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現象学女子〈32〉やっぱ松井さん

 ボールが来たのですぐに誰かに渡す。ボールとなるべく関わりたくないが、一応今5時間目の体育の授業がバスケットなので、私はボールをもらったら「探ってる風」な動きを少しだけ入れてパスを出す。松井さんがドリブルで切れ込みシュートを決める。松井さんの運動神経はバスケ部の子も一目置くほどで、相手のC組のバスケ部の子も松井さんには本気でついてるが、それでも松井さんは強引に踏み込んで決めてしまう。

 私なんかちょっとしたボディコンタクトも嫌なので、ボールはすぐにポイっである。体育などこの世からなくなればいいのに。まったく…。運動したい子は部活でやればいいのだ。文部科学省に入って体育無くそうかしら。それを人生の目標にしようかしら。私の生きる意味見つかっちゃったわ。

 「ナイッシュ!」松井さんが決めたので、一応声だけは元気に出しておいた。声を出せば「参加してる風」である。私はこの「参加してる風」という技術を使って体育3(5段階だこのやろう)を毎回獲得している。さすが私である。

 それにしてもさっき松井さんはみるくが「アルティメット意地の張り合いね」と言ったのに対して「意地の張り合いレベル99」とちょっと言いかえていた。このあまり意味のない言いかえにも、松井さんのみるくへの牽制がにじみ出ている。やはり松井さんは女子全員を無意識にライバルと見ている節がある。そもそも私も最初そう思われてたし、この前カラオケに行った時も福田さんを「あざといわ~」と私なら思っても言わないところをあえて発言したりする。だから今ドリブルで強引に突破しようとし、相手を吹っ飛ばすことに命を懸けてるように見えるのも納得である。この本能的に具わっているとしか思えない女子へのライバル心が、燃え上がるファイトになって松井さんを流川バリの得点マシーンに変えている。松井さんにとって女子に勝てるなら競技は何でもいいのである。ていうか彼女の生きる目的、意味は彼女が気づいてないだけで、端から見れば一発でわかる。

 もちろん松井さんは私たち3人を大事な友達だと思っていると思う。しかし彼女の無意識の中にある女子へのライバル心は消えることはないので、たまにそれが顔出すのだ。それがかわいいといえばかわいい。

 たぶん松井さんが「意地の張り合いレベル99」と言い換えた時、私もみるくも福田さんも気づいただろうが、まあ誰もそのことをあえて口にはしないのがまた何とも私たちらしい。人間1人にも個性があるように集団にも個性があるので私たちの関係性はこんな感じである。

 5時間目がやっと終わった。33-23でC組の勝ちだった。まあどうでもいいが。

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