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『「癌」になって、考えたこと、感じたこと』(山崎元さん最期のnote記事を読んでの感想文)


YouTubeなんかで最近視聴してた、経済評論家の山崎元さんが、先日癌でお亡くなりになられた。

この記事は、生前に山崎さんが書き残した「遺言」のようでもあり、誰もが経験する『死』というものに対して、山崎さんなりにまとめられた、色んな人に響く「名文」だ。

ある日、ちょっとした体調の変化に気づいて検査したら、食道癌(ステー3)だった。その以前の山崎さんの生活スタイルや趣味、趣向なども盛り込まれており、その「ダンディ」な佇まいを彷彿とさせる人間性が窺える。治療に専念するにあたり、好きだったものや大事なものを断捨離して、住まいも人間関係も「残された時間」の為に集中。シンプルに、「3つの目標」を立ててそれを実践。

その取り組む姿勢が、何だかカラッとしてて、とても「理想的な最後」であるように思えた。

『最期の日のぎりぎりまで幸福は追求できる。一方、他人はその人を過去の業績その他で評価しようとするかも知れない。実は、このズレを上手く利用することが良い人生を送るコツになるのではないか。「本人」にとって、他人からの評価は「サンクコスト」(もう支払った、その時点ではどうしようも出来ないコストの事らしい)に過ぎないからだ。
 いくら努力しても過去の蓄積を「本人」は将来に持ち込むことが出来ない。
 過去は「他人」のもの、最期の一日は「本人」のものだ。お互いに機嫌良く過ごす上で邪魔になるものは何もない。
 上機嫌なら全て良し、と思うがいかがだろうか。』(第5章より引用)

激しく同意。最後まで、最後だからこそ、トントンに楽しむのが良いし、それは私にとっても理想。

癌というものに悲観して、不安になって、あーだこーだ後悔して過ごし、トンデモなスピリチュアル療法に飛びついたりもせずに、ここまで病と時間に緻密に対峙している人を、私は知らない。

死に様とは、つまるところその人の生きてきた「人生」そのものであり、最後までその人間性は、変わらないのだ。後悔して、無様に泣き叫んで最後を迎えるのも人だし、それは人それぞれ。山崎さんが素晴らしいというわけでなく。でも、ここまで人は病、時間、やりたい事に向けて貫けるのか?

鋭く私に問いかける、とても有意義な読書体験でした。

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