀/
伊賀が甲賀か 甲賀が伊賀か/
区別しようにも見かけはまつたく同じだにやにやん/
他者からアイデンテイフアイされるようでは忍び失格/
否 単に他者からのみにあらず/
まろは伊賀 まろは甲賀 さう自らを規定したが最後/
まろらは自らによつて一匹と一匹に分別されるであらう/
知らず 伊賀とは誰ぞ 甲賀とは何者ぞ/

んにやにやあ まろとまろ三歳の冬のひと日/
まろらの追つかけ女子学生は/
例の如くわくわくにやにやまろらの写真を撮り/
むろん例の如くその師匠に送信した/

にやう(「さて」) その師匠とは誰あらう かのうつけ者/
まろとまろを伊賀甲賀と名づけた張本人/
珍しくも二体揃つた写真 また過去に撮られた幾多の写真/
ためつすがめつ写真チエツクに余念無かつたその直後/

エウレカ!(見つけたり!)/

と 女子学生に送信したのである/

すなはち喝破して曰く/
「伊賀甲賀二匹の顔は/
白毛黒毛 色の分かれ方に僅かながら違いがある」と/
一匹は額の黒と白の毛色の分かれ目が僅かに左に寄り/
一匹はこれが僅かに右寄りであり/
左に寄つた方は 右の頬がやや下方まで黒毛/
右に寄つた方は 左の頬がやや下方まで黒毛/
即ち両者は左右の頬の色の分かれ方が微かに異なる/
と/
命名者として両猫の識別責任を痛感してゐたうつけは/
まろらの顔が実に鏡像関係にあると看破したのである/
にやにやにやにやあん/
あらためて/
左の頬が黒がちのまろは伊賀と名づけられ/
右の頬が黒がちのまろは甲賀と名づけられた/

にやにやあ/
もう伊賀のまろは甲賀ではない/
もう甲賀のまろは伊賀ではない/
んにやにや/
さては これがおとなになるといふことか/

おい 伊賀 今日はお主が朝当番だぞ/
ねえ 甲賀 今日はあんたが夕方当番だよん/
と 言語不要のまろとまろは/
女子学生の被写体モデル担当を以心伝心に打ち合はせ/
さりげなく彼女の通り道に佇んだり蹲つたりしてゐる/
これはもとひとつの猫/
ゆくりなくも二体で生まれたまろとまろ/
もはや入れ替はり可能な二体一猫のまろにあらず/
ここにうづくまるは甲賀であつて伊賀ではない/
かしこに寝そべるは伊賀であつて甲賀ではない/
甲賀のまろに落ち葉が散り/
伊賀のまろに氷雨が降る/
うつけは詠む 木枯らしやコオト欲しとは言はぬ猫/

いとさびし/

日日これ修行の猫の今日/
何の寂しいことがあらうぞ/
さりげなく ポオズをとつてカメラに収まるまろとまろ/
にやにやにやつ/
忍びの者の誇りにかけて/
学府の猫の誇りにかけて/
女子学生に身を撫でさせたりはしない/
あくまでもさりげなく だがしつかりとカメラ目線で/
写真を撮らせてやるのみ/
寂しさとは何だ/
寂しさとは何だ/
生まれて以来寂しさの何たるかを知らず/
まろは甲賀/
まろは伊賀/
寂しさを知らず/
寂しくはない/



(「こどもだま詩宣言」対応 原文縦書き・行末スラッシュ無し) 

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