【エッセイ】『魔法使いになる私へ』第6回「そして投資詐欺パーティーへ(後編)」
第6回「そして投資詐欺パーティーへ(後編)」
2度目のホームパーティーは明らかに様子が変だった。
前回は5、6人くらいのこぢんまりとした雰囲気だったが、今回は15、6人に一気に増えていた。
集まった人間の柄も悪く、腕っぷしの強そうな反社っぽい男や、だらしのなさそうな俗っぽい女が何人もいた。
40代くらいのサラリーマンふうの男もいたが、よくニュース沙汰になっている会社の個人情報を持ち逃げして逮捕された男の雰囲気に似ていて、堅気の人間とは思えなかった。
「英二郎さんの人生がこっから始まる!」などとあれほど僕を立てていたスズキも、「早くこっち来て」「ここ座って」とぞんざいな扱いになっていた。脱出できるような状況でもなく、そのまま投資勧誘の話へと変わっていった。
反社っぽい男がパソコンを開いて動画を見せつける。
「これに投資したら一発で儲かります! 勉強会も開いてるんで初めてでも大丈夫。しかも女の子もいっぱいいます!!」
周りの人間がうんうん頷いている。
「説明になってないだろ……? こんな説明で投資の何がわかるんだよ!」
周りは明らかにサクラだった。
投資勧誘の動画は5分ほどで終わり、ディナータイムになった。
すると参加者の女性がひとり、「すみません、このあと予定あるのでこれで帰ります」と言い出した。
この人も街コン経由でここに呼ばれたのだろう。
スズキは「あ、いいよいいよ! また今度ね」と、あっさりその子を帰してしまった。
詐欺師のやり方として、恫喝や脅迫は一切やらない。
なぜならそれをやった瞬間、脅迫罪で逮捕されるからだ。
詐欺師の手口は「相手が断れないような雰囲気・空間を作り上げること」。
そうすれば、気の弱い人だったら断れずにそのまま契約してしまうからだ。
ただし、はっきり断れば解放してくれる。
それにはかなりの勇気とタイミングが必要だ。
その女性が帰るタイミングで僕も帰ればよかったのだが、僕の立場上、この段階で帰ることはどうしてもできなかった。
なぜなら、僕はその日炊事当番だったからだ。
実は前回のホームパーティーで、僕がトマトスープを作っていることを話したら、その場にいた可愛いらしい看護師の女の子が、
「英二郎さんのトマトスープ食べたーい!」と言ってくれたのだ。
誰かに食べさせることもなく、自粛生活でトマトスープを作ってはひとり侘しく食べていた僕にとって、「俺の人生がこっから始まる!」と本気で信じた。
もちろん怪しい会合であることは重々承知していたが、「やった後悔よりもやらなかった後悔の方が深く残る」という名言から、やった後悔を選ぶことにした。
男たるもの、一度交わした約束は絶対に守らなければならない!
自宅から600円もするトマトケチャップと、コンソメスープの素、ウインナー、野菜類のすべてを持参した僕は、投資詐欺の勧誘前に必死になってトマトスープを調理した。
おかげで投資勧誘は予定よりも1時間遅れとなり、主催者のスズキも呆れ果てていたのだ。
スズキ「まだ?」
英二郎「すみませんジャガイモの目取れてないんで」
スズキ「まだなの?」
英二郎「にんじん煮こめてないんでもう少しかかります。固いままじゃ食べさせられません」
スズキ「もういいかな?」
英二郎「まだです! スープの味の調整終わってないんでッ!!」
詐欺師スズキも「コイツ本気でスープ作りに来たんだ……」と、唖然としたに違いない。
たとえ犯罪者と言えども、作った人間には責任がある。食べた人間の感想をきちんと聞いてから帰ろうと思っていた。
そう、僕は義理堅い男なのだッ!!!
反社っぽい男が僕のトマトスープを食べてくれている。
「あ……! おいしい、いやおいしっすよこれ!! 健康的だし!! お代わりしていいですか?」
「どうぞどうぞ食べれ食べれ」
人を騙くらかして生きてるくらいだから、よっぽど不健康な食生活だったのだろう。
彼は3杯も4杯もお代わりしてくれた。
「僕だけこんなにお代わりしていいんですかね……? みなさんも食べてください。おいしいですよ」
意外にイイ奴だった。
俗っぽいだらしのない女も、名簿屋に個人情報売ってそうなサラリーマンもみんな「おいしい!」と言ってくれた。
「俺の腕が確かなことは証明された。ところであの可愛い女の子は……?」
彼女だけは離れた場所にいて、スズキとずっと何かを話している。
言い出しっぺの彼女は一口も食べてはくれなかった。
「所詮アイツもサクラか……。まあどうでもええわ。これで義理は果たした。犯罪者の腹を満たしたところでそろそろお開きだな」
周りを見渡すと異変に気づいた。
15、6人いた参加者が7、8人に減っていた。
しかも腕っぷしの強そうな男性しかいない。
「ちょ、やべぇな……」
余ったキャベツと玉ねぎを鞄に入れてこっそり帰り支度をしていると、あの生保さんが僕の隣に座ってきた。
「ね……、投資しよ」
甘い瞳で僕を見つめる生保さん。
「そうか、美人局はこうやって腰をくねらせてくるんやな!」
僕の隣の隣には、1回目の時にいた50代介護士の女性と、大学生になるその娘が座っていた。その女性は娘にスマホを操作させて、
「ママのクレジットカード使っていいから!」と、取り憑かれたような目つきで投資運用に登録させていた。
「サクラかもしんないけど、あのおばさん完全に洗脳されとるやん!!」
参加者の得体の知れなさに恐怖を感じるようになってきた。
なんとかしてこの状況を乗り切るしかない。
そこで最終手段。
古畑任三郎になりきる。
古畑は「え〜」とか「ん〜」とか言って笑ってごまかしながら時間稼ぎすることと、「あ、これ……!」とどこかを指さしてわざと話題を切り替えるのが特徴。
これをやるしかない!
生保さん「投資しよ」
英二郎「え〜、ウフフフフフ」
生保さん「みんなやってるよ」
英二郎「ん〜、ウフフフフフ」
生保さん「そんなにお金もかからないし」
英二郎「(自分のスマホに指をさし)あ……! 母から電話です……」
電話はかかってきていないが、わざと電話に出るふりをして、いったん外に出ることにした。
「お願いお母さん早く出て〜!」
電話がやっと繋がる。
「助けて助けてお母さん!」
「あれほど行くなって言ったよね?」
「はい……」
「お金がないんで投資なんかできませんって言って帰ってきなさい!」
「ハイーー!」
部屋に戻った僕は急いで荷物を集めて退散することにした。
もう釣れないと思ったからだろう。
生保さんもスズキも黙って僕を見送っていた。
もう二度とここに来ることはない。
麻布十番での2、3週間の思い出に浸りながら、僕はマンションを出て行った。
帰り道。
忘れ物をしたことに気がついた。
「しまった……! 600円もするトマトケチャップが!!」
トマトケチャップだけはキッチンに置いてきてしまったのだ。
だがもう戻ることはできない。
「あの野郎、俺のトマトケチャップ奪いやがって……! トマトケチャップ返せッ!!」
後日。
僕を街コンに誘った悪徳恋愛カウンセラーの蝶野に事の経緯を電話で伝えた。
「え……、えーーーー!!!!」
どうやら蝶野は全く知らなかったようだ。
スズキはハイスペック街コンの主催者ではなく、ただの客。勝手に名乗っていただけ。
蝶野も僕を騙そうとしたわけではなかったようだが、金儲け主義に走っていたから、参加者の管理が全く行き届いていなかったのだ。
僕は蝶野とも縁を切ることにして、恋愛カウンセラーも街コンも二度と利用するかと心に誓った。
今にして思えば、僕は本当の意味で地雷を踏んでいなかったのかもしれない。
踏んでいたとしたら、僕もあの介護士のおばさんみたいに今ごろ取り返しのつかないことになっていたから。
ギリギリのところで回避できただけでもラッキーだった。
ただこの事件は自分の心の中に禍根を残すこととなり、こんなことなら一生魔法使いでいいやと思うようになってしまった。
「普通に恋愛したいだけなのになあ……」
恋活婚活も一寸先は闇。
非モテを搾取した悪どいビジネスを垣間見た出来事だった。
たったひとつの後悔はトマトケチャップを使われたこと。
俺のトマトケチャップ返せッ!!!
(投資詐欺パーティー編・完)
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