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現象学女子〈37〉ハイデガーと女子

 「ってことよ」

 「え?どういうこと!?」と松井さん。

 「なんかハイデガーのおっさんの話してたら疲れちゃった」と私は言ったが、最低限のフォローはせねば…あ、そうだ。

 「福田さんは今…」

 「由衣奈って言って!」……わしゃ彼氏か……どいつもこいつも…

 「と、とにかく由衣奈ちゃんは、矢野君の友達の金井君の気を悪くさせないように、恋愛対象ではないってことを遠回しに伝えようとしただけなのよ。それと由衣奈ちゃんは今わざと現実的な人間を演じたかったんだと思う。おそらく理由はないと思うけど」と私が言ったら、福田さんは怪しげに微笑んでる。

 「え?そうなの?」と松井さんは私と福田さんを見返しながら

 「宇宙人が二人もいるわ。実は私が一番まともなんじゃないか?」と言った。

 「なんかそういう目で見られるとそういう風に振る舞いたくなる時ってあるでしょ?」と福田さんは言って

 「わかる~」と私は言ったら松井さんは

 「けっ、わからんわ」と言った。

 「まあでもせっかくなんでさっきの話をちょっと続けると、結婚を生存戦略上のパートナーとするか、恋愛の延長とするかはもちろんその人の自由よ。どっちだって別にいいのに、生存戦略上のパートナーとして結婚をとらえているのに、他人の目線だとかを気にして、恋愛の延長に無理やりしようとすると逆に不幸になるってことは言えるわね。つまり火事で扉が火で塞がれていればギターで窓を割るのは正常な行動だけど、火事なんて起きてないのにいきなりギターで窓を割ったらおかしい人よね?こういう知覚的なわかりやすい例えなら誰でも分かるけど、結婚のように抽象概念になると、途端に自分のとらえている意味を歪曲してしまう人っていっぱいいるのよ。これはよく覚えておいて損はないわ」と私は言い終え、なんとなくそれっぽく締めくくれたかしらと思ったらみるくが

 「私も20代後半になって結婚相手がいなかったら、結婚ありきで条件で相手選んで、その後『恋愛っていう時間』を捏造して辻褄を合わせるようにして結婚しそうだわ。条件で選んで意識的に話とか合わせてるくせにああこの人が理想の人だわ~。だとか思いそうだわ。そんで5年後に離婚しそうだわ」と言った。一応私が説明したことを現実的な話に直してくれたらしい…そしたら松井さんが

 「おい。どうした、晶子。今日はなんだ?私が一番まともな日なのか?」と言ったので、私が

 「いや、まあそうなるかどうかはわからないけど、今見えているものがギターに見えているのかハンマーに見えているのか、ちゃんと自分の中の意味というものを正確にとらえておくことに損はないと思うのよ。何回も言うけど、今現時点でこれは私にとってどういう意味として存在してるのかっていう目線を持つことで、その意味から逆算して自分の真の欲求や願望を正確に理解できるのは生きる上でかなり有益なはずよ。しつこいようだけど『意味』とはその人の『必要性』に呼応するものだからね。だからギターがハンマーに見えたらそこは本当に火事なのか一度冷静になってみた方がいいわね」と言いながら、私の頭の中ではハイデガーのおっさんが笑ってた。 

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